第90話

その一瞬―――戦場に“不穏”が蔓延し始めました。

その“不穏”は立ち処に防衛の大本営であるマナカクリム大神殿にまで届き、この“不穏”に不安を覚えた総司令を動かせたのです。


「ミカエル様―――!」

「皆そのままで聞いてくれ、緊急事態の発生だ。」

「その“緊急事態”……とは、現在戦場全体を包み込んでいる“不穏”そのものの事でしょうか。」

「はっきり言おう―――その通りだよ、ササラ。」


「うへえ~~そこんとこ、“はっきり”言ってもらいたくなかったなあ~~。」

「しかし――― 一体何なのでしょうか、この“不穏”の正体は……」


「(……)フ・フ・フ―――そうか、ようやく完成の日の目を見たようだな。」

「クシナダ……いや違う―――ニュクス?!お前は、一体何を知っているというの?」

「『何を言っている』?戯れるな王女―――はお前も知っている事だ。」

「まさか……!……!?わ、悪い冗談よね?」

「“冗談”如きで、この戦争の総責任者が最前線まで出るものなのか?」


「そう言う事だ……残念ではあるが、かつて“アレ”を見させられた者が2人この場にいる、“1人”は言うまでもなくあの当時ヴァーミリオン達のPTの一員であったこの私だ、そしてもう“1人”は……」

「あの時は竜吉公主に捕らわれはしたが、わたくしの眼前で『魔王の思念』が喰らい尽される様……見ていて壮観だった!そしてこうも思った……『ああ、この方ならばわたくしの無念・無情の一片も掬いすくい取り、晴らしそそいで下される』のだと、お前達に判るか―――侵攻側の前線が崩された……にも拘らず、いまだ兵や物資の補充もままならぬことを。

そう言う事だ……兵や物資の補充は前線での喫緊の課題、それが後方より為されないと言うのは“後方そこ”に何かあったからなのだ! そうだな……喩えるなら、『完食者』が再び降臨したと言う事だ!!」


「『完食者』……!?」


熾緋あかキ髪、熾緋あかキ眸をした獰猛にして慈悲なき猛悪なる生物―――そうだ……お前達が『魔王』と崇める、カルブンクリスと言う名の―――」



#90;抗った代償



クシナダに憑依とりつき存在を紡ぎ続けていたたのは【夜の世界を統べし女王ニュクス】でした、しかしニュクスは魔界に対しての絶対悪ではなかった。


        * * * * * * * * * * *


350年……以上も前、自分の眷属を救う為にとりたくもない膝をり、服従を誓った―――ハズなのに……最後の最後まで抗った代償はそう安くなく。


『生き残った眷属と共に、これから飛ばす異世界を占拠し、我らが居住とする地とせよ。』


しかし、これから飛ばされる異世界の情報は皆無―――それに……


「全くの不案内の地に我らだけを派遣するとはどう言うおつもりか!」

{お前達は、我らに最後まで抗った……その“有能”を買おう―――と、言うのだ、その“有能”、此度こたびは我らではなく精々未開の地の奴らに思い知らしめてやるがよいぞ!}


何と言う事だ……聞くだけなら賞賛に値するようなことを言い置きながら、こやつはわたくし達に“死ね”と言っている……それにこれでは大勢の衆目の前で公開処刑を言い渡されたようなものだ……。 嗚呼―――嗚呼……こんな事なら最後の一兵まで抗い切り、こやつの咽喉元を食い破るまですれば良かった……それが出来なかったのは、このわたくしの“覚悟”が足らなかったから、わたくしを慕う眷属達が次々とたおれて逝く様を見て、怖気づいてしまったから……!


