第5話 狐の嫁入り④

 ◇◇◇◇◇◇


 週末までの一週間は悲惨なものだった。俺は鳴神達の陰口が頭にこびりついてて上手く話せないせいで机に突っ伏すのみだし、愛野さんは三人に話しかけに行っても無視され続けるからもう声かけに行くことをしなくなり自分の席でスマホをいじってるだけ。

 正直、愛野さんとの予定があることが嬉しかった。愛野さんとの予定だからじゃなく、単に他人と予定があるという事実が俺を安心させてくれた。


 日曜日。前回と同じカフェで待ち合わせ。

 待ち合わせ十分前に着いた。するともう店先には愛野さんが立っていた。


「今日は早いんだね」

「何? 前回遅刻したことに対する嫌味? うっざ」

「深読みし過ぎだって」


 疑いの目を向けてくる愛野さんを振り切り、店内へ。

 前回と同じく奥の二人席につく。まずは注文。

 愛野さんは紅茶、アールグレイを。俺はウインナーコーヒーを。 


「良い香り~。やっぱこれよね。紅茶こそ至高の飲み物だわ」

「ホイップの甘さ、コーヒー特有の苦み、ベストマッチ。良い豆を使っている。コーヒーは数多くの豆、飲み方があって自分にピッタリのものを見つけられる。全人類はコーヒーを飲むべきだ」


 一瞬にらみ合う。俺と愛野さんは部分的に似ている(と勝手に思っている)けど、やはり正反対の人間のようだ。その認識を間違えちゃいけない。

 それぞれ飲み物を口に含んで一息入れた後、本題に入る。


「で、協力って具体的に何しよう?」


 入れる本題が無かった。


「あんたから言いだしておいて何も考えてこなかったわけ?」


 愛野さんは大きな溜息を吐きながら額に手を当てる。


「この一週間、学校生活をどう乗り切るかで頭の中一杯だったんだよ」

「まああたしも考えてなかったんだけどね。この場で考えればいいかなって」

「人のこと責められないじゃねえか」

「あたしはいいのよ」

「傍若無人すぎる」


 二人とも何も考えていなかったことが発覚。カフェの滞在時間が長くなりそうだ。


「ま、じっくり話していきましょう。まずは目標設定からね。あたしは元のグループに戻ること。あんたは?」

「俺は……正式に鳴神グループの一員になること、かな」

「その言い方だと曖昧ね。正しくは『カーストを上げる』」

「カースト? 身分制度とかの?」

「あんたスクールカーストって言葉知らないの?」

「知らない」


 ハァ、と絵に描いたような溜息を吐かれる。知らないことをバカにするのってよくないよね? ね?


「その名の通りよ。学校内、クラス内の序列。皆が無意識に棲み分けてるのに名前が付いてるってだけ。うちのクラスだと最上位カーストは男子だと鳴神、森、吉良からなる鳴神グループ、女子だと藤堂、ハザマっち、ふかみんからなる藤堂グループ」

「あれ、その理論でいくと俺って一応最上位カーストなんじゃ?」

「分類上はね。実際は四人の中で一番下。前にキョロ充のこと調べたとき書いてあったじゃない。リア充だけどリア充の底辺だって。他の三人に比べて差があり過ぎるから今回みたいなことが起こったってわけ。だからあんたの目標は、鳴神グループ内のカーストを上げること」

「なるほどなぁ。愛野さんの場合はどうなるの?」

「あたし? あたしはまぁ、上位カーストにいるのは変わらないでしょうね。単独行動になったってだけで」


 そうか。愛野さんは元々顔、スタイル、学力、運動成績が良いからカーストが落ちることがないのか。


「んで、カーストを上げるためにはどうすればいいんだ?」

「ちょっとは自分で考えなさいよ」


 またしても溜息を吐かれる。これはしょうがない。確かに俺、訊いてばっかりだ。こういうところがいけないのかな。


「えーと、俺と鳴神たちで違うところ。見た目?」

「間違いじゃないわね。じゃあそこからはじめましょうか。顔は生まれ持ったものだから変えられないとして、他はどこが変えられると思う?」

「髪型とか服?」

「正解」


 ピッと人差し指を向けてくる。そんな芝居がかった仕草でさえ似合ってしまうのが愛野さんの強いところだ。


「服はいいとして、髪型か」

「いやいやよくないから服がまず問題だから」

「え、マジ?」

「マジ。この前あんたたち四人が町を歩いてるところ見かけたんだけど、あんただけ浮いてたわよ」

「信じたくないけど愛野さんが言うならそうなんだろうな。どの辺がダメ?」


 愛野さんがオシャレに詳しいことを小耳に挟んだことがある。


「とりあえず、サイズ感がおかしい。もっと小さ目のサイズにしなさい。特にボトムスね。あれ緩く履くタイプじゃないでしょ。なのにダボダボなのはみっともないわよ。他にも色々あるけどまあいいわ」

