5.
甘くて、
あつくて。
……重い。
暗かった視界が開ける。
状況を掴もうとぼんやりとした頭を強引に働かす。
目の前には液晶画面とキーボード。画面では、白い吹き出しの中でカーソルがチカチカしている。
あぁ、そっか。
どうやら、作業をしていて寝落ちしてしまったようだ。
そして右肩にかかる不自然な重量。……って。
「彩音さん、こんなところで寝てたら風邪引きます。起きてください」
ナチュラルブラウンの頭頂部を見つめながらその身体を揺らす。ふんわりと、甘い香りが鼻をくすぐった。この人はいつもいいにおいがする。同じシャンプー、使ってるはずなんだけどな。
「んー…、あと5分…」
なんて間抜けた返事が返ってくる。風邪を引かれたら困るのはこっちだ。うーん。じゃあ仕方ない、あの手を使うか。
「彩音さん、重いです」
「なんだとっ!?」
よし、起きた。こっちの言葉に、その体勢のままキッと睨んでくる。起こすには、今のところこれが一番効果的だ。実際は全然重くないんだけどね。おんぶやだっこぐらい、余裕余裕。
「おはよ」
「お、おはよ…って、え、日付変わってるじゃん!ウソでしょ!?」
バッと立ち上がったと思ったら急にあわあわし始めた。
今日はお互いオフだったはずだ。自分は大学の講義もないし、社会人1年目の彩音さんも休日だと言っていた。別に遅く寝たって問題はない。
「早く起きて朝から清と一緒に居るつもりだったのに…。うわぁぁ、今寝ちゃったからすぐ寝れないよ!どうしよ!?」
ぐるぐるぐるぐる。腕を組んでその場を歩き始める。ここマンションなの忘れないでくださいよ。下の人に迷惑。
「企画書はまだやりたくないし…。あ、それ、応募するやつだっけ?」
と、こっちのパソコンの画面を指差す。脈絡がなさすぎる。
「まあ、そうですね。あ、また今度確認してもらえますか?」
「おぉう!任せといて!」
とん、と自信ありげに胸を叩く。本当に頼りになっちゃうから、それについて小言は言えない。
彩音さんがいう"それ"とは、今描いている、漫画の大賞に送るもののこと。
誰かさんに頼まれて描いたイラストをきっかけに漫画家になれたらな、と決めたとは口がいくら割けようと絶対に言わない。絶対調子乗られるもんね。
「わー、やっぱり上手だよねー!わたしの目に狂いはなかったな!」
きゅ、と体勢を縮こませて身体を寄せてくる。うわぁ、近い、近いよ。
「誉めても何も出てこないですよ?」
「えー…アイス食べたかったな。……なんつって。でも、上手なことに違いはない!あ、そうだ。今できてるとこまで読んじゃうよ」
タブレット持ってくるから送って、と立ち上がろうとする。それを、ルームウェアの袖を掴んで制止。少し驚いたような顔がこっちを向く。綺麗に整っていて、それでも少しあどけなさが残った顔。大好きな人の、顔。
「どした、清?」
「そんなの、後でいいです」
肌が触れる。
あつい。けど、心地いい。
鼻に触れる、あまい香りが心拍数を上げる。
この感情に酔って、とけてしまいそうだ。
「彩音さん、好きです」
だったら、とけてしまう前に頂いてしまおうか。
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