暗殺学院と黒の死神
事務猫
第一章:暗殺学院編
暗殺の世界
ルシャード家長男、エデル・ルシャード。
先祖代々から続く暗殺者の家系で彼は育ったのだが、ルシャード家はそれほど名家な暗殺者という訳ではない。彼らの情報は全くもって不明であり、国に管理されてる『個人情報』ですら、荒唐無稽なものとなって登録されていた。
何千何万の極悪人をその手で確実に仕留めてきた暗殺者。幼少期の頃から英才教育を施された彼は、ルシャード家の秘術・鬼才な魔法技術・超人的な身体能力に加えて、八歳で複数の魔眼が開花。そして、幅広い知識を獲得した結果、わずか十歳にして『世界最強の暗殺者』へと至った。
そうして、彼が暗殺者の仕事を生業としてきた頃、裏社会ではいつしか彼のことを、こう呼ぶようになった。
――黒の死神。
闇に紛れるその死神は、相手に気配すら感じさせない。死神から暗殺対象となった極悪人は、数日後、忽然と姿を消すのだそうだ。
その死神がどのような恰好、どのような顔立ち、どのような声質をしているのかは、暗殺業界でも知る術はない。
死神は『暗殺クラス』でトップに君臨する。
トップは計九名とされているが、公式としては八名である。
暗殺の歴史は古来からあり、年月で相応するならば、おそらく千年くらいだろう。
◆
三月三十一日。午後九時五十分。
神聖アストレウス帝国・白亜の塔。
塔の屋根に全身が黒ずくめに覆われたような男が、街の夜景をバックにしながら佇んでいた。顔は漆黒に彩られた仮面を付けており、真紅の色をした瞳がヤケに不気味である。
その仮面を喩えるなら――骸骨。
瞳の色だけは全くの別物だが……。
(予定の時刻まで、あと十分か)
左手首に装着していた腕時計に、その不気味な瞳を向ける。今回『暗殺者』が狙うターゲットは、暗殺者にとって定番な『貴族様』だ。
依頼者は匿名であり、名を知ることができない。
ただ、そのターゲットの情報はきっちりと掴んでいた。でなければ、このミッションを行うこと自体が不可能だ。
それなりの代価は支払わせてもらっているのだから、失敗は許されない。まぁ、この男にとって『失敗』の二文字は微塵も存在しない。
男は耳の部分に手を当て、機械音のような声を発した。
『こちらゼノア。応答を頼む――』
ブツッ、と耳鳴りのような音が一瞬生じた後、凛とした声が男の鼓膜に届く。ちなみに『ゼノア』というのは、この男のコードネームである。
【――こちらフェリス。目的地に到着したようね――】
更にブツッ、という耳鳴りのような音が生じれば、今度は男が口を開く。
『――少し前から街を俯瞰していたんでな。連絡が遅れたのはそれだ――』
更にさらにブツッ、という耳鳴りのような音が生じる。男の耳には小型のインカムを取り付けており、任務用で使用するものとなっている。
これで『パートナー』とのやり取りを、行っているのだ。
【――そうなのね。…………まあ『ゼノア』にとっては、お節介になるのかも知れないけれど、任務報告だけは忘れないでよね――】
『――死神にはいらぬ世話だが……忠告として受け取っておこうか――』
【――……頭ごなしに否定しないのね――】
『――死神と言えど、『パートナー』との関係は良好にしておかないと行けないしな。万に一つもないが、今後もし、
【――
気恥しそうな声が
(嬉しそうだな)
【――ゼノア。そろそろ来るみたいよ――】
一見にして貴族当然の行為としてはみられているが、ある匿名から聞いた情報によると、その貴族は一度殺人の罪を犯しているのだそうだ。
自分の犯した罪とは向き合いもせず、のうのうと暮らしているような輩には、制裁を降されるのが世の常だ。
『――だから貴族が作る政治は好きになれないんだよなぁ――』
【――どうかした?】
インカムを切り忘れていたようで、
『――ただの独り言だ、気にするな――』
ブツッ、とインカムの音声を一度切る。
向こう側とのやり取りは、少しの間は出来そうにない。
(正義執行もとい、暗殺を執行する)
白亜の塔の屋根から
神聖アストレウス帝国の所狭しと並ぶ、建物の屋根を跳躍しながら、ターゲットの元に移動する。
その際、自分が移動したという痕跡を跡形もなく隠滅する。先程いた白亜の塔も例外ではない。
