第14話 卯の花腐し⑦


「はよっす」

「おう浅野待ってたぞ。ちょうどお前から送られてきた動画見てたところだ」

「浅野、お前腰が入ってないよ腰が! おれのが上手いんじゃね?」


 森がダーツを投げるような仕草をする。流石運動部。素振りの風切り音がすごい。上手くコントロールできれば大会で見たような弓矢のような勢いのダーツを見ることができるかもしれない。


「浅野、使ってるダーツは君の私物かい?」

「そうだよ。寂しい財布ひっくり返して自分で買った!」

「今度持ってきてよ。気になる」

「あいよ~」


 吉良はプレイングではなくダーツそのものの造形とかが気になるようだ。一番低いグレードでカスタマイズもほとんどできないのが悔やまれる。単発バイトしてもっと良いの買いたいな。


「つか急にダーツとかどしたん? 今までそんな話一回も聞いたこと無かったような気ぃするけど」


 おお。鳴神が俺に興味を示してるぞ。新鮮だ。


「いや、ノリで。自分らしくないことしてみようかなーっと思って」

「ふぅ~ん。変わったとこあんのな」


 この反応はどうなんだろう。可もなく不可もなく、か?


「なあなあなあ、再来週の日曜日、皆でダーツしにいかね? おれの意外な才能が開花するかもしれん! 浅野教えろ!」

「おうよ! ルール説明なら任せとけ」


 森の提案に、鳴神と森も、行こうぜ、いいねと賛同。

 すごい。すごいよダーツ効果! 

 嬉しさが爆発し、つい愛野さんの方を向く。

 目が合った。無表情を崩さなかったが、机の下から僅かに指先を出し、Vサインを作ってくれる。

 じわりと、目じりに涙が浮かんでしまった。ヤバい。怪しまれる。


「ぐあ、目に埃がぁ!」

「浅野がテンション高く机に手ぇ置いたから埃舞い上がったじゃねえかバカ!」


 森に軽く肩を叩かれる。

 久しぶりに教室内で生きた心地がした。俺、どこからどう見ても今、鳴神グループの一員だよな!?


 愛野さんが俺にしてくれたアドバイスは的確だった。大成功だった。鳴神グループに面白い話題を提供することができ、さらに四人でダーツをしに行く予定までできた。

 その日は一日ずっと幸せな気分が続いた。生きていればこんな良いことがあるんだなぁ。

 


『良かったじゃない。さっすがあたし。これ以上ないほどの成功でしょ』

『おう!!! 愛野さんのおかげだ!!! ありがとう!!!』

『あたしの鼓膜破るつもり? 声量考えなさい。家に帰ったからって気抜くな』

『ご、ごめん』


 あまりに嬉しくて自分から愛野さんに電話をしてしまった。電話嫌いの自分がこんなことをするなんて。


『油断しないことね。これ一回きりだったら意味ないわよ。ダーツを極めるも良し。どんどん他のものに手を出して、鳴神たちを引き込むも良し。その過程で話し方をゆっくり変えていけば完璧』

『できる気がしてきた』

『できるわよ。する気さえあれば』

『そうだね。愛野さんの方はどう?』


 今日は鳴神たちとがっつり絡んでいたため、ほとんど愛野さんの様子をうかがえなかった。これで愛野さんが上手くいってなかったら俺ばっかりはしゃいで気分を悪くさせてしまったかも。


『ん~。何とも言えないわね。まだ弓道部も美術部も一日しかやってないし。今日の美術部は成功っちゃ成功だったわ。ふかみん、そんなにあたしのこと嫌ってないっぽい。普通に話してくれた。他の美術部員も全員感謝してくれたし、部活の終わり頃なんて絵教えてもらったし』

