霊能力者紅倉美姫28 紅倉美姫の神隠し

岳石祭人

第一章 招待状


 紅倉邸を幽霊女優の綿引響子が訪れた。

「またですかあ」

 と紅倉に呆れられて、

「えへへへへえ、すみません」

 と崩れた笑みを浮かべつつ、

「どうぞお受け取りくださいませ」

 と、うやうやしくふろしき包みを差し出した。芙蓉が受け取って開くと、木箱入りの「酒粕 地鶏鍋セット」だった。

「これはこれは。美味しそうですね」

 と紅倉に教えてやる。

「あのー……」と綿引はへらへら愛想笑いを浮かべて、

「お手紙が入っていると思うんですがあ……」

 と、包みに差し込まれていたのを芙蓉がにべもなくのけた縦長に折られた紙に(ね?)と視線を向けてアピールした。「はいはい」と芙蓉は「紅倉美姫先生様へ」と毛筆で書かれた手紙を開き、読み上げた。


「菊薫る今日この頃、皆様にはお健やかに…」


 紅倉がひょいひょいと手を振った。

「あー、そういう面倒なのはいいから。で、なんですって?」

「えーと、要するにですね、そろそろ遊びに来てくれませんか?ってことです」

「うーーん。おっくう」

「ちょっとちょっと、」

 綿引が慌てた。

「先生。それに芙蓉さんも。もうちょっと真剣に検討してくれません? ほらあ、もうちょっと詳しく書いてあるじゃないですかあ」

 再び「はいはい」と、芙蓉は手紙に目を通し直しながら報告した。

「お酒造りを始める『上卯祭(じょううさい)』っていう大事な神事があるんですって。神事の後に関係者とか地元の人とか呼んでお祭りになるから、先生も是非遊びに来てください。とのことです」

 うんうん、と頷いて、綿引は期待のこもった眼差しを紅倉に向けた。

「だあ~かあ~らあ~」

 紅倉は迷惑そうに三白眼で睨んだ。

「なんであなたが毎回、島田酒造さんのお使いを承ってるんです?」

「ええ、いや、それは、帰省のついでに……」

「へえー。あれこれ言われるから実家には帰りづらいんじゃなかった?」

「いや、えーと、穂乃実の事が気になって……」

「そう度々新婚さんを訪ねたら迷惑でしょう」

「えーと……」

 綿引は言葉に詰まって、

「えへへへへえ」

 と笑った。

(分かってるくせに)

 と紅倉を横目に睨みつつ芙蓉はニッコリ笑顔で綿引に訊いた。

「その後、守口さんとはいかがです?」

「いかがですって、そりゃあ、その……、でへへへへへへええ~~」

 綿引はふにゃふにゃになって照れまくった。


 五月に紅倉は綿引の郷里の親友=穂乃実が巻き込まれた心霊事件、「赤いドレスの花嫁」事件を解決してやり、その過程でとばっちりで巻き込まれた酒造会社の社長を助けてやり、以来、その島田社長から「お礼をしたい」と再三、このように贈り物と共にご招待を受けている。

 そのお使いを毎回引き受けているのが綿引だった。

 そもそも彼女が持ってきた事件だったし、出身地でもあるのだが、日本海に沿って南北に長く伸びている新潟県の、綿引の地元の新潟市は真ん中辺り、酒造会社のある中倉町は南の端で、かなり距離がある。ほとんどお隣の富山県に行く感覚だ。

 元々、綿引の親友と島田社長とはなんの関係もない。

 その点は芙蓉も

(なんで?)

 と思っていた。綿引の言うには、

「いやあ、なんだか社長さんに気に入られちゃって、来い来いって言うもんだからあ~~」

 とのことなのだが。

 綿引が度々帰省している理由は分かる。守口達之に会う為だ。

 守口達之は、綿引の親友=穂乃実の旦那=金森史哉の学生時代からの親友で、事件の時には綿引と共に紅倉心霊探偵団の一員に加わっていた。……その時からお互い新婚夫婦の親友同士、いい感じだったのだが……

「でへへへへええ~~」

 とふにゃふにゃになっているのを見るに、順調なお付き合いが続いているようだ。

(あーあ、見ちゃいらんない)

 と紅倉が、

「すっかり幸せ惚けでふやけちゃって。もう幽霊役なんて似合わないわねえ。遠距離恋愛もたいへんでしょうから、この際、寿引退しちゃったらあ?」

 イヤミを言ったが、

「寿引退なんてまだ早いですよおー」

 もう、先生ったらあ、とますますへらへらして、

「駄目だこりゃ」

 と呆れ返った。

 へらへらふにゃふにゃしていた綿引だが、紅倉が全然乗って来ないのに気づいて本気で焦りだした。

「先生。今回は本当に来ていただきたいんですけど」

「うーーん……」

 と紅倉が生返事ばかりして一向に気分が乗らないのもこれまた無理からぬ所で、

 紅倉は九州の事件からまだ間がなく、ひどく疲れ、気分がささくれ立ち、鬱状態が続いていた。

 あの事件に紅倉が関わったのは警察内で極秘扱いで、世間一般、綿引の知る所ではなかったが。

「先生~~」

 泣きつくように言った綿引は、覚悟を決めると、頬を赤らめながら話した。


「本決まりになったんで言っちゃってもいいと思うんですが。

 中倉町で、島田社長が音頭をとって、地元の酒造会社が共同で出資して酒蔵レストランを作る事になりまして。もともとあったお土産屋さんのリニューアルなんですけどね。その内装のデザインを史哉さんが、外装のデザインを達之さんが担当する事になりまして」

 金森史哉は内装全般を行う会社でデザイナーをしていて、守口達之は外装全般を行う会社でデザイナーをしている。

「いつか二人でいっしょに仕事をしたいと言うのが大学時代からの夢だったそうですが、この度めでたく、そのチャンスをゲットしたんです!」

 綿引はテーブルの向こうから身を乗り出すと、感激の面持ちで両手で紅倉の手を握りしめた。

「これも社長と二人を巡り会わせてくれた先生のおかげです。ありがとうございます!」

「いやあ……」

 綿引の熱意を眩しそうに、

「むしろこっちが巻き込んで迷惑かけちゃったんだけどなあ……」

 と紅倉は逃げたそうにした。綿引はぐいぐい迫った。

「今回の上卯祭でその計画のお披露目をするんです。と言うわけで、恩人の紅倉先生には是非、参加していただきたいんですううう」

 (うっ・・)と紅倉は幽霊女優の迫力にたじろいだ。

「いい所ですよお~~? 癒されますよお~~~」

「・・・・・・・」

 芙蓉が微笑ましく眺めて言った。

「先生。今回ばかりは行ってあげてもいいんじゃありません?」

「ええ~~……」

 紅倉は芙蓉も恨めしく睨んだが。

「先生」

 芙蓉は優しく言い聞かせた。

「いい気分転換になるんじゃないですか?」

 う~~~~~む……、と頑張った紅倉は、

「はあ……」

 とため息をつくと、降参した。

「はいはい。分かりました。行きます」

 綿引は大喜びし、芙蓉もニコニコした。そんな二人を見ると紅倉も、

(そうね。楽しいかもしれないわね)

 と思うのだった。


 お邪魔する「上卯祭」という酒造りを始める大事な神事だが。

 どうもやはり紅倉は神様とはあまり相性が良くないと言うのを九州の事件でも改めて思い知ったので、神事には参加せず、その後のお祭りにちょこっと顔出しさせてもらう事にした。


 しかし。


 紅倉がやって来るとなると、やっぱり何かしら、そうした事件が起こるのだった。

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