第21話:わがままで傲慢な願い
「これが私の願い。そして私はまた仮面を被るの
詩織は枯れた笑顔で笑った。
その笑顔は入学時に初めて会った時の笑顔に似ていた。
初めて聞いた詩織の過去。
驚かなかったかと言われると嘘になる。
だが普段の詩織を見ているとこんなつらい過去があったなんて信じられない。
どんな声をかけたらいいか分からない。
だから海翔は思ったことを素直に伝える事にした。
「詩織は強いね」
「え?」
詩織は言っている意味が分からないという表情をした。
精神病院に通院するなんて普通じゃないから引かれるとでも思っていたのか。
残念ながら海翔はそれくらいでは引かないのだ。
「だってさ、詩織はずっと一人きりで戦ってきたんだろ? 自責の念と。自分が死ねばよかったのにって思ったんだろ? 僕だったらそうは思えない。だから強いなって」
「買い被りすぎだよ……。私は戦ってなんかいない。逃げていただけ。必死にあの事件を忘れようと、許されようと……」
詩織は今にも泣きだしそうな表情をしている。
だけどここで話を終わらせてはいけない。
もしここでやめてしまったら詩織は一生自分を責め続けてしまうだろう。
「過去をやり直す。それって詩織が親友の代わりに死ぬって事だろう? そんな事のために普通命は張れないよ」
「だってそうでもしないと! そうでもしないと彼女は、葵は助からないんだもの……!」
詩織はたまらずボロボロと涙を流してしまう。
「でもそれじゃあ何も解決しないよ。その葵さんがまた詩織と同じ事をするかもしれないだろ」
「じゃあ……。じゃあどうすればいいの!? 私は本来死ぬべきだったの。だからあの日に戻って葵の身代わりになる、それだけが今、私の生かされている意味なんだから!」
詩織が今までの自分の行動全てを否定されたように感じたのか、海翔の胸倉を両手で掴み声を荒げる。
「だけどそれじゃ何も解決しない!」
突然大声を出す海翔。
これまで怒鳴る様な大声は出したことが無いので詩織は目を見開いて驚いている。
「ごめんね。」といって、優しく詩織の手を胸倉から放す。
そして、軽く深呼吸をしてから海翔は自分の思いを語った。
「詩織が身代わりになって死ぬ。葵さんが身代わりになって死ぬ。そんなの誰も幸せになれない。
葵さんを庇って死ぬ。詩織は幸せかもしれない。
だけど、残された葵さんはどう思う? もしかしたら詩織と同じ事をするかもしれない。詩織が今やろうとしているのはただの自己満足だ。違うかな?」
我ながら酷い事を言っていると思う。
これまでの、いやもしかしたらこれからの詩織すら否定しているかもしれない。
だけど言わないといけないと思った。
「じゃあどうしたら……。どうしたらいいの? 私は……」
詩織は深く俯き、ブツブツ呟いている。
詩織の肩に手を置き真っすぐ目を見る。
「詩織。折角天使、いや神様に願うんだ。あの時、葵さんが死なない様にしてくれ。ぐらい言ってもいいんじゃない?」
詩織は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていた。
そんな結末考えた事も無かったことなのだろう。
「いままで辛かったね。よく頑張ったね。詩織、君も幸せになっていいんだ。君だけが不幸を背負わなくてもいいんだ。君はもう十分すぎるほどに苦しんだ。それでもまだ苦しいっていうならその苦しみごと僕が引き受けるよ」
子供の様に泣きじゃくる詩織を抱きしめて言った。
「弱くたっていい。もう自分は強いと偽らなくてもいいんだ」
詩織が泣き止むまで、海翔は励まし続けた。
ずっと抑えて来たのだろう。
自分は涙を流す権利なんてない。
そう思っていたのだろう。
失ったものを取り戻すかように詩織は泣いた。
その失ったものが再びどこかに行ってしまわないように海翔はずっと詩織を抱きしめ続けた。
「ごめんね、海翔君。恥ずかしい所見せちゃたかな」
詩織は真っ赤に腫らした目で笑う。
ただ、その笑顔はいつもの可愛らしい笑顔だった。
「そんな事ないよ。もう落ち着いた?」
「うん。」詩織はとうつむき加減で小さく呟いた。
「じゃあ、帰ろうか」
海翔が席を立つと小さくうなずき詩織も続いた。
駅の方へ向かおうと足を踏み出したその時、弱い力で袖が掴まれた。
振り返ると詩織が俯きながら、海翔の着ているジャケットの袖をキュッと握っていた。
その姿はとても愛おしく、守ってあげたい、そう海翔に思わせた。
袖を掴む手を優しく外して、その代わり力強く詩織の手を握る。
「行こうか」
詩織の手をとって歩く。
きっと今、海翔の顔は真っ赤だろう。
それは恥ずかしさからか愛おしさから来たか分からないが。
海翔に手を引かれ、一歩後ろを歩く詩織は今どんな顔をしているのだろうか。
海翔は自分の真っ赤な顔を見られたくなかったので後ろは振り返られなかった。
あれから二人の間にはずっと会話は無かった。
だが、会話なんて必要ない。
海翔はそう思った。
今はこの堅く握りしめられた手、これだけで十分なのだ。
最寄り駅まで着くと、詩織に案内してもらい家まで送っていく。
「今日はありがとう、海翔君」
家の前に着いたのか、遊園地からずっと堅く握りしめられてきた手をパッと離した。
「ううん、こちらこそ」
また、暫く沈黙が流れる。
「それじゃ」海翔はそう言って元来た道を戻ろうとした。
「海翔君!」
詩織の声を受け海翔はゆっくりと振り返る。
「今日は本当にありがとう。嬉しかった。これまでこんなにも私を見てくれる人はなんていなかったから」
「うん」
「私、頑張るから。あ、でも明日手加減したら容赦しないからね!」
詩織が今日一番の笑顔で言った。
真っすぐ伸ばされた右手はグーサインを出している。
「初めから手加減する気なんてないよ!」
「ひっどーい!」
お互い目が合う。
すると、何がおかしいのか全く分からないが笑いがこみ上げてくる。
「あぁーあ。笑いすぎてお腹痛い」
海翔は大袈裟に腹を抑える。
「こんなに笑ったの久しぶりかも」
詩織は笑いすぎて涙が出たようだ。
右目をぬぐっている。
「それじゃ、また明日」
「うん、またね、海翔君」
今度こそ、元来た道を戻る。
まだ落ち込んでいるかもしれないと少し心配していたが、どうやら杞憂に終わったらしい。
帰り道、今日の楽しかった事を思い出す。
きっと今海翔はニヤニヤしながら路地を一人歩くおかしい奴だろう。
だが一人で歩いていると、余計な事も考えてしまう。
海翔は偉そうな事を詩織に言ったけど、実際はそんな事を言える立場にはないのだ。
詩織は願いがあるから悩みがあった。
だが海翔はどうか。
未だに願いを見つける事が自分の願いなのだと、こじつけの動機で戦っている。
こんな海翔が明日の戦いに臨んでもいいのか。
あっという間に楽しかったという記憶は矛盾と悩みで埋め尽くされる。
「やっぱり一人は良くない、余計な事を考えてしまう。願いが無くたっていいじゃないか。僕はクロウに頼まれた、それだけでここまで来た。もうこれ以上余計な事を考えるのはよそう)
海翔は無理やり悩みを心の奥底に押し込んで、帰路を急いだ。
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