第15話 卯の花腐し⑧

「頑張ったね本当。風の噂で聞いたけど、今年の陸上部の一年生の人数が少なくて大変なんだってね」

「そうなのよ! だからもうすっごく忙しいのよ。地面の整備やら備品チェックやら沢山作業あって。三日間やったけどまだ教えてもらってない作業沢山あるらしいし萎えるわ~。あ、でも聞いて! 部長さんがすっごく優しかったのよ! あたしの頑張り次第でハザマっちとの仲を取り持ってくれるらしくて! あの人のおかげで何とか頑張れてる。ハザマっちとあたしたちと同学年の部員はめっちゃ冷たくてキツイけど」

「そっか。良い部長さんで良かったね」


 萎えるとか言っといて手伝いに行ってるときは謙虚に頑張ってると思うと可愛く感じ、いや違うそうじゃなくて。

 俺たちの同級生部員からの当たりは強い、か。間さんから詳しい話聞いてるだろうし印象は最悪だろう。そんな中、事情を一切無視して部のために接してくれる部長さんのありがたさは身に沁みるはず。

 部長さんのおかげもあって何とか愛野さんは頑張れそうだ。愚痴っていられるうちはまだ元気。俺はあの雨の日に絶望し切った愛野さんの表情を見てしまっているからそれが分かる。


「んね。はぁ。頑張ろ。藤堂、ふかみん、ハザマっちは置いておくとして、それ以外の部員からは概ね感謝されてるし。やりがいもなくもないし。バイトよか楽しいし。まああれね、まあ、うん、えー、あんたに、その、感謝、してなくもないってか、うん」


 そこでテーブルに突っ伏しなおして顔を見せないのはズルいと思う。思うけど内心ホッとしてる。だって俺の顔も見られたくないから。


「お、俺も、感謝してる。今のところすごく順調だ。愛野さんのおかげだよ」

「お互い役目は果たせてるってことで。あぁ~早く藤堂たちと何気ない会話しながらお昼ご飯ゆっくり食べた~い」


 愛野さんは教室で一人でご飯を食べている。最初の頃は俺と保健室で鉢合わせたがそれは数日だけだった。ぼっち飯、俺だったら耐えられない。本人は毅然とした態度で一人で食べていたが、今の発言、本音を聞くと、やっぱり寂しいんだな、と。

 俺と一緒に食べないか、反射的にそう言いそうになって急いで口をすぼめた。

 それは何の解決にもならない。むしろさらなるトラブルを招きかねない。俺と愛野さんの関係性を知る人間はいないから二人で教室からいなくなっても怪しまれないだろうが、万が一、二人で昼ご飯を食べている場面を目撃されたら一大事。クラス中の話題になり、今頑張っていることが無駄になりかねない。

 俺ができることは、自分の目的を達成すること。愛野さんの目的を達成させること。

 波に乗っている今こそ身を引き締めてこれまで通り協力してトップカーストに挑む。


「なぁにあんたその酸っぱいもの食べたみたいな変な口。キモいからやめてくんない?」


 どうして愛野さんはこうも俺が真剣に考えているときにシンプルイズベストな悪口放ってくるんだムカつくなぁ。


「キモいキモいうっさいんだよバカ」

「は? 何? え? 逆ギレ?」


 俺が反撃したのに驚いたのか、突っ伏していた上半身を起こして目を見開いていた。


「はっはっは」


 どうやら俺の素の部分も変わりつつあるらしい。


 ◇◇◇◇◇◇


 次の週末。日曜日。

 今日は愛野さんとの会議は無し。なぜなら絶対に外せない用事があったからだ。


「鳴神、異様に上手くね!?」

「まあセンスだよセンス」


 待ちに待った皆とのダーツ! 

 店員さんに選んでもらった服を着て、眉毛を整えワックスで髪型キめてきた。鳴神たちと対等に見えている、はず。周りからは。

 よくよく鳴神、森、吉良の服装を見てみると、各々自分に似合う系統の服を選んでいるように見えて、そこには一定の法則性があるように思える。服を見る目が育てば分かるようになるのかな。まだまだ修行不足だ。店員さんに他のシーズンの服もコーディネートしてもらうことによってセオリーを頭に叩き込もう。


 皆を観察しつつもダーツを楽しむ。

 つか鳴神と吉良、上手い。高スペック過ぎないか二人とも。鳴神は運動神経抜群、吉良は手先が器用だからかな。

 逆に、才能あるんじゃね!? と騒いでいた森は恐ろしいほどのノーコンぶりを発揮していた。ダーツが飛ぶスピードは一番速いけど。


「なんで当たらないんだよぉ!」


 森が地面に手をつくほど落ち込んでいる。実際にやるまではウッキウキだったのに。


「重心がブレてんだよ。ほら、こうやって足の位置調節して」


 鳴神が説明しながらひょいっと軽く投げる。

 モーションに力は入ってないのにダーツは勢い良くブル、ど真ん中に吸い込まれていく。

 すごい。やっぱり鳴神は、すごい。憧れるなぁ。


「浅野、お前も森に教えてやってくれよ」

「いやいや俺には無理だって。俺より既に鳴神や吉良のが上手いし」

「ナチュラルにおれハブってんじゃえぇぞ浅野ぉ!」

「森より俺のがマシかなって」


 ここで小笑いが起こる。よ、よし。上手く振る舞えてる、よな。普段だったらここでバカでかい声出してただろうけど抑えた。

 鳴神、吉良の指導により森のプレイングが多少なりとも改善されたところで、クリケットというルールで遊ぶことに。

 ダーツの的は二〇分割されており、それぞれのマスに一~二〇の数字が割り振られている。このクリケットはその内一五~二〇、それに中心点・ブルのマスのみを使った陣取りゲームみたいなもの。同じマスに三回当てたらその数字が自分の陣地になり、四回目以降当てるとその陣地の数字分のポイントが手に入る(ブルは五〇点)。その総合点を競うゲームだ。


