第85話

未明―――またしても魔界が侵略された一報を知った者達の対応は、“想定”をしていたにも拘らず慌てふためいたものでした。


しかし、その慌てふためいた原因も、『未明にて魔界が侵略された』―――では、なく……


どうしたことだ……。

どこにもおられない―――

我が君、どこにおられるのです―――!


とある者の『執事』であったオルブライトは、魔界侵略の一報をもたらすため自分が仕える“主君”に謁見し、然るしかるべくの対処法を仰ごうとしていました。


けれど―――見つからない……見つかる、ない。

しかしながら、その慌てふためく態様を―――



「どうしたのです、執事オルブライト―――」

「ああ……これは姉上―――いえ、侍従長サリバン様。 実は、かかる旨の報告と対処法を仰ぐために我らが主君魔王様にご奏上を……と、したところ……」


どこにもいない―――

そう、どこにも―――……


玉座の間はもちろん、大食堂や資料室、果ては研究施設にも……


そう―――この魔界の統治者の側近である彼らが、一様にして慌てふためいていた事由……こそ


            魔王カルブンクリスの所在不明―――


一体、どうして……?


それは『知らぬが華』―――


魔界を侵略する側からすれば、前回350年前を上回る規模―――にして、予告なしで行われた事に主導権イニシアチブは自分達にこそあるものだと思っていた……


ただ―――知らない……

この日、この時こそは、“彼ら”からすれば『薄幸の日』。

そして侵略されている魔界側からすれば、『僥倖ぎょうこうの日』。


これから魔界を我が物とする為、大挙して何処いずこの世界より転移してきた者達は、最前線より程遠い場所に『陣地』を設営していました。

そんな場所に―――彼らにしてみれば“災厄”が降臨おりたった……


“獄炎”を思わせるかのような、『熾緋』の頭髪―――

その眸も“獄炎”が如きの『熾緋』……

前に組みし両のかいなの上には、“たわわ”に過ぎる程のボリュームを抱え、その女は佇むたたずむ……


それに、その表情も理解し難いものだった―――


ある側面から見れば、“怒”っているようにも見て取れ―――ながらも……

またある側面からみれば、“悦”んでもいるようだった……


そう……“この日”“この時”―――つい


「少し、お邪魔をさせて頂くとしよう。 なに、悪いようにはしない―――君……いや、お前達には私の永年の研究成果の証明となって貰うのだからね。」


一見……すれば、貴婦人の様な―――武を誇れるような者には見えない……

いや寧ろ、今回従軍した者達にしてみれば『隙だらけ』―――だった……

だから―――気配を覚られず殺せる者は、“そうした”……

憐れあわれ―――勘違いをした者は、そのくびきと胴とを、分断わかたれた―――?


「ヌ・ナッ―――?!」


「いい……|傷み《いたみだ―――実に……だが、それでは満足できない。 それに―――……」


「弓、放てっ―――!」


「この程度……フ・フ・フ―――たったこれだけでは、試験運用するには“足”が出る。 寄越セ……オ前達ノ責任ヲ取ル者ヲ―――」



確かに……くびきは、落とした―――

その細頸には刃が通り、そこから噴き出す大量の血潮。

しかし間もなくして傷口は塞がり切り、くびきを落とされる前と、全く変わらない容姿を保っていた。


その次なる一手は、矢の一斉掃射―――

憐れあわれその女は、“ハリネズミ”の様になっ―――……


           ?   ??   ???


いつしか―――1000本以上もの矢も、無くなっていた……


そして女は、言葉を紡ぎ出す……


その女、本来の目的を。


そう―――その女、『魔王』と称する者は、永年の研究成果を試す為、本来いるべき場所から魔界を侵略している者達の陣地に……降臨おりたっていた―――


そして……“本性”があらわれる―――


350年前には―――自分を信じ、ついてきてくれた仲間達……

そうした絆を深めた者達の前でも、ついあらわさなかった“本性”―――


慶ぶよろこぶがいい―――お前達……この私の、“糧”と成れる事を……」


               =いただきます完食開始


女の種属は、『蝕神族』と言いました。

そう……『神』をも『魔』をも、『善』も『悪』も、“総てを喰らい尽す者”―――

総てを喰らい尽し、己が紡ぐときを永らえさせ、己が身体能力を増強させる者……


その陣地に集められた5万もの兵は、指揮官もろともその腹の中に収められた……。

収められ―――は、したものの、その女の体型は、以前と変わらぬまま……


そして、畏るべき言葉が、紡ぎ出される―――……



嗚呼……充たされないなあ―――

また、お腹が空いてきてしまった……

今回の規模は前回350年前を上回るものと思っていたのに―――……

……『完成』を急いだと言うのに―――

“試運転”もしないままで終わらせたのでは、黙って城を抜け出してきた意味がない。

“期待”―――までもしていなかったのだが、“期待”していたのだよ、お前達……

この私と同等か、それ以上のこわさを持つ者の到来を。

まあ……こんな本音コトを知られては、私の盟友ともにどやしつけられるのだけれどね。



その―――女……

魔王カルブンクリスは、揺蕩たゆた恍惚こうこつに身を委ねゆだねながらも、いまだ更なる強者を求め始むる……



            * * * * * * * * * 



#85;防衛の開始




その一方、マナカクリムでは……

魔界を侵略しようとしている者達―――『ラプラス軍』と、魔界の軍―――『魔界軍』とが激しい攻防を繰り広げていました。


“攻撃側”と“防衛側”の戦戟が交わる戦線ばしょ―――『最前線』、その最前線ばしょで奮闘奮戦をする古代かつての英雄達……


「つい―――この前までは、やられっぱなしだったからなあ……色々と、返してもらうぜ―――」


「まあ……この前は、私達2人だけでしたから、色々と不足していたのは否めません。」


「フッ、まあよいではないか―――私の仲間を弄玩かわいがってくれた報い、受け取るがいい!  ≪フレイム・ストライク≫―――≪メルトダウン・シンドローム≫」


極悪なる者の、極悪なるスキルの解放で、辺り一面灼けた大地となる最前線。

そしてこれを機にと、以前嬲られた屈辱をかこつべく、【清廉の騎士】が―――【韋駄天】が、更なる前線へと踊り出す……

そして、古代の英雄達かつての自分達の背を見て育った世代者達が、後へと続く。


或いは、支援・回復魔法を飛ばし―――

或いは、魔法攻撃に徹し―――

或いは、直接魔力干渉支援攻撃し―――

或いは、遠隔殲滅射撃を行う―――


そして……また―――防衛側の最後方より……


                 ≪一閃:伐採≫



「(なあ……ニルさんや―――)」

「(なんだ……リリアさんや―――)」

「(来ちゃっ……た―――)」(アハハハハ……)

「(よいか……決して後ろを振り向いてはならんぞ―――)」


一条ひとすじの、光の剣閃がほとばしった―――

しかしてその現象は、とある“怒れる者”の到来を、知らしめるモノでもあったのです。





つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る