(所定の位置に着けた。あとは、ターゲットの出方次第だな……)
高層ビルの屋上からターゲットが通るであろう、往来付近に
「〈
索敵魔法・〈
地形図には青色と赤色、そして黒色が点灯していた。青が一般人、赤がターゲット、黒が自分自身となっている。
かなり便利な魔法だが、人前で行使できるような場面は中々ないだろう。その理由が、〈魔力因子〉によって証拠が残る可能性があるからだ。
といっても、痕跡魔法の〈
(ターゲットは近くにいるが……かなりの速度で移動しているようだな)
貴族らの移動手段には二つある。
一つは馬車による移動。
一つは〈魔空車〉による移動だ。
〈魔空車〉は魔力を原動力にしている。
馬車よりかは、かなりの速度で移動できる代物だ。
魔力の供給量によっては、凄まじい速度で発進することも可能なのだ。
どうやら、今回の移動手段は後者のようだった。
〈地形図〉を解除し、高速で移動する魔空車に、その眼を向けた。
(護衛が三人、か。随分と手薄だな)
なにか企んでいるのか? と憶測を立てる
(
急降下しているので、風圧が物凄い。
外套を靡かせながら、綺麗に地面に着地する。
「〈
〈
〈
また、この魔法は〈
(〈
姿かたちが見えない状態で、ゆるりと歩く
そうなってしまえば、ターゲットを刈る前に本末転倒もいい所である。
(黒の死神と呼ばれる
〈
彼の年齢は現在、十六歳。わずか八歳で複数の魔眼を開花させ、そして、超人的な身体能力と幅広い知識と鬼才の魔法技術を会得し、十歳にして『世界最強の暗殺者』へと至ったのである。
◆
「今宵の月は明るいのぅ」
真空車から降りたその貴族は言った。
「そうですね、カール様」
護衛役の一人がそう返答する。
カール・アンテス。
歳は四十~五十の間。
薄らと白髪が混じっており、口周りの髭は綺麗に剃られている。白髪を除けば、清潔そうな見た目をしているのだが、この男の犯した罪は綺麗に拭えない。
護衛役の三人は、カールを中心として前・左斜め後ろ・右斜め後ろに配置着く。
アンテス家は神聖アストレウス帝国の中で、三番目に権力と地位、そして富豪を持ち合わせている。
貴族のランクでは『大公爵』だ。
カールは重たい足取りの中、先日、カールの従者から聞いた話を頭の中で思い出して行く。
◆
その時は確か、自室で作業をしていた時だった。急ぎ足で近付いてくる足音を耳にしたカールだったが、手を休めることなく作業を続けていた。
自室の扉を強めに叩かれた時は、何事かと思ったが、そのまま入室の許可を与えてやると、
【カール様っ! 大変です!】
と、カールの従者が真っ青に染まった表情で、声を張った。
【……何事だ……】
【か、カール様。本当に大変なんです! 『何者』かがカール様の『情報』を引き出し、暗殺の依頼を委任したそうなんです!!】
その時のカールは絶句した。
唖然とするカールをよそにして、カールの従者は、少しずつ落ち着きを取り戻してきたのか、冷静に言葉を紡ぎ出す。
【しかも、その暗殺者が――あの『黒の死神』だそうです】
『黒の死神』――その呼び名は、素性不明、性別も不明、すべてが正体不明に包まれた謎の暗殺者だ。
対象になっていた護衛ですら、その顔立ちを確認したことがなく、声帯も不明である。
その『
何時どこから現れるかわからない謎の暗殺者。
カールの恐怖心が体全体に隈無く駆り立てた。
(この私が、暗殺者風情に狙われる、だと……っ!? 私にはなんの罪もない……なんの、罪も……っ!!)
自分自身に嘘は通じないと言うのは本当らしいが、カールはそれでも自問自答と自己否定を、この時ばかりは繰り返したそうだ。
◆
神聖アストレウス帝国・午後十時頃。
(
カール・アンテスを含む護衛役三人の背後を見据えながら、ゆるりと歩く
(〈
常人の眼では捉えられないほどの速度で、
証拠を残さないように
(……何も知らないまま、あの世に行くなんて……哀れだよな……)
漆黒に染まった仮面の内側で、彼は悲痛の表情を浮かべたのだった。
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