第89話

【大天使長】ミカエルからの指示のもと一路魔王城へと来た竜吉公主は侍従長であるサリバンを呼び寄せ、現在この魔王城の主の“在”“不在”を問うたのです。

すると―――……


「え……?見えない―――?」

「はい……あまり大きな声では言えないのですが、現在の処我らの“主上”はこの城のどこにも居られないようなのです。」

「そう……判ったわ、ありがとう。」

「あの……公主様、差し支え無きでよろしいのですが、何か判っている事があればせめてわたくしにだけでも……」


そこで―――憶測ながらも真実は語られました、が、ここでその真実を広めた処で味方に動揺が広まってしまうものと思い―――

「いいわね、私はあなたを信用する。 だから不要なげんは控えなさい。」

「はい、畏まってございます。 しかし―――そう言う事であれば二・三心当たりがないとも言えませんね。」

「え?『二・三心当たり』?」

「はい……主上があれほど大切にしていたかのシステムの文書が、ただの一片も見当たらない……これはもしかすると盗用されることを畏れ、完成をしたのと同時に廃棄処分された―――と、見るべきなのかもしれませんね。」

事実だけは伝えた―――とはしたものの、不要な動揺を抑える為、至急情報の統制をする指示を竜吉公主は侍従長サリバンに出したのです。

すると、サリバンからはある情報が提供されてきました。

それが『自律式自動反撃システム闇の衣』の概要を綴った文書が、文字の一片すら残されずに消失をしていた……つまりそれが、この凶悪すぎるシステムをだと認知していた人物により、これ以後の兵器転用を防ぐため施された措置だったのではないか……と、推察されたのです。


          * * * * * * * * * * *


それより―――ならば魔王カルブンクリスは、今どこに?

彼女は、そこからまだ“さき”―――にいました。


「貴様……何者だ!」

「たった一人……の、様にも見えるが?」


「やあ、豪勢なお出迎えだね?それにどうやら君達は少し歯応え食べ応えがありそうだ。 この、私も……よろこばしい限りだよ。」


今回の魔界侵攻の命を帯びたと見られる2人―――こそ、『アスモデウス』と『アスタロト』でした。

彼らの実力はその昔……350年前、魔界侵攻の総責任者であった【夜の世界を統べし女王ニュクス】―――と同等か、それ以上の実力を保有していた者達でした。 それにある報告によれば、ニュクスの軍勢だけでも魔界を掌中に収められる……と言う一歩手前だっただけに、この戦力は妥当だとも言えたのです。


しかし―――その……彼ら2人がようする軍勢でさえも……


        ――――――


アスモデウスとアスタロトがようしていた軍勢―――およそ20万……それが今や、―――だとて、その“かん”でさえも―――


「そう言えば、そこの君……君は私の事を『何者だ』と聞いていたね、いいだろう―――敢えて“”乗らせてもらうとしよう……。

我こそは魔王―――魔王カルブンクルス……ああ、そういうことさ、君達―――いや、の敵の総大将である魔王わたし自らが来てやったのだ。

どうした―――慶べよろこべ、この吉日を……このくびきを手に取り、祖国の英雄と成るか、はたまたは未知みしらぬ異界の地で植生しょくせい草木そうもくの養分と成り果てたいか、特別に選択えらばせてやろう……」


「貴様ぁぁァァア―――!」

「この我らをも向うに回し―――」


「ああ……そうだ。 一つ言っておくことがあった―――今更だが、お前達は“”乗りをしてもらわなくてもいい。 お前達に対しては、さほど興味すら湧かないのでな。

フ・フ―――そう言う事だよ……『』、お前達には最早選択の肢余地などなかったのだ……お前達も含める20万もの生命―――『不味い』……とまでは言わないが、さして美味くもなかった。

