第33話:本当にやりたいこと
HRも終わり学校のあちこちが賑やかな声が上がっている。
今回は学祭の準備を行う必要が無い海翔は鞄を持って帰宅しようとしていた。
「ねぇ中川君、ちょっといい?」
声の聞こえてきた方を見てみると詩織が心配そうな表情で立っていた。
「どうかしたかい、詩織」
「え、詩織!?」
海翔にとってはもはや、詩織と呼ぶ方が自然になっていたので失念していた。
詩織は突然名前を呼ばれて顔を真っ赤にして驚いている。
まぁ呼び方を変えるのも面倒だ。
このまま呼ばせてもらう事にしよう。
「ごめんね、代わりに僕も名前で呼んでもらっていいから。ところでどうしたの、何か用?」
「いや、大した事じゃないんだけど。今日ずっと具合悪そうだったから大丈夫かなって」
詩織は心配そうな顔で海翔を見る。
全く、この子はどこまでも気の利く子だ。
あの戦いではどれだけ詩織に救われた事か。
しかし今は色恋沙汰に構っている暇はない。
「大丈夫だよ、ありがとう。それじゃあね」
「あ、うん」
詩織の声を尻目に海翔は出入口へ歩いて行き、そしてドアの前で立ち止まった。
そう言えば詩織ってもうソウと契約していたんだっけ。やんわりと聞いてみるか。
「ねぇ詩織。神様……違うな、天使っていると思う?」
「天使? 逆に海翔君はいると思う?」
詩織は始め、天使と言われ少し驚いた表情、そして不信感を含むような表情をしたがすぐにいつもの笑顔に戻った。
「さぁ、どうだろうね」
それじゃ、と短く別れを言って教室をでる。
(逆に海翔君はいると思う?)
ああ思い出した。
詩織はこの一週間ほど前にソウと契約をしていたって言っていた気がする。
普通は急に天使がいるかと聞かれて「逆にどう?」なんて聞かないだろう。
それなら早めに同盟を組んでしまうのもいいかもしれない。
これからすべき行動を考えながら海翔は帰路へついた。
日もすっかり沈み、町は暗闇に包まれた。
時々雲の切れ間から顔を出す月は妖し気な光を放っている。
海翔は帰宅した後、食欲も無かったため少し睡眠を取ってから例の路地へ向かった。
少し歩くとすぐにあの行き止まりに着いた。
耳を澄ませば微かではあるが金属がぶつかり合うような甲高い音が聞こえてくる。
あの時は化け物から逃げるので精一杯で気づかなかったが後ろでは天使が戦っていたのだ。
知らぬが仏というやつか。
今考えればゾッとする。
「クロウ、僕はここにいるよ」
クロウに自分の位置を知らせるために強く念じ、空を仰ぐ。
金属同士のぶつかり合う音はさっきよりも確実に近づいていた。
「グッ、ガッ、この野郎!」
迫ってきていた鎌を紙一重で避ける。
即座に右手の剣で反撃をするが、鎌でガードされる。
剣にはヒビが走り、そして砕けた。
「そろそろ魔力切れかい、クロウ!」
「っるせえ!」
翼を大きく羽ばたかせ距離を取る。
「チッ、流石に限界か」
人間と契約するなんて面倒な事、したくは無かったが背に腹は代えられない。
契約が出来そうな人間を探しながら、空を飛ぶ。
マカイズの攻撃を注視しながら契約できそうな人間を探す。
「逃がさないよ!」
即座に追いついてきたマカイズがクロウに鎌を振るう。
クロウは間一髪で避けながらキックで反撃をする。
(クロウ、こっちだよ……)
「なんだこれは……!?」
とつぜん脳内に声が響く。
この声が聞こえてくると同時に規格外の強さの魔力の反応が飛び込んでくる。
振り返ると、マカイズも気づいたのか怪訝そうな顔を浮かべている。
「ッ、仕方ねえか!」
マカイズがクロウを追うスピードを一瞬緩めた隙に、強い魔力を発している方へ進路を変える。
反応はぼんやりとしている。
しかしクロウにはここに行けば『あいつ』と出会える。
そんな確信があった。
今自分が思った『あいつ』というのが誰だかは全く分からないがクロウはあいつの所へ行かねばならない、それだけは確信していた。
一番強い魔力を発している所に降り立つ。
