第86話

緋鮮の覇王ヴァーミリオン】達が華々しく最前の戦線にて戦端をひらいていた―――と、時を同じくして…

最終防衛線の拠点としてあるマナカクリムに一人の巫女が訪れていました、その巫女は今回の“防衛戦”の総責任者である者が居座る『大本営』へと足を運ばせていたのです。



#86;【神威】到来



「ミカ―――いえ、ミカエル……一つだけお聞かせを。」

「ぬっ?! 貴様、我らが大天使長様になんと言う口の利き方を!」

「止め給え―――それよりよく来てくれた【神威】、私の配下の不遜な物言いに振る舞い、どうかゆ――――」

「聞きたいのはそこではありません……あの人は―――は健在なのですよね?!」

「ああ―――無事だよ……、だが“今”に至るまで【韋駄天】と共に死……」


彼女は、慕っている人物から、『お前だけは残ってくれ』―――そう言われたから、言われた通りにしただけでした。

けれども彼女の内側では納得まではしておらず、今回緊急での招集がかかった時、まずは慕っている人物の安否を訪ね……は、するものの、外交儀礼にならい他人行儀に接して来る総責任者かつての仲間に対し、その発言を遮り―――あまつさえ『死に至らんとしていた』と言おうとしたところ、皆まで聞かずの内に剣閃が飛んだ……この騒動に、あわや敵が放ってきた刺客が大本営深くまで入り込んで来たか……と、思われたのですが―――



「鎮まれ―――私なら大事ない。」

「しかし……ミカエル様―――」

「聞こえなかったのか、私のげんが。」


いつになく強硬な姿勢をとる【大天使長】―――それを前に天使達は沈黙せざるを得ませんでした。

それ程までに〖神人〗の派閥内では発言力が強い存在……であるにも拘らず、そうした者への不敬―――剣閃を飛ばしたとはしても“不問”としたのは、【大天使長】がわざわざスオウからせた【神威ホホヅキ】の実力を知っていたから。


しかしながら何故ホホヅキがこの防衛戦に関与できなかったのか―――


ホホヅキの“幼馴染”が言っていた―――『魔王から、この戦いには連れて行くなと言われていた』……そしてその理由も、『今度ばかりは、私はあいつを護り切れないかもしれない』……けれど、それは“方便”―――とは言え、別段嘘を吐いたつもりもなかった、それにリリアは心得ていたのです、“現在”のホホヅキの“状態”を―――


今更ながら言うまでもなくリリアとホホヅキは“幼馴染”。

幼少のみぎりから互いをよく知る間柄―――だからこそ、お互いの些細な変化も目に付いて来ようと言うもの……幼少の頃ホホヅキは現在からは想像がつかないほど虚弱体質でした。 だからこそ、幼馴染である少し男勝りな同性に惹かれてしまう―――と言うのはままにしてあったようで、けれどホホヅキは己の虚弱体質を変えるべく幼馴染にならい自分を鍛える事にしたのです。

そしてやがてはPTの一翼を担うまでになっていった……しかしながら幼少のみぎりからの“ヘキ”は直ってはおらず、とある戦闘に於いて幼馴染が手傷を負わされた際にしても―――


「おのれ―――魔王にくみする分際で、私が慕う大事な人を傷つけた報い償わせてくれる!」

          ―――≪一閃;流仙月華≫―――


「(ん~~あのぅ~~~私の“手傷”って、カスリ傷なんだけどねえ?)」

「(……と言うより、ツバつけてれば治るレベルですよねえ?)」

「(あらあら、まあまあ)」

「(……で、いつの頃からなのだ?ホホヅキがあんな感じになってしまったの―――)」



乱れるように舞う剣閃、それを前に眼前の魔王軍は沈黙する……例えそれが“カスリ傷”だろうと、傷を負わせたことには間違いない―――

しかもそれが、今回は『死に至らんとしていた』???

その一報を聞くや、大本営から一条の横薙ぎの閃光がリリア達の頭上を掠るかすめる……


神威ホホヅキ】は、【神威】と成るまでにある“”をして呼ばれていました。


        ―――『流血の味を占めてしまった巫女』―――


従来のように虚弱体質の収まっていれば良かったものの、幼馴染と一緒に鍛錬していく内に自分が修得した武がどれほどのモノか試したくなった―――ホホヅキは夜毎よごと夜の辻へと繰り出し『辻斬り』で血の味を覚えてしまっていたのです。

しかも、当然の如くに目立つ服装―――『絹白』と『唐紅』の巫女装束であるが故、犯行の特定までには至るもののついぞ“縛”の手は、ホホヅキに及ぶことはなかった。


それは何故か―――?


