第16話

求めてきた……    求めしまった……

そうなのだ、このヴァンパイアの本当の目的は、この私の生命……

悔いは、残る……

私は、私のお母様の無念を晴らす為に―――そそぐ為に、これまで“何もかも”を、手を打ってきた……

けれど、それも今日でお終い―――

この私の血を……生命の通貨としてのモノを、不死者に捧げる……

それは同時に、私の死を意味する……


けれど……これでいいんだ―――

この私の生命と引き換えに、“皆”の……

そして、何より大切な“あなた”の生命が救えるのなら―――



王女自らが認めた敗北により、求められたのはマナカクリムに住む住人全員の生命でした。

数多あまたの種族の坩堝るつぼと化し、何百万とも言える『生命の雑踏』―――“それ”を、王女一人の生命と、価値が“同等”だと亡者はうそぶく……


実を言うと『敗北した際の償い』としてはシェラザード自身が自国の城へと戻ればいい、以前のように『王女』に戻ればいい―――だけのことでしたが、ついぞ『言葉の魔力』の前にけてしまった……

現在のマナカクリムにはふるくからの知己や、今まで騙しながら付き合ってきた仲間―――そのなかでも少し異性として意識し始めている『男性剣士』や、事あるごとに自分と意中の男性剣士を争奪するとりあう為に火花を散らし合っている『悪友よきとも』……


“彼”や“彼女”の生命が救えるならば―――と……


「―――判った……」

「うん?」


「いいよ―――奪っても、私の生命を……」


割り切ったか―――良い表情をしている……

諦観ていかんとも達観たっかんとも、また違う……

フ・フ・フ―――これだからこそ、『生者せいじゃ』は興味深い面白い……

“ワレら”が“主上リアル・マスター”よ……

“ワレら”をよくべしまことの王者よ……

一時いっとき“ワレら”は、そなたのもとを離れる……


そなたとはまた違ったえにしが紡げそうなのでな―――



#16;血の誓約ちかい



“現在”ではだ、誰も知らない……知られていない……ヴァンパイアの『主上リアル・マスター』―――

そう―――実はヴァンパイアにはまことに仕えているあるじなる存在がいました。

呆れるほどに最強で―――呆れるほどに不死しなない者をかしずかせる者……だがしかし―――ヴァンパイアは、“今回を限り”に、本来の主とたもとを分かとうとしていた……


            ?   ??   ???


これは一体、何を意味するものなのか……

すると―――


「よかろう―――では、その細頸ほそくびを差し出せ……」


これ見よがしにと開かれる、吸血鬼のアギト……

見るも痛々しい上顎うわあごの二本の犬歯……



ああ―――……あの犬歯で、私の頸動脈は食い破られ大量の血を吸われるのだろう……飲み干されてしまうのだろう……

怖い―――本当の恐怖を感じる

けれど、これでいいんだ……私一人の犠牲この事で、“あなたクシナダ”の生命が救えるのならば―――……



自分の生命がここで終焉おわりを迎える……そう観念したか、シェラザードはその双眸を閉じました。

そして―――その華奢きゃしゃくびを血を捧げる為に差し出した……


そして―――王女の血を採る為に、ヴァンパイアの手は、そっとくびあてがわれた……


そして――――――……………


「―――フ・フ・フ……やはり思っていた通りだ。」


「(……―――え?)」


「この芳醇ほうじゅん匂香かおり、まろやかな咽喉のど越し、甘美なる口当たり……上等な500年モノの蒸留酒を思わせる味わい!」



―――なにを……今されたの……?



この時シェラザードは、不思議な感覚に陥っていました。

読書家でもあった彼女は『英雄譚』『冒険譚』の他にも『伝奇物』にも目を通したことがあった―――そのなかでもやはりヴァンパイアに関する記述も多く目にしてきた……血を吸う時の行動―――その鋭い犬歯にモノを言わせ、数多あまたの生命をむさぼってきた、そうした強烈なインパクトもありさぞや自分の時でも吸血の際には苦しみや痛みは伴うものだと思っていた―――のに?


手を、あてがわれただけで、吸われてしまった??


「あ……の―――私……?」


するとヴァンパイアは急に膝を折り、王女を前にかしずきだし……た?


「“我等”との『血の誓約ちかい』により定めたる新たなる主よ―――この、ヴァンパイアの『公爵』たる【ヘレナ】―――あなた様を『我が主マイ・マスター』として認める。」

「(!!)【公爵ヘレナ】?!『緋鮮の記憶あのお話し』にも出てきた……!!?でっ―――でも……ちょっと待って?私の事を……『我が主マイ・マスター』??」

「いかにも―――」

「なぜ……なの?どうしてなの??」

「“私”は、“私”のやりたいようにやる―――それはプリンセス、あなた様がやってきた……やろうとしている事と同じなのですよ。」

「でっ―――でも、あなたは……私のお父様おやじ―――それに連なる、あの“連中”から雇われたはず……」

「ハ!“あんなモノ”は、所詮破られるためにあるようなもの……だが―――あなた様との『誓約ちかい』は違う。」

『この“あたし”の―――』 『“オレ”の―――』 『“ワシ”の―――』 『“ウチ”の―――』 『“あちき”の―――』

『“私”の―――』

『そして“余”の―――』

「『ヘレナ』を形成する総ての魂を縛る『契約事やくそくごと』……このような崇高な理念のもとで交わされたモノと、己の業欲ごうよくの為にしかはしらぬ下衆げすなモノとを一緒くたにしないで頂きたい!」


「(!)ご―――ごめん……なさい……」

「いいえ、“私”の方こそ、口が過ぎてございました……おゆるしを―――我が主マイ・マスター……」


いまだ状況は判らず、思わずも錯乱しそうになる……

そも、このヴァンパイアは自分の事をあの『緋鮮の記憶英雄譚』に登場する“キャラクター”になぞらえた……それでもまだ冷めやらぬのに、かつての“約束事”を勝手に破棄し、自分と新たなる“契約事”……『誓約ちかい』を結んだ―――


            ?   ??   ???


そこでシェラザードは、少しばかり考えを巡らせました。

現在いま”、公爵ヘレナ自身による告解こっかいがなければ自分を監視するために実の父より雇われた『とり』の一人だった時、その者よりよく勝負を挑まれていた事があるのを思い出していました。

けれどもそれは―――今にして思えば、今回に通じている事だった……?


そして―――……


「さあ―――我が主マイ・マスターよ……命令オーダーを。」

『あなた様は“私”に何を求める―――?』『あなた様は“余”に何をして欲しい―――?』

「さあ……命令オーダーを―――!」

『“あたし”は、あなた様が求める『死』を与え―――』『“オレ”は、あなた様が求める『生命』を与えよう―――』



王女の血を等価として結ばれた『誓約ちかい』のもとに―――

王女は命令オーダーを下す……


そして公爵は――――――




           ―――了解した……

          では、御覧に入れましょう


             あるじもと





つづく

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