『すっかり馴染んでるじゃないか。そうか、藤堂さんグループも一枚岩じゃないんだね。深海さんは愛野さんと間さんのいざこざにそんなに興味無かったのかもしれない』

『そうかもね。元々あたしが藤堂グループにいた頃もミステリアスでそんなにしゃべんなかったし。今の方がよっぽどふかみんと関わってるかも』

『藤堂さんはまだ分からないけど、深海さんについては順調そのものだね。一番の難関は明日から手伝う陸上部、か』

『そう、ね。体操服持っていくの忘れないようにしなきゃ』

『ファイト』

『うん』


 それから宿題のことを少し話して電話を切る。

 lineを確認したら森が『ダーツ早速買った!』と写真付きでコメントしてた。うわ、俺のより数グレード上のやつだ。森のやつ、はじめる前から張り切ってんな。

 また幸せな気分に包まれつつも、頭に不安がよぎる。無論、愛野さんについての不安。

 愛野さんが藤堂さんグループに戻るために一番必要なことは、間さんとの和解。逆にそれさえクリアできれば何も憂うことはない。

 明日からが正念場だ。俺も浮かれてないで注意深く愛野さんと藤堂さんグループに目を配ろう。

 俺も愛野さんも早く軌道に乗せたい。安心したい。昨日今日みたいに俺と愛野さんが連絡を取り合わずそれぞれのグループに定着する未来を迎えられたら。


 

 そんなこんなで週末。日曜日。カフェにて。

 テーブルに突っ伏した愛野さんに何て声をかけようか考えながらコーヒーをすする。


「疲れた」

「そうだね。疲れたね」

「つ~か~れ~た~」

「そうだね。疲れたね」

「同じことしか言えないのあんたは!?」


 愛野さんのつま先が俺のすねに突き刺さる。痛いけど我慢。しばらく荒ぶる愛野さんに付き合うつもりだ。


「愛野さんが同じことしか言わないからだろ」

「うっさいバーカ」

「理不尽だ」


 ひとしきり騒いだあと黙る。カフェで落ち合ってからずっとそれを繰り返している。 


「しんどかったよぅ」

「だろうね。正直、よく三日間きちんと通ったなって感心、尊敬してる」

「でっしょ!? あたし、頑張ったぁ」


 突っ伏したままぐでんぐでんと左右に揺れている。普段のキリッとした雰囲気が一ミリもない。

 しばらくこのうだうだが続くと予想し、この三日間の愛野さんの様子を思い出す。


 ◇◇◇◇◇◇


 愛野さんの陸上部手伝い初日。 

 俺は運動場に来ていた。もちろん愛野さんを見守るため。このことは愛野さんに言ってない。嫌がられるだろうし。出しゃばっている自覚はある。気になってしょうがなかったからついやってしまった。目立たないよう物陰に身を潜めて様子をうかがうことに。他人に見つかったときに怪しまれないようにスマホをいじっているフリをしながら。


 この場所は部室とトラックのちょうど中間地点で、陸上部員がよく通る場所。運が良ければ愛野さんと間さんのやり取りが聞こえる。

 その考えは的中した。部活がはじまる少し前、トラックに移動中の間さん、間さんに話しかける愛野さんが俺のすぐ近くを通りがかる。


「だから話しかけてくんなっつったでしょ! 余計なことしないで」

「ごめん。でもあたし、また皆と一緒に過ごしたいの。今はただハザマっちの力になりたい。雑用でも何でもするから!」

「うっさい。今からアップするから着いてくんな」


 強くそう言い、間さんは駆けだす。愛野さんは追わなかった。

 心が折れたから追わなかったのか。はたまた間さんのために追わなかったのか。どちらにせよ追わなかったのはグッジョブ。あの様子じゃ追ったところで火に油を注ぐだけだ。

 立ち尽くす愛野さんの元に、陸上部員が駆け寄ってくる。


「あ! いたいた。あなた、間さんと色々あったんだってね。普段なら空気悪くなるからお断りさせてもらうところなんだけど、今年は一年生の部員が極端に少なくてね。色々回ってないんだ。私としてはあなたに頑張ってもらえると嬉しい」

「はい。精一杯手伝わせていただきます」

「ん。頑張り次第で私から間さんにあなたを許してあげるよう頼むからさ。期待してるよ! 我が部のために頑張ってくれたまえ! じゃあ今からハードルとかの道具の出し入れについての説明するから着いてきてね」


 背の高い陸上部員に連れられて倉庫の方へ歩いていく。

 そこで俺はようやく浅くなっていた息を整えるべく深呼吸した。

 怒涛の展開だったな。あの背の高い人、口ぶりから察するに部長か副部長かな。

 間さんとのやり取りは険悪だったものの、その後思わぬ幸運の女神が現れた。

 あんな殊勝な愛野さん、はじめて見た。本気なんだ。

 妙な高揚感に包まれ、しばらくその場から動けなかった。

 きっと上手くいく。予感がある。

 俺も負けてられない。気持ちが燃え上がっているうちにlineを開き、ダーツ会の予定を決めるべくカレンダー機能を立ち上げた。


 ◇◇◇◇◇◇


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る