「サイズ感。確かにあんまり気にしたことなかったかも」

「でしょ。だから買いに行くわよ、服。明日の放課後ヒマ?」

「もちろんヒマ」

「じゃあ明日の放課後ね。予算二万くらいで」

「そんなに!?」

「足りないくらいよ。それくらいあればとりあえず最低限は揃えられる。てことでまず見た目の違和感をなくしていきましょう」

「分かった。アドバイス助かる。一人じゃそこまで思い至らなかった」

「でしょ!? まああたしこういうのも上手いから。導いちゃう的な?」


 愛野さんが調子づいて来た。この何度も教室で見たことあるドヤ顔。顎をクイッと上げ、こちらを見下すかのような目線にUの字になる口。唐突に組まれた脚。ご丁寧に顔にかかった髪の毛をバサッとはらうオプション付き。


「でも自分自身がどう振る舞うべきか分からないんだね」

「は?」


 途端に不機嫌になる。言葉って少なければ少ないほど攻撃力上がる気がするのは気のせいだろうか。は? とか、うざっ、とか、きっしょ、とか。


「嫌味とかじゃなくて不思議に思っただけだって。じゃあ俺の具体的な目標が決まったから、次は愛野さんだね」

「へえ。あたしのもちゃんと考えてくれるんだ」

「そりゃそうでしょ。俺は協力しようって提案したんだ。一方的に助けられるだけじゃ協力とは言えない」

「ふ~ん。言うじゃない。あんたごときがあたしの助けになるようなことを言えるのかしら」


 目を逸らしながらバカにするような声音でそう言う。

 いちいち言い方がムカつくんだよなぁ! 


「俺でもアドバイスくらいできる。だって愛野さんって目立ちまくってて嫌でも目にも耳にも入ってくるんだもん。日々思ってたことがあるんだよ」

「うわ何それキモッ。あんたって実はあたしのストーカーだったの!?」

「話聞いてなかったのか愛野さんは! んなわけないだろ!」

「分かってるわよ冗談冗談」


 キモッて言っときの嫌がり顔がガチだったんだけど。


「話戻すぞ。愛野さんの目標は元のグループに戻ること。藤堂さん、間さん、深海さんの好感度を上げていかなきゃいけない。失言に対する反省の意も示さなきゃいけない。それを踏まえてまずやることは態度を改めること、だと思う」

「途中まで自信満々だったのに何で最後失速したのよ」

「人に何か言えるほどの自信なんて最初からないからだよ」


 愛野さんは何度目か分からない溜息を吐いた後、急に身を乗り出して両手で俺の頬を挟んできた。


「自信は持ちなさい。根拠の無い自信でも。あたしや鳴神たちを見てみなさい。余裕ある振る舞いは自信から来るのよ。いい?」

「ひゃ、ひゃい」

「肝に銘じておくように!」


 最後にグッと強めに俺の頬を押し込んでから手を離し、ニカッと快活な笑顔を浮かべた。

 触れられた部分が熱い。愛野さんの手ひんやりしてた。じゃなくて。

 言われてみればトップカースト勢は皆余裕がある。『自分』を持っているような気がする。

 根拠が無くても自信を持て、か。それができれば苦労しない。けど、最初からできないと諦めるのは違うか。


「愛野さん、そういう笑顔だよ。教室でいつもトゲトゲしい雰囲気だから普段からそうやって笑えばいいのに」


 そう言った途端、愛野さんは口角を真逆の方向に切り、目つきを鋭くさせる。


「舐められちゃいけないって意識のせいかこういう顔になっちゃうのよ。元々ツリ目気味だし」

「そういうところを直していくのが関係修復の一歩になるんじゃないかな。愛野さんほどのスペックの持ち主なら舐めてくる生徒なんていないよ」

「そうね! あたしくらいのスペックなら舐められるわけないわよね!」


 褒められたからか急に威勢が良くなる。こういう単純さをもっとさらけ出していけば好感度高まりそう。


「大体方針は固まったな」

「ええ。あんたはまず見た目の改善。あたしは雰囲気を柔らかくする。そんなとこかしら」

「だな」

「はぁ~疲れたパフェ頼も。あんたも何か頼む?」

「俺は激辛ドッグで」

「うわあたし辛いの無理だわ」

「俺は生クリームが無理。気持ち悪くなっちまう」

「へぇ。かわいそ」

「辛さの素晴らしさを知らないお前もな!」


 愛野さんとはとことん合わない。

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