そこには一人の青年が立っていた。
その青年は降りて来たクロウを見て優しく微笑んでいる。
「やぁ、久しぶりだねクロウ」
「てめえ何で俺の名前を知っている? というか久しぶりってなんだ」
召喚した剣を向ける。しかし青年は全く動じない。クロウは確かにこの青年には会った事が無かったが、青年に懐かしさを感じたのも確かだった。
「そんな事よりも急がなくていいの? マカイズが迫ってきてるんだろ?」
「なんでそんな事まで知っている?」
クロウの様子を見て何かから追われているという事が分かったというのなら、まだ分かるがなぜマカイズという名前まで知っているのか。
(それになんだこの魔力の感じは。これはどちらかというと……)
「おやおや、さっきの違和感はあんただったのかい、坊や」
マカイズが音もなく地面に降り立つ。
「クロウ! 早く契約を!」
青年が手を伸ばす。
契約まで知っているなんてこの青年は更に怪しさが増したが、
「チッ、仕方ねえな。分かったよ、てめえにしてやる!」
藁にもすがる思いでクロウも手を伸ばす。
そして二人の手が触れ合った瞬間、世界が真っ白の世界に移り変わる。
「なるほど、海翔ってのか。後で全部吐かせてやるからな。それと、勘違いするなよ……」
「分かってるよ。お前が俺を使うんじゃない、俺がお前を使うんだ、だろ?」
海翔はクロウが言うよりも先に決めゼリフを言ってしまった。
「お前本当になにもんだ?」
「中川海翔、君の相棒だよ。さ、早く片付けちゃおうよ」
気付けば、景色は路地に戻っていた。
前にはマカイズが立っている。
「契約される前に仕留めたかったんだけどねぇ。でも魔力が多いだけのド素人が私に勝とうなんて甘いよ!」
マカイズは鎌を握り直し、クロウに突進する。
「クロウ!」
「ああ、分かってる!」
カードインストール、ソード。
海翔は慣れた様子でカードを使用する。
本当に謎の多い奴だ。
しかし、不思議な事にこいつには背中を預けてもいいと、クロウは感じる。
「はぁあ!」
剣で迫ってくる鎌を受ける。
剣は少しのヒビも入る事無く月明かりを反射している。
ズィルバーは特に魔力の差が顕著に表れる。
注入する魔力量によっては一時的にゴールドだって砕くことが出来るだろう。
「おらおらぁ! 同じ土俵に立った瞬間これかぁ!?」
クロウは両手に携えた剣でマカイズを圧倒する。
海翔の魔力供給を受けた事でクロウの魔力も回復したため、さっきよりも格段に動きが良くなった。
「それでも、質の差は越えられないよ!」
鎌の横薙ぎをクロウは剣で受けたが、剣は真っ二つに折れてしまう。
「だから僕がここにいる!」
剣が消滅し始めた瞬間に新たな剣が出現する。
クロウはその手際の良さに感心よりも先に少し恐れを感じた。
「チッ! どうやら契約させたのはまずかったみたいだね」
マカイズがクロウの剣による横薙ぎを大きく後方に飛んで避ける。
「まぁ過ぎた事を後悔しても仕方ないね。今日はこの辺りで引いておくよ」
マカイズは淡い紫の光を発する美しい翼を出現させる。
「おい、てめぇ逃げんのか!」
「引き際を見極めただけさ。じゃあね、クロウ。また近いうち会うだろうさ」
マカイズはそう言い残して何処かへ飛び去った。
しばらく、マカイズの魔力を追ってみたが途中で感知できなくなったため、恐らく拠点に戻ったのだろう。
「とりあえず勝ったね。お疲れクロウ」
海翔がクロウの方へ歩いてくる。
しかしクロウは海翔に剣先を向け、海翔を止める。
海翔はどういう意味かなと大して驚いた様子も見せずに言った。
「てめえ何者だ、何故そこまで知っている?」
「君はどう思う? クロウ」
海翔は肩をすくめながら言った。
「くどいな。お前は敵か、味方か?」
「味方だよ。少なくとも僕はそう思ってる」
海翔とクロウの間に、緊張感が漂う。
(本当にこいつを信じてもいいのか? だがこいつを信じたい、この気持ちはなんだ?)