美味しくもなかったが、諦めて私の滋養と成れ―――お前達なら私の腹の足しにはなりそうだからな。」


言い終わらない……不遜な女の、不遜なる言葉。

その事に反応し、言い終わらせる為にと、アスデモウスの“剣”―――アスタロトの“槍”が、カルブンクリスの身に迫る。

しかし、この自らの身の危険に際し、身動ぐみじろぐことなく、あるがままを迎え入れた―――

「ハッ―――ハッ―――ハッ―――ハッ―――ハ。 見事だ……見事、“決裂”だな。

だが、これで大義名分も立つ―――と、言うものだ。」


「なんだと? “決裂”?」

「“決裂”などど―――笑止な!」


「ん~~~?おや、言っていなかったかな。 『このまま、尻尾を巻いて逃げ帰れ、醜い敗け狗のように』―――と。」


しかしその“剣”も“槍”も、不遜なる女の身に届いている様子ではなかった―――けれども、女の身体に突き立てられている……


手応えが全く感じられない―――


それに、“決裂”と言う交渉の上での失敗事例の事を言われた、いやしかし自分達はこの不遜な女との間で交渉の機会を持ったことすらない―――と、言うのに?しかもその上煽り立てられるような事も言われた…とは言え“もし”、不遜な女―――魔王を僭称せんしょうする女との間の“会話”がそうだとして、その最中に攻撃をしてしまったのならば……?


その途端―――愉悦の余り、女の表情かお歪みゆがみ始める……


「お前達が率いてきた軍は、“全滅”―――だ。 優れた判断が出来る将校なら兵力の3割が損耗した時点で退かせるものだ。 だが、“全滅”だ―――判るかな?お前達の、そのちっぽけな脳で。 そう言う事だ、お前達はその無能ぶりを、事もあろうに敵の総大将たる魔王わたし眼前めのまえで披露してくれたのだ。

“不要”だと言ったのだ……今更無能すぎるやからの“”など知りたくもない……見たくもない、だからと言ってこの私の魔界せかいを土足で上がり込んで荒らすだけ荒らしてくれたのだ、償いつぐないを取れ―――お前達が取るべき償いつぐないを……。

それは―――“戦争”だ……多くの、生命が奪われ、損なわれる、戦争だ。」



#89;さあ―――始めようか、“戦争”を……



カルブンクリス個人は、決して『好戦家』などではない。

ただ彼女は優れていただけに自他ともに認めるこの素晴らしき世界魔界を、土足で上がり込み蹂躙するだけの荒らすだけ荒らす者達が殊の外気に食わなかった……だけ。

それに、畏敬の念すら抱いていた前代の魔王ルベリウスの敗北と、その影響下による“洗脳”による豹変を知るに伴い、彼女自身カルブンクリス畏敬の対象者ルベリウス討伐うつことを決意した……。


それが、総ての始まりだったのです。


“幸い”か―――ルベリウスは討たれ、『魔王の思念』もその身に取り込んだ。

けれども、拭い去れない寂寥感せきりょうかん―――


今回の件は、一体“誰”が悪かったのか―――

やはりルベリウスを直接降しくだし、自らの意のままにしようとしていたニュクスなのか―――

いや、カルブンクリスはニュクスの事を慎重に調査していくに伴い、彼女には直接の過失がない事を知ってきた……。

そして、知る―――ルベリウスを降したくだしたニュクスをも屈服させ、従わせた“原因”がある事を。


そこで……その解除コードは、今一度告げられる―――



―〖我またひとつの 獣の海より上るあがるを見たり〗―〖これとおの角と七つのかしらあり〗―〖そのかしらとお冠冕かんむりあり〗—〖かしらの上には神を遺す名あり〗―〖我が見しけだものへうに似て〗—〖その足は熊の如く〗—〖その口は獅子の如し〗―〖たつこれおの能力ちからと おの座位くらいと 大いなる権威とをあたへたり〗―



それこそが―――“真の闇”……

“闇の衣”を展開させる『解除コード』だったのです。





つづく

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