第四王女と魔物騎士
あドぽ
プロローグ
次なる王
建国三百年の歴史を誇る、大国アクバル。
その歴史の中でも稀に見る賢君だと国民から親しまれた国王。それを支える聡明な王妃。
これから何年もこの素晴らしい王のもとで暮らしていくのだろうと、誰もがそう思っていた。
しかし、そんな都合の良い思い込みはまるで幻想だったかのように、突然否定される。
近く開催される予定だった国王が主催のパレード。
国王が主催するパレードではいつも決まって、国王と王妃から国民へ嬉しい報せをする。
パレードの開催日だけ知らされた時は何の報告なのだろうと国民皆の『楽しみ』になっていた。
パレードを準備するにあたって国王と王妃は開催地の下見に行った。
その下見現場にて、走行中馬車が転倒する事故が起きた。
事故から国の流れが台風のように荒々しく変わる。
王と王妃突然の事故死!
次の国王候補は?
実子は三人の王女のみ。
事故現場付近には魔女の姿!?
西の森、魔族から百年ぶりのアクションが。
事故は魔女と魔族の陰謀か!?
空白の王座!
パレードは永久の中止。
国王は国民に何を報せたかったのか!?
長女が成人の儀と共に即位か。
連日、新聞の号外がレンガの道を染めた。
死をもって蓋をされた謎に人々は好き勝手な考察、ドラマ、仮説を仕立て上げた。
「─────これにより、次期国王は第一王女、レジーナ・アクバルとし、成人の儀と共に即位式も行う。」
長いテーブルにずらりと並ぶ男たち。その殆どは長い髭を蓄え、艶やかだった髪色が白へと変わった連中ばかり。
真に心からこの国の為を思い忠節を尽くす者などこの場には居ないに等しく、誰もがこの国で如何に自分が都合良く生きられるか、そのように考えている者ばかり。
こうして、次期国王の座は数年の間空くことになり、賛成の者も反対の者も居るが声には出さない。
ただじっと、意地の悪い瞳たちは齢十二の可憐な王女を見つめていた。
「レジーナ様、なにか一言ありますかな。」
レジーナと呼ばれたプラチナ色の髪を輝かせる王女。海よりも深い青のドレスに身を包み、高い空のような澄んだ瞳をしている。
威圧的な視線と、これだけの大人達と席を同じくしてもひるまずにゆったりと腰掛けた、まだ少女であるはずの彼女は、容姿だけでなくその息遣いや仕草までもがかつての賢君を彷彿とさせた。
さて、このような生きて十数年の青い王女。いくらあの王の娘とはいえ、この場で一体何が言えるというのだろうか。
年々底意地の悪さが増していく老人達による新しい王を祝う彼らなりの歓迎だった。
レジーナは声をかけられ薄い唇をふっと、ゆるめた。しかし、目は笑ってなどおらず眉は老人たちを小馬鹿にしたように下がっている。
畏れ多くもこの国の頂点である自分を見定めようとした老人たちへの、お前たちの考える事ぐらい分かっているぞ、という彼女からの警告だった。
狡賢く何年も時を重ねてきた老人たちは、彼女からの警告を目敏く察して、慌てて目を伏せて逸らす。
なんとも愉快なものを見たというようにレジーナはもう一度笑った。
今度ばかりは先程のような笑みなどではなく、口元を手で隠し、年相応の少女のように笑ったのだ。
ひとしきり笑い終えると、立ち上がりもせずレジーナは頬杖をついたまま口を開いた。
「たかだか十二の箱入り姫である私に、狡賢い老人どもがこのザマとは───。」
レジーナの言葉に全員の表情が凍りつく。そういった例えではあるが、中には本当に寒ささえ覚えた者もいるだろう。
本人の言葉通り、たった十二年。このような事態になるなど予測もされず、蝶よ花よと育てられてきたはずの小娘が、枯れた唐変木たちにつまらなくなった玩具を見るような視線をぶつけている。
なによりもあからさまな威圧、荒々しさを押し出しながらも、先代の賢君を想わせる聡さがその瞳には宿っている。
だからこそ変化を嫌い不動を好む懐古的な思想で凝り固まった老人達は、レジーナを恐ろしく感じたのだ。
「───む、私からの一言、だったな。」
まるで十二歳の少女のようにレジーナは思い出したという仕草をする。
いったい、これ以上何を言われるのだろうか。どのような罵倒を浴びせるのだろうか。
緊張感と恐怖、胸が狭くなったかと
そんな様子をレジーナは愉快そうに目を細めて眺める。
その表情だけを伺えば童心のままに行ったいたずらを眺める少女のようだが、いたずらの内容は少女のそれではない。
さて、とレジーナは短い足をドレスのスカートの中で組みなおす。
「中央貴族派、ヴェステン派、各々思うところはあるだろう」
先程とは打って変わった、凛とした瞳はここに並んだ貴族たちひとりひとりを見つめる。
「志半ばにして亡くなってしまった我が父、エルドリアが遺したこの地は無くならず、民やおまえ達が編む文化と安寧もまた続いてゆく。」
先程のように怯える者は一人も居ない。
ただ、レジーナの玉声に聞き入るばかり。
瞬きを忘れるほどに。
唾を飲むことを忘れるほどに。
呼吸することを忘れるほどに。
「そのような当たり前の事を続けるためには、私が玉座を開けているあいだ、おまえ達、中央貴族派、ヴェステン派がなかよく手を取り合う事が必要だ。」
さながら、聖女が旗を掲げ導くような。
さながら、神が子羊達を赦すような。
さながら、母が我が子を抱くような。
優しさ、包容力、安心感、信頼、あたたかさ。
それら全てが混ざったかのような、未だ言葉が追いつかず形容のできない感情が沸き起こる。
「よろしく頼むぞ。」
恐ろしさと、優しさと、人の上に立つ器。
王であるための全てを、もう既に手に入れた少女は微笑んだ。
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