廃校舎(1) 出陣

 青山の操縦する攻撃ヘリコプター・アパッチは、正式名称をAH-64という。この機体は、旧マクドネル・ダグラス社が開発した戦闘用ヘリコプターで、機体に取り付けられた対局車ミサイル、ロケット弾、チェーンガンなどの重装備から『空飛ぶ戦車』と呼ばれている。本来は前席が副操縦士兼射撃手、後席が操縦士の二人乗りであるが、攻撃用の装備を取り外したこの機体は、前席に二人乗れるように“おやっさん”によるが施されてあった。さらに、日本国内で使えるように、ヘリコプター専用のGPSナビゲーションシステムが搭載されていた。

「前席は少し窮屈ですが、少しの間ですから我慢してください」

 機内はエンジンの爆音で通常の会話はできないので、青山がマイク越しに言った。

「あのぉ、このヘリには機関銃やミサイルなんかの武器類は、もちろん積んでないでしょうね?」と黒田が心配そうに聞いた。

「この機体は今でも、正式には米軍横須賀基地に所属していますから、国内法によるそのような制限は受けません。しかし、そんな武装装備は日常生活には必要ありませんから全て取り外しています。安心してください。日本の法律は厳格に遵守じゅんしゅしています」と青山が説明した。

「日常生活には、こんなヘリコプター自体が必要ないと思いますが・・・・・・」赤城が青山に聞こえないように小さく呟(つぶや)いた。

「ところで、ヘリコプターのライセンスは、日本で取得したんですか?」と黒田が聞いた。

「いいえ、アメリカにいた時です。父親の仕事の関係で一時期アメリカに住んでいましたから」と青山が答えた。

「青山さんは帰国子女なんですね。アメリカでは、ヘリコプターの操縦ライセンスが簡単に取れるんですか?」黒田が再び聞いた。

「いいえ、アメリカでも操縦ライセンスの取得は、それほど簡単ではありません。しかし、頑張って取りました。私の唯一の趣味が空や海の乗り物に乗ることなので、ヘリコプターの他に飛行機や船舶の免許も持っています」と青山が少し嬉しそうに答えた。

 三人を乗せたアパッチが一山超えて星久保村を離れると、暗灰色の雪雲も途切れて所々に晴れ間が見えてきた。星久保村のサイエンス研究所のヘリポートを飛び立ってから、およそ十分が経過した。

「そろそろ小学校跡地が見えてくるはずです」GPSナビと速度計を確認しながら青山が言った。

 すると、アパッチ正面の視界が開け、その先に山田山小学校跡のグラウンドと校舎らしきものが見えてきた。山田山小学校は山間部にある小さな小学校で、村が合併して新しい市になったときに、市内の別の小学校に統合されて廃校になっていた。

 青山は、山田山小学校跡のグラウンド上空でアパッチを一旦静止させ、ホバリングしながら旧校舎の周辺をうかがった。グラウンド上空からは、旧校舎の端にある駐車場に、福山のものと思われる黒塗りの高級国産車が無造作に放置されているのが見えた。三人は、その周囲を慎重に見回したが、この車以外の車が確認できなかった。鬼塚局長が派遣した危機管理官たちは、まだここには到着していないようだった。青山たちは、ゆっくりと降下しながら小学校跡のグラウンド中央に着陸した。

 青山はアパッチのローターのスイッチを切り、プロペラの回転が止まったのを確認して、エンジンのスイッチを切った。

「お疲れ様でした。無事に目的地の山田山小学校に着きました」と青山が言った。

「ありがとうございました。ご協力感謝します」

「ここまで運んで頂いて申し訳ないのですが、青山さんとは校舎内部に一緒に行くことはできません。民間人をこれ以上、危険な事に巻き込むことはできません」と赤城が言った。

「危険なことにはもう十分巻き込まれていると思いますが、私は臆病なので、この場所で待機させてもらいます」と青木が冷静に応えた。

 赤城と黒田の二人は、飛行中に被っていた窮屈なヘルメットを脱いで座席に置いた。

「何だか緊張してきたわ」と赤城が言った。

「何とかなりますよ。臨機応変だましだましで行きましょう」と黒田が暢気のんきに言った。

 内閣府危機管理官は特殊な国家公務員で、警察官や麻薬取締官と同様に捜査権と逮捕権が認められている。ただし、警察官のように拳銃の携行は認められていない。赤城はヘリコプター内で、青木に強く勧められて米軍の防弾ベストを着用しているが、黒田は動きにくいからといって固辞して着用していない。

「ヘリのあんな大きな音がしたら、私たちが来たことはとっくにバレてますね」と黒田が言った。

「そうでしょうね。とにかく校舎に入りましょう」と赤城が言った。

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