 このゲームの面白いところは同じマスに何度も当てるコントロール力が試されるというのと、相手の陣地を潰せること。

 例えばプレイヤー一がまず一五のマスに三回当て、自分の陣地にする。次の自分の番にもう一度一五のマスに当たれば一には一五ポイント入る。だがプレイヤー二が一五のマスに三回当てた場合、その陣地は誰が当てても〇ポイント。陣地が潰されるのだ。得意マスが少ないプレイヤーはたまったものじゃない。


 ジャンケンして俺と吉良、鳴神と森の対戦が決まった。

 吉良との対決。まさかの俺が勝利。

 吉良はギリギリで外すことが多かった。後半は徐々に狙いが定まってきており追い上げられたものの何とか逃げ切った。


「経験の差が出たか。次は負けない」


 眼鏡を外して丁寧に拭いている。吉良が悔しがっている証拠だ。

 た、楽しい。仲間を自分が好きなことに引っ張りこむのって、こんなに楽しいんだ。


「やるじゃん浅野」

「練習すれば絶対おれのが上手くなる」


 素直に称賛してくれる鳴神と謎の自信を持っている森。

 ここで使うべきじゃないのか。鳴神グループの正式メンバーになるための秘策を。

 俺はずっと考えていた。鳴神たちにとって俺はただの金魚のフンだった。でも鳴神、森、吉良は違う。彼らにはキャラがあった。個性があった。でも俺には無かった。だから教室内でカースト中位くらいの男子グループの会話を聞いて、自分でも使えそうなキャラ付けを探した。


 そして見つけた。鳴神グループに欠けているキャラを。

 おもしろキャラ。イジられキャラだ。今日の森がそれに近いがそれはたまたまでイジられるよりはむしろイジる側。イジられ専門枠ならいける。

 イジられるためのギャグ、というか『隙』について悩んでいたが、愛野さんとの会話の中で愛野さん本人から着想を得た。

 俺は愛野さんにも憧れていた。優れた容姿と、それを自覚し実際自分は綺麗だと臆面もなく言えるメンタルに。俺には一生かかってもマネできる自信がない。

 だからこそ、俺が愛野さんのマネをしたら、違和感が尋常ではなく、『隙』が生まれる。つまりはイジってもらえる。

 恥ずかしいしスベッたときのことを考えるだけで逃げ出したくなるが、前に進むために言う。言うぞ俺は。

 自らを鼓舞し、恥ずかしさをねじ伏せ、自然かつそれが当然だと言わんばかりに愛野さん譲りのドヤ顔と高めの声音を作って、それを放つ。


「まあ俺イケメンだしな。勝つのは当然ってわけよ」


 数秒間、鳴神、森、吉良の動きがピタッと止まり、視線が一気に俺に集まる。

 何この時間。スベッてる? スベッているのか? スベり倒しているのか今俺は!?

 表情を愛想笑いに切り替えて、冗談冗談、今のは忘れてくれって誤魔化そうとしたとき、森の大爆笑が響いた。


「ぶあーはっはっは! んだそれ! おま、よくそんなん言えるな!」


 続いて鳴神も爆笑。鳴神も比較的笑う方だが、ここまで大きく声をあげることはそうそうなかったから珍しく感じる。 


「ふ、ふふ、ふ」


 そして声を出して笑うことなんて滅多にない吉良まで小さく笑い声を漏らしていた。

 刺さった。刺さったぞ! 俺史上一番ウケてるかもしれない!

 実はこのネタ、愛野さんには話していない。本人参考にしたって言ったら怒られそうだったし不発に終わったら目も当てられない結果になるから。

 俺が放った渾身のネタは大大大大大成功。しばらく俺たちは笑い続けた。

 この一歩は俺にとってあまりに大きい一歩だった。今までの一歩が爪先分だったとするとこれは走り幅跳びの一歩。それもはや一歩じゃないわまあいいか。

 これは俺が狙っていた面白キャラポジションを確立できたんじゃないか?

 この一発だけで終わらせない。もっと色んなネタを考えないと! でもしばらくはこれ一本でいける気がする!

 ウケたおかげでダーツの調子も良くなり、辛くも鳴神に勝利した。鳴神はブルで得点を稼ぎにくる方法だったが、俺は堅実に二〇付近の数字を狙い続けた。


「くっそ! やっぱ先にやってた浅野のが有利か。でも初日でその浅野と接戦になるオレすごくね?」

「うん。すごい。はじめてでこんなにブルに的中できるなんて才能ある。流石鳴神だわ」

「だろぉ!? まあでも吉良もやるよな。あと一日練習すれば一気に精度上がりそう」

「うん。僕も自分でそう思う。フォームの調整と、あと自分のダーツ買えばもっと当たるようになるはず」

「いいねぇ。それに比べて調子乗って高いダーツ買った森はよぅ」 


 鳴神がニヤニヤ笑いながら森の肩を軽くパンチ。


「あーもううっせーうっせーダーツなんて嫌いだこんちくしょう!」

「森、俺が教えようか?」


 鳴神に便乗してそう提案してみる。


「いやいや浅野に教わるとかねぇから。鳴神、おれを鍛えてくれ」

「そうだな。浅野に教わるのはねえわな。よし、弟子にしてやろう」

「ちょ、なんで俺はないんだよ!?」

「「だって浅野だし」」

「理由になってねぇ! 納得できんわ!」

 

 ◇◇◇◇◇◇

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