クロウは少し悩んだのち、剣を消滅させた。
「ケッ! 一先ずは認めてやる。お前の拠点に案内しろ」
海翔は嬉しそうに笑うと、小さく頷いて歩き出す。
しかし、クロウの横を通り過ぎた時とつぜん海翔はクロウへ倒れこんでしまう。
その顔は苦痛を必死で耐えているようにも見える。
「おい、大丈夫か」
「ごめん、大丈夫。さぁこっちだよ」
海翔はフラフラとした足取りで歩き出す。
契約者が大丈夫だと言うのだ。
クロウがこれ以上口を出す事ではない。
海翔とクロウはゆっくりとした足取りで海翔の家へ向かった。
(それより気になるのはさっきのイメージは何だ? もしかしたらこいつは……。もしそうならこの戦いは大きく意味が変わるぞ)
珍しく、クロウはこれからの戦略を考えながら歩いていた。
何度となく通ったこの道。
基本的には後ろからぴったしと同じ距離で付いてくるこの謎の天使に恐怖感を感じていたものだが、今回ばかりはやっと会えたという感動の方が大きかった。
その感動は彼には伝わらなかったらしいが。
「さぁどうぞ。あ、靴は脱いでね」
クロウは「おう」と言って家へ上がる。
クロウを自分の部屋へ案内する。
「まぁ適当に座ってよ」
クロウは小さく頷き座った。
「色々聞きたそうな顔をしてるね。少し長くなるけどいいかい?」
「ああ、話せ。おおかた、想像はついてるけどな」
本当に予想が付いているのか、いつもの強がりかどっちかは分からないが、まぁどちらでもいいだろう。
「長ったらしくなるのも面倒だから結論から言おうか。僕は未来から来た。君の能力でね」
「そうだろうな。かすかだが俺の魔力を感じたからな」
「うん、僕は何度も繰り返した。アインとの激闘を何度もこの目で見て来た」
「やはりそうか。なるほどな、大体わかった」
何か考え事をしているのだろう、クロウは腕を組み難しい表情を浮かべている。
「もう分かったの? 僕は繰り返したとしか言ってないのに」
「俺の能力だからな。もっとも、そんな奥の手中の奥の手を使う場面が来るなんて思いもしなかったが」
出来れば使いたくなかったのだろう、クロウは少し悔しそうな表情を浮かべた。
「俺の能力は人の意識を過去に飛ばす能力。その時に意識や魔力をカードに変換して飛ばすんだが、お前の場合魔力が大きすぎるから記憶が正常に戻らなかった。そんなとこだろうな」
「さすがだね。でもなんで今回は正常に記憶まで戻ったの?」
「さぁな。使うとも思っていなかった能力だ。想定外の事なんていくらでも起こるだろうさ。今回は偶然それが良い方向に向いた。それだけの事だ」
クロウはお手上げだとでも言うように肩をすくめた。
「そっか。じゃあ現状が把握できた所で次はこれからの事だね」
海翔は簡単にではあるが、これから起こる事を話した。
天使たちとの戦闘、ソウとの共同戦線、そしてアインの目的。
クロウはもう少し不機嫌そうというか不愉快そうな顔をするかと思ったが意外にも落ち着いていた。
確かに、始めからこの戦いが仕組まれたものだというのならそれ相応の行動を取らねばならない。
「海翔、これからの天使の動向、そしてアインの行動。お前は全て詳細に覚えているか?」
勿論と海翔は強く頷いた。
これから起こる出来事を、海翔は一分一秒単位で言える自信がある。
「そうか、なら今はそれだけで十分だ」
「え? 折角何が起こるか分かってるんだ。綿密に作戦は練っておいた方がいいんじゃないの?」
これまで苦労してやっと引き継いだ記憶なのだ。