“罪”―――とまでは言えないけれど、ニュクスには一つだけ後悔している事がありました。 それこそが、『眷属達を助ける為に服従を誓ったのに、結局のところ救えなかった。』…彼女の世界は個々が認められ、互いを干渉せず自由気ままに暮らせる好い環境でした、けれどいつの頃からか―――その世界の“神”の気紛れからか、世界を統一させるための“戦争”が開催され、互いを干渉しなかった者同士での血みどろの“戦争”―――いや……それは最早言葉遊びでしかなかった、“それ”は神の気紛れによるもの―――言わば、退屈凌ぎの“遊戯”の鑑賞でしかなかった……そこをニュクスは―――ニュクスのみが神の意に反し、神に反旗を翻し、そして敗れ去った……350年前、彼女が魔界を侵略したのは概ねとしてそうした理由があったのです。


だから……


「寂しかったんだよね……あなたの周りには、味方の一人もいなくて―――」


「『グリマー』……同情など要らぬ―――同情など……」


「そんなんじゃないよ。 私だってわかるもの、孤独のその辛さ……でも、孤独のその辛さにけず、私は私の目的を果たしたよ。

けれどそうする時、私は怨恨うらみを発さなかった……それは私個人は弱い、そんなには強くなかったことを知っていたから。 だから仲間を集めた―――本当に、信頼できる仲間を……そして行く行くは信じてくれた仲間に犠牲を強いる事も視野に入れていた。 でもね、有り得ない強さを持つ人達に出会い、その人達の協力のお蔭で私を信じてくれた仲間には犠牲は出なかった。

私は―――あなたを止めはしない……あなたが憑依とりついているその身体は、私がこの世界で最も信頼している“悪友ひと”だから…だからやろう、一緒に!優しいあなたが変わってしまった原因と成った奴らを、一緒にぶちのめそう!!」


           その瞬間……“光”が“闇”を包み込む―――

           その瞬間……ニュクスは思う―――


このわたくしのけがれをすくい取り、そなたの“権能チカラ”の一つにしようと言うのか。

良かろう―――わが“依り代”よ、異論はないな……

「異論など……あろうはずがないじゃないですか―――」


「クシナダ……?」

「シェラ、参りましょう一緒に。  行って、魔王様の助力と成りましょう!」


「けれど危険よ……今のあの方に近づくと言うのは。」

「竜吉公主―――様……」

「それに、ウリエル様も……」

「うむ、確かに危険は承知の上、けれどもこうも考えられる。」

「ミカエル―――あなた、よもや?」

「これより攻勢に転ずる。 先程ウリエルに高高度での偵察と、地上での探索を依頼し“中陣”で何があったかまでは把握できている。」

「つまり、我らの本陣をその“中陣”の地点まで移動させようと……」

「ああ、そう言う事だ。 それに“中陣”の接収も先行させてあるヴァーミリオン達がしてくれている事だろう。 」


既にミカエルは魔界侵攻軍の補給中継地点に成ろうとしていた“中陣”に何があったかを知っていました、だからこそ防衛側である魔界軍の本陣を一気にその地点まで押し上げ、敵を追い詰めようとしていたのです。

そして……前線に僅かに取り残された残敵を掃討しつつ、新たに本陣に定めるべき地点へと着いた頃―――


「おう―――ようやく来たか。」

「周辺に敵影は見当たりません、安心して本陣の設営をして下さい。」

「しかし……一瞬この戦場に漂った“不穏”―――」

「そう言う事だよ、ニルヴァーナ。 完成されてはならない“システム”が完成されてしまったんだ。」

「畏れていたことが―――……しかし、反面喜ぶべきでありましょうな。」

「あの……一つ聞いていいですか?」

「なんだね、王女。」

「以前、私とヴァーミリオン様とで魔王様と接見した時、例の文書を私が見つけた時『何も言わないでくれ』って言いましたよね、それってやはり―――」

「(……)“アレ”は、自律式の自動反撃優れたシステムなのでない―――本来私の盟友に備わる蝕神族としての『本能』の制限リミッターを外す……そう言うモノだ、“神”も“魔”も、“善”も“悪”も差別することなく、また判別することなく総てを喰らい尽す者―――知っているか……私の盟友カルブンクリスの、もう一つの呼ばれ方を……それが『完食者』―――そう言う事なのだ。」


そこでシェラザード達は、この地点へと着くまでに教えられた事を反芻していました。


『けれど危険よ……今のあの方に近づくと言うのは。』


その“本能”が解放された時、味方であろうが敵であろうが、差別なく平等に襲い掛かる獰猛にして猛悪なる生物―――


とは言え、今回の魔界侵攻軍の一部を喰らい尽したところで、誰が止められるのか……



       それは―――まだその機になってみないと、判らない……。





つづく

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