MADサイエンス研究所・再び(3) 検証

 青山が連絡したのか、日課の農作業を切り上げて副所長の白鳥が研究所に戻ってきた。重苦しい沈黙を破るように、これまで黙って聞いていた青山が話し始めた。

「仙石所長から、メールが来ました。たぶん、毛利首相からの情報でしょう」

 青山の言葉が終わると同時に、赤城と黒田の情報端末にも、鬼塚からのメールが届いた。鬼塚からのメールは、犯人から送られてきたメールを転送したものだった。三度目のメールは今までのような単語の羅列ではなく、次のような文章だった。

《悪代官を誘拐した。我々の警告を無視したので身代金を値上げする。ウイルスと悪代官の身代金は合わせて百憶円。ネットコインの相当額を今日の十五時までに送金しろ。時間までに送金が確認できない場合は、こちらで培養した鳥インフルエンザウイルスを注射した鳩を空に放つ》

 メールの後半には、二つの動画の場所を示すURLアドレスが書かれていた。URLアドレスが示すウェブサイトは、海外のサーバを拠点にした如何いかがわしいアダルトサイトで、犯人がこのサイトを改変して二つの動画が置かれていた。一つは鳥インフルエンザウイルスの培養の様子を克明に記録した映像で、もう一つは福山所長を監禁している映像だった。ウイルス培養の映像には音声はなく、鶏の有精卵(発育鶏卵)を使ってウイルスを培養している様子や、培養液精製の様子、最後には鳩に精製した培養液を注射する様子が、テロップによる解説付きで映されていた。また、福山所長の映像には、目隠しと口にマスクをされて手足を縛られ、椅子に拘束された所長が、広い部屋の中央に置かれている様子が映っていた。福山所長の映像は音声付きで、「ここはどこだ」と言っているようなマスク越しの福山のこもった音声が入っていた。

 最先端のサイエンス研究所には不釣り合いな、食堂の大きなアナログ時計の針は、十四時ちょうどを指していた。

「白鳥先生、ウイルス培養の映像で何か気が付いたことはありませんか?」と赤城が聞いた。

「――ウイルス培養の手順は正確だし、テロップの解説も間違っていない。やはり、かなり高度な専門知識があると思って間違いない。この点からも犯人の一人は先程の山根君だろう。それから、鶏卵の発育のために最新型の孵卵器を使っているな。映像からははっきりとはわからないが、孵卵器の後ろにはウイルス保管用の冷凍庫のようなものも見える。たぶん中には液体窒素が使われているだろう。この映像を見る限り、正しい手順でウイルスを培養・精製していることがわかる。また、ウイルスの盗難から二週間ちょっとだが、ウイルスが培養できる期間ともほぼ合致する。最初は、ウイルスの拡散が犯人のハッタリかとも思ったが、満更まんざらそうでもなさそうだ」と白鳥が言った。

「映像には出ていないが、盗んだ鳥インフルエンザウイルスをワクチン研究所から運ぶための保冷ボックスもあったはずだ」と白鳥が付け加えた。

「ちょっといいですか。私、小学生の時に生き物係をしていたことがあるんですよ」と黒田が話し始めた。

「今はウイルスの話をしているんですよ!」と赤城がたしなめた。

「わかっています。ただ、鳩の映像の時に少しだけ映った鳩のおりが、小学校にあった鶏舎と似ていたような気がします。それから、福山所長が監禁されている広い部屋は、薄暗くてよく見えませんでしたが、床が板張りで学校の教室のような気がしました。縛られている椅子も、学校でよく使われている椅子のように見えました。ひょっとしたら、監禁場所は廃校になった小学校ではないでしょうか?」と黒田が言った。

「よく気付いたわね」と赤城が感心して言った。

「脳味噌は主任には及びませんが、動体視力だけはいいですから」と黒田が黒縁眼鏡を持ち上げながら自慢げに言った。

「小森君。至急、ワクチン研究所から半径三十キロ以内にある廃校になった小学校を全て調べてくれないか」と青山が言った。

「昨日からの徹夜明けだけど、もう少しだけ頑張ってみるよ」と小森が応えた。

「仙石所長には、孵卵器、冷凍庫、保冷ボックス、液体窒素などの購入履歴を調べてもらおう。所長には私から連絡します」と青山が言って、忙しそうにタブレット端末を操作し始めた。

 赤城たちの周辺では、食堂に残っている研究所のメンバーたちが、固唾かたずをのんで緊迫した状況を見守っていた。

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