第43話 サムじゃと兄貴
「つまり冒険者じゃ囮にはならないってことね……」
ルンはいい作戦だと思ったようだが、どうやら通り魔は相手が冒険者かどうかはわかるようだ。
そして冒険者の女性の場合は手出ししないらしい。
確かにそうなるとルンの作戦は徒労に終わるな。ただ、そうでなくても彼女を危険に晒すのはやはり違うと思うし。
「いい作戦だと思ったのになぁ。ごめんねぇパピィ」
「アンッ!」
「キャハッ、くすぐったい」
しゃがんで申し訳無さそうにしていたルンの頬をパピィがペロペロと舐めた。気にしないでと言っているようでもある。
「どちらにせよ、注意はしておくよ」
「あぁ、ただ、無茶だけはするなよ」
オルサに念をおされた。ルンのこともあるから心配なのかも知れない。
「ふぅ、とは言え、事件のことは頭が痛いぜ。依頼書も間もなく取り外すことになるからな」
「ん? 取り外す?」
「ちょっと! どういうことよパパ!」
その言葉の意味がわからず、ルンも噛み付いた。聞くところでは事件はまだ未解決な筈だ。
「そう言うな。元々これは領主様から預かった依頼でな、だからこっちも張り切っていたが、実は今日の昼間に突如使者というのがやってきて依頼を間もなく取り下げると言ってきたんだ」
「うちも、相手が断ってきたらどうしようもないのよね……特に領主様から断って来た依頼を勝手に続けるわけにはいかないし」
オルサがため息を吐き、シエロが肩を竦めていた。しかし、なぜ急に?
「事件が解決しないから苛立ったとかなのか?」
「う~ん、しかし、俺は何度か領主であるカイエル・マルキエル伯爵とあったことあるが聡明な方で人当たりも良く、一方的に怒りに任せて依頼を破棄するような方ではなくてな。それに、ちょっときな臭い噂もあるんだ」
「きな臭い?」
「あぁ。なんでも今伯爵は病魔に侵されて寝たきりになってしまっているとかな。実際今回の依頼を取り消しにしたのは伯爵ということになっているが、連名で伯爵の弟の名前も刻まれているんだ。それがどうにも気になってな」
ふむ……なるほど。病で動けない伯爵とその代わりに動いていそうな弟か。それだけ聞くと確かに釈然としない話でもあるな。
「領主様の評判が良かったのは私も知っているけど弟というのはあまり知らないわね」
「あぁ、実際あまり表に出てきている様子も見せないしな。ただ、最近になって教会関係者が出入りしているとは聞いていた。それを手配しているのは弟じゃないのかって話だがだとしたら兄のカイエルを心配してのことかもしれないしな」
確かに実際病気だとしたら教会に頼るのもおかしなことではない。ただ病気を治せるような治療魔法は教会とはいえ扱える人間はそう多くない筈だ。
「どちらにせよ、来週にはこの依頼は取り下げられちまう。だから次犯人が動くときが事実上最後のチャンスになるだろうな」
そういうことか。あまり時間はのこってなさそうだな……
「ところでギルド長。仕事」
「あ、あぁそうだった。全く色々と忙しいぜ。それじゃあシノまたな。ルンも頑張れよ」
「勿論よ!」
そしてギルド長は仕事の為、執務室に戻っていった。
「あ、兄貴ーーーー!」
それにしてもふむ、パピィのこともあるし、可能なら俺が仇を見つけてやれればいいんだが。
「兄貴! その説はお世話になりました!」
ん? 何かさっきから兄貴兄貴と大声で叫んでいるのがいるな。しかもすぐ近くから聞こえるぞ。
「シノ。呼んでるわよ」
「うん? 何がだ?」
何かルンに声を掛けられた。呼んでるとは俺のことか?
「俺たちっすよ!」
「俺たち?」
声がする方に顔を向けると見覚えのある三人が立っていた。確か……
「あら、ファイト団のアン、ポン、タンじゃない」
シエロが目を丸くさせて名前を呼んだ。それで思いだした。
「ゾイレコップの時の三人か」
「はい兄貴!」
三人の中のタンという少年が俺を見て言った。しかし、なんだそれは?
「う~ん、その兄貴って言うのは何だ?」
「ご、ごめんなさい! 貴方に危ないところを助けられてから、ずっとタンが貴方のことを兄貴だと言っていて」
頭を下げたのは三人の中の魔法担当だったアンという少女だな。
「シノさんを尊敬して心の兄貴と決めたそうなんだ」
次に口を開いたのはポンだった。しかし、心のっていわれてもな。
「心の兄貴って……そして貴方はそこでも何かとんでもないことをしたってわけね?」
「何故にとんでもないこと前提なんだ?」
「ワン!」
パピィが一つ吠えた。尻尾を振って俺を見上げてきている。妙に誇らしげだ。
「ま、でも間違いないわね。この子達を襲ったゾイレコップを倒したんだし」
「え! ゾイレコップってあの? 何よやっぱ凄いことしてたんじゃない」
ルンがやれやれ、と頭を振った。しかし、ゾイレコップを倒したとは言え、そこまで驚くことなのだろうか。
「兄貴! 今度俺に稽古をつけてくれよ!」
「稽古?」
「俺、兄貴みたいに強くなりたいんだ!」
随分とキラキラした瞳でタンが頼んできた。ふむ、それで稽古か。しかし俺もまだまだ修行中みたいなものだからな。
「俺は人に稽古をつけてやれるほど大したものじゃないよ」
「またまた~」
俺を肘で突っつきながらタンが言う。何がまたまだなのか?
「ほらタン、あまり無理言わないの。これだけの腕を持つんだからシノさんだってきっと忙しいわよ」
アンがタンを嗜める。まぁ忙しいかどうかで言えば、やることはあるが常に忙しいというわけでもないが。
「そういえば、シノさんは教会絡みで何かありましたか?」
すると、ポンが俺にそんなことを聞いてくる。
「教会? さて、何故だ?」
「それが教会の神官がこそこそと貴方のことを嗅ぎ回っているみたいなんです」
「あぁ、何かダンジョンのこととか聞いてるのみたぜ」
「教会ねぇ。でも、どうして教会だってわかったの?」
「わかるわよ。教会の神官が着るような服着てたし」
神官が着るようなか。それはまたわかりやすいな。隠す気なんてまるでなさそうだ。
「教会ねぇ。それで、シノくん心当たりは?」
「ふむ、最近だとパピィのことで世話になったぐらいかな」
「ワンッ!」
パピィが吠えた。治療してもらっていたから良く覚えていたようだな。
「教会?」
「あ、そういえば言ってたわね。パピィの怪我を治してもらったのよね?」
「あぁ」
「すげーよな。俺らなんてとても無理だぜ。手が出ねぇ」
俺がパピィについて話して聞かせるとタンが不満げに口にした。アンとポンもうんうんと頷いているが――
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