彼女が慕う人物が、その犯行現場を抑え……彼女と共に“逃げた駆け落ちした”としたら―――?


それに“現在”に於いては、ホホヅキも“あるモノ”をその身に受けているのです。

そう……ニルヴァーナの『鬼の血』を―――

{*これにより、元からあった虚弱体質が更新されたのは言うまでもない話し……ではあるのですが、ではなぜホホヅキの“状態”に問題があったのか―――それは“現在”語られるべき事ではないので、ここでは割愛させていただく。}


閑話休題では話しを戻すとして―――

侵攻側の前線の半壊の頃合を見計らい、更に前線へ出て攪乱を行っていた者が“半ベソ”を掻きながら戻って来るなり言うのには―――


「どしたぁ?」

「『どしたぁ?』―――じゃないでしょう!!私が攪乱させている際、頭上をホホヅキの剣閃が掠めかすめたんですよ?その時、私の耳の先っちょがあ~~~」

「(あっらあ~)焦げて“チリチリ”なっちゃってんな。」

「笑い事じゃありませんて!大体伝えたのですか?私が、前線の更に先にいる―――って。」

「それは…………あまり期待をしない方が~~」

「はああ? 全く……これだから―――『仲間内の情報共有は第一課題です。』この言葉、誰のモノからか良く判っていますよね?!」

「あ~~はい……ローリエからの……」

「全く生かされていないじゃないですかあ!これだから“脳筋集団”は……」

「お~~~い、それお前も入ってるかんな?」

「うるっちゃあ~い! いいですか、リリア!あの人はあなたの幼馴染なのですから、あなたがしつけといてくださいよね!!」


このやり取りは、この後ホホヅキが彼女達の下へと来るまでに繰り広げられた、ひと騒動―――しかし、ホホヅキが到着してからと言うモノは『靜か』―――だった……


いや……と、言うより?誰も眼を合そうとはしなかった??


「(ってっ―――痛えな……なにすんだよ……。)」

「(『なにすんだ』かじゃないでしょう―――早く声かけなさいよ……。)」

「(おまっ―――今のアイツに声かけれるヤツおったら、一生下僕として仕えてやるわ!!)」


呼気を荒げ、闘気・殺気ともに隠そうとすらせず、自分達の眼前にたたずむ【神威】―――“今”の状態が大変危険であることは、PTを組んでいた者達なら良く判っていたことでした。


“声”を掛けようものなら―――  “目”を合わそうものなら―――

所かまわず血風を舞わす狂剣を振るえし者と化す。

神威かみをもおびやかすもの】―――その“”はそうした事から産まれたのです。

{*ある腹案として、『この狂剣、現在展開している敵の中陣に投下したら、アッサリ片が付くと思うんだけどねえ~』と言うモノがあったそうですが……そうなっていない―――と、言う事は、【大天使長】のその腹案は頓挫した模様である。}


とは言え―――そんな事情を知らない、知りもしない『いにしえの英雄達の背を見て育った世代』の一人である―――

「今の凄かったですよねえ~~アレって、あなた様が放ったんですよね?」

「あら、あなたは―――……ええそうですよ、とは言え私が慕い、敬愛する人からすれば足下そっかにも及びませんから……。」


シェラザード達も、ホホヅキの放った剣閃を眼にしていました、そして眼にしたことを正直に感想を述べただけ。

しかし―――“会話”をしている対象は、かつての仲間内でさえ声をかけるのも躊躇ためらっていたものだったのに?

なのに―――と、意外にも“まとも”な対応なのを見るにつけ……



「(じー)」

「(じーー)」


「(な、なんなんだよ!そんな眼で見る事ァないだろがあ?)」

「(ヤレヤレ……ノエルさんや、どうやら【清廉の騎士】どのは耄碌もうろくし始めたようですぞ?)」

「(な……? お―――おい……)」

「(確かあの時、あなた……『今のアイツに声かけれるヤツおったら、一生下僕として仕えてやるわ!!』て、言ってたんですよ。)」

「(今の……あのエルフの王女様、声かけてしまいましたなあ~~?リリアさんや……)」


その後―――【清廉の騎士】は全く事情が分からないエルフの王女様に対し謝罪を申し入れたのは、想像に難くなかったようです。

{*しかもこの時、シェラザードにしてみれば【清廉の騎士リリア】からなぜ謝られるか……の理由も事情も皆目見当がついていない}





つづく

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