廃校舎(4) 三年前
世帯主を失った林田家では、父親に代わって母親が働くことになった。母親は、結婚以前は看護師として病院で働いていたが、結婚を機に専業主婦になっていた。その経験を活かして、母親は以前の
中学生になった秋菜は、男性アイドルやファッションの話に夢中な同級生たちに馴染めずにいた。学校で仲間外れにされないため、普段テレビを見ない秋菜は、帰宅してから仕方なく、インターネットでアイドルやファッションの情報を集めていた。最初は手作業でキーワードの検索をしていたが、欲しい情報が得られるまでに時間がかかった。こんなことに無駄な時間を使いたくないと、別の方法がないかインターネットで調べていると、簡単なプログラムを組めば自動的に情報を集められることを知った。最初は、アイドルやファッション情報を調べることが目的だったが、いつしか目的と手段が入れ替わって、秋菜はプログラミングの魅力に取り付かれた。中二になる頃には、キーワードを使ってウェブサイトを巡回し、関連するサイトを全文検索したのちに、人工知能を使って必要な情報を整理するプログラムを作っていた。このプログラムを使えば、気になった幾つかのキーワードをパソコンに入力するだけで、朝には必要な情報がランキング付きで出力された。秋菜はこのプログロムのお陰で、中学の間は仲間外れにされることはなかった。
プログラミングを極めると、秋菜の興味は、作ったプログラムが動いているコンピュータそのものに移っていった。手始めに、秋菜はプログラムを動かす基本ソフトであるオペレーティングシステム(OS)の解析を始めた。この作業にも、秋菜自作のプログラムが役に立った。オペレーティングシステムを理解するには多くの専門用語を理解する必要があるが、このプログラムを使えば、秋菜の知りたいことが要領よくまとめられたマニュアルが作成できた。秋菜には専門書を買うお金や、図書館に行く時間もなかったので、もっぱらオンライン情報に頼って自習した。ただし、オンライン情報には間違った情報も多く、時々大失敗をすることもあった。しかし、この失敗の積み重ねが糧となって、秋菜のスキルは急速に上昇していった。
高校生の頃には、市販OSの安全性を脅かすセキュリティホールを探し出すことができるまでになっていた。また、父のお下がりのロースペックのノートパソコンでも動くように、ハッキングに特化した独自のOSを開発していた。秋菜はこのパソコンを使って、国内外のサーバをハッキングして、秋菜独自のセキュリティランキングを付けていた。秋菜のランキングでは、国内のサーバは海外のサーバに比べてセキュリティが甘いことがわかった。国内のサーバで秋菜にログインできないものは殆どなかったが、一ヶ所だけどうしてもハッキングできないサーバがあった。高校三年のある日、例の堅牢なサーバにいつものようにログインを試みたが、やはりハッキングすることはできなかった。そればかりか、逆にハッキングされて、OSを動かなくするコンピュータウィルスに感染させられた。秋菜のパソコンは、”Don’t touch me! MAD Science Lab.”というメッセージを表示した後に、ハードディスクのデータが消去されて動かなくなった。秋菜は“MAD Sciense”という言葉の響きが怖くて、それ以降はコンピュータスキルを封印して、すべてのハッキング行為を止めた。
大学は自宅近くの女子大に通い、大学の授業以外ではコンピュータとは無縁な四年間を過ごした。就職活動も順調で、秋菜は県内を地盤とする地方銀行に就職することができた。新人研修が終わり、幸運にも自宅近くの支店に配属されて、窓口業務にも慣れた頃、その不幸がやってきた。
秋菜はいつものように、支店の開店前に慌ただしく準備をしていた。
「林田君はどこにいるかね?」と課長から慌てた声が聞こえた。
「はい、ここです」と秋菜が手を挙げた。
「私も詳しいことはわからんが、君のお母さんが交通事故に巻き込まれたらしい。すぐに病院に来てくれと、ついさっき川崎警察署から電話があった」
秋菜には、それからの数時間の記憶がほとんどなかった。たぶん耳にはいろいろな情報が届いていただろうが、秋菜の精神を保つために、脳が情報をシャットアウトしたのかもしれない。周りに流されるように母親の葬儀を済ませ、それからの一週間を秋菜は突然泣き出しては泣き疲れて眠るという空虚な日常を繰り返していた。このままでは駄目だと、心の整理をするために母親の遺品を整理していた時に、物置の奥から小さな段ボール箱が見つかった。秋菜が箱を開けると、そこには懐かしいチェス盤と日記帳らしいものが入っていた。
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