これは相手の手の内が分かるというチート能力だ。
利用しない手はないだろう。
「あいつは『アインの書』と呼ばれる予言書を持っている。膨大な情報量を有しているから簡単には気づかれないだろうがもし俺たちの動きに注視されたら今後一切の勝ち目は消えるだろう」
「え、じゃあどうすれば……」
「問題ねえよ。奴が知らない事を俺たちは知っている。それだけで十分勝ちは拾えるだろうさ」
クロウは悪人顔で笑った。
いつものクロウの笑顔だ。
それに嘘を言っているようにも見えない。
確かにもし本当にアインがそんな本を持っているのだとしたらここは流れに沿った行動をすべきなのかもしれない。
「分かった。クロウの意見に従うよ」
「ああ」クロウは短く呟いて部屋を出る。
バタンとドアが閉まると、部屋は静寂に包まれる。
これからの方針は決まった。
後は敷いたレールの上を淡々と走るだけだ。
「クロウ、今度こそ勝とう」
海翔は自分に言い聞かせるようにボソッと呟いた。
「ここは……」
海翔が目を覚ますと、以前も訪れた事のある真っ黒の不思議な世界に海翔は立っていた。
「よぉ海翔。調子はどうだ?」
声の聞こえて来た方を振り返ると、後ろにはあの男が立っていた。
その服装はクロウと出会って確信した。
この男は確実に天使だ。
そう確信しても、未だ顔を窺う事は出来ない。
「君が呼んだの?」
「ああ」天使は頷いた。
「海翔、もう諦めろ。お前の身体は限界だ」
「それは出来ない」
「即答かよ」天使は呆れ顔で笑った。
「それ以上の魔力は人間には耐えられない。いや、既に限界の域をとうに超えている。それ以上無理をしたらお前は……」
天使が次に発する言葉は海翔には予想が付いていた。
自分の体の事だ。
自分が一番分かっている。
「なぁ海翔。その決意は本当にお前の物か? 自己犠牲も結構だが何も自分の命をかける事はない。お前はクロウの幻想に憑りつかれているだけだ」
「……かもね」
海翔は自嘲気味に笑った。
確かに始めはそうだった。
半年にも満たない短い期間ではあったが海翔とクロウはパートナーだった。
だから相棒である海翔がクロウを助けるのは当然の事なのだと思っていた。
記憶は引き継げなかったけど、これまで無意識的にあの行動を取っていたというのはきっとそう思っていたからなのかもしれない。
「だけど違う。クロウを助けたい。クロウを勝たせたい。最初は義務感からだったかもしれない。だけど今は心からそう思ってる。これは僕がやりたい事なんだ」
自信たっぷりの顔で天使を見る。
天使の表情は相変わらず窺えないが、きっと寂しそうな表情を浮かべていることだろう。
「その選択はいつか……いや、近いうちにお前の身体を滅ぼすぞ」
「それでも構わないさ。僕の願いが叶えられたのならね」
「そうか……。分かった。覚えているか? 俺が最初に言った事」
天使はこちらへ歩いてきながら言った。
最初に言った事。
「俺はお前で、お前は俺だ。だが俺はお前じゃないし、お前は俺じゃないって奴? 未だに意味が分かんないんだけど」
海翔が初めて会った時の事を言うと、天使はフッと微笑んで海翔の肩を叩いた。
「意味なんてどうだっていいさ。それを忘れるなよ、海翔」
その言葉を最後に、海翔の意識は途絶えた。
「死ぬなよ、海翔」
天使は祈りを込める様に虚空を仰いだ。
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