第87話 サムジャ、命を拾う

「大丈夫シノ?」

「あぁ、俺は問題ない。だが、どうせならマスカも何とかして欲しかったがな……」

「クゥ~ン……」


 ダクネイルが残してくれたハイポーションのおかげで俺は何とかギリギリで命を救われた。


 ただ、マスカは別だった。傷が深すぎて危機的状況が続いている。


『念の為言っておくけど、その薬はそっちの坊やの為よ。他の相手になんてつかったら殺してあげるわフフッ。それにそっちの女はそんな薬じゃどうせ無駄だしね。救いたかったら自分たちで何とかしなさい』


 ダクネイルは去る直前に更にこんなことを言い残した。俺も大分意識は朦朧としていたが、ルンはその言葉通り俺にハイポーションを飲ませてくれたわけだ。


「あの人の言っていることは間違ってないかもしれません。寧ろ、こういっては何ですが今は気力で何とか持ってるような物だと思います」


 メイシルはマスカを心配そうに見つめていた。

 仮面が割れて素顔が顕になっているが女なのはわかっていたが、かなりの美人だった。


 しかし出血量が酷いからか顔色が悪い。かなり危ない状態だ。さっきの俺より不味い状況なのだからハイポーションでもどうしようもないというのがわかる。


「……こうなったらもう四の五の言っていられないな。ルン、このままここに残るというわけにはいかない。マスカとメイシルのことを頼んでもいいか? 俺の泊まっている宿の主人なら匿ってくれる筈だ」

「え? でもシノはどうするの?」

「もともと考えていたことだが、セイラを教会から連れ出す。マスカの怪我を治す手立てはそれしかない」

 

 前にセイラは瀕死状態のパピィの怪我を治してくれた。あのクラスの魔法であればマスカもきっと助かるはずだ。だが時間がない。俺自身が宿まで同行は出来ない。


「居合忍法・影分身の術」


 そこで俺は影分身を一体生み出した。


「宿までは俺の分身が案内してくれる。マスカを運ぶのも手伝ってくれるだろう」

「……なら俺はもういいか? こんな時に申し訳ないが」

「はい。十分です。これ以上危険に巻き込むわけにはいきませんから」

「済まねぇな」


 そして筆跡鑑定師の男はその場を去った。彼はもともと筆跡鑑定の結果を渡しに来ただけだからな。


 ここまで付き合ってくれただけでもありがたいというものだ。


「ワンワン!」


 そしてパピィが俺の側にやってきて訴えるように吠えてきた。


「きっとパピィはシノの助けになりたいんだよ。連れて行ってあげて。パピィの影に潜るスキルはきっと役に立つよ」

「ワンッ!」


 パピィも任せてと言っているようだ。セイラに怪我を治してもらいパピィはそのことに恩義も感じていることだろう。セイラを助けたい気持ちも強いことだろう。


「ルンは大丈夫か?」

「こっちはもう主要な相手は倒したもの。て、そういえばこれどうしたらいいのかな?」


 ルンが倒れた二人を見て言った。俺が相手したヴェムは死んだ。そしてマジルだが、ルンとパピィの攻撃ではトドメまで刺されてなかったようだが、今は既に首を切られて死んでいた。


 おそらくダクネイルがついでに殺っていったのだろう。連中の情報が漏れないようにかもしれない。


 俺を見逃した割に仲間には容赦ないな。こういうのを仲間と言うべきかはわからないが。


「この連中は後でお嬢様と相談してこちらで何とかします」

「なら良かった……それじゃあ急ごう! シノ、パピィ、信じて待ってるからね!」

「あぁ……分身も頼んだぞ」

「わかった」

「しゃべったーーーーーー!?」


 ルンが驚いていたが実体のある分身だからそりゃ喋るぞ。


「さぁ俺たちも急ごう。頼りにしてるぞパピィ」

「ワンワン!」


 そして俺たちは教会堂へと急いだ。当然だが扉は完全に閉まっている。

 

「ワンワン!」

 

 するとパピィが影潜りで向こうに渡り内側から起用に鍵を開けてくれた。早速役立ってくれたな。


「助かったぞパピィ。しかしまるで一度来たことがあるみたいにスムーズだったな」

「ワン♪」


 頭を撫でてやると目を細めて喜ぶ。とても可愛らしい。


 その時、足音と声が聞こえてきた。当然中に入れば教会の連中がやってくることもあるか。声が聞こえてきたがこれなら――


「パピィ。俺の影に隠れていてくれ」

「アンッ!」


 そしてパピィが影に隠れ、その直後ローブ姿の男女がやってきた。俺はドアの鍵をかけ直す。


「うん? アグールじゃないか。どうしたんだこんなところで?」

「あぁ、戸締まりの確認をしていたんだ」

「そう。でも私達もしっかり確認しているわよ」

「まぁ念の為にだ。ところで聖女様は元気だろうか? 閉じ込められて大丈夫か心配なんだがな」

「たしかにね……そもそも儀式って一体何なのか私にもわからないのよね」

「だよな。あ、そう言えば儀式の為の場所が変わったって話だったがどこになったんだ?」

「は? そんな話あったか? まだ三階の北部屋にいたと思ったけどな」

「そうだったか? ふむ、何か間違っただろうか? 後でハデル様に確認しておくとしよう。悪かったな」


 そして俺は教会の男女から離れた。ふぅ、変化の術を覚えていて助かった。


 おかげでセイラがどこにいるかもわかったしな。三階の北部屋だな――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る