国立ワクチン研究所(3) 悪代官
福山と別れた後、赤城と黒田は二階の事務部人事係に行った。二人はそこで、過去十年間の退職者を調べてもらっていた。
「申し訳ありません。こんな面倒くさいことをお願いして」と赤城が女性事務員に言った。
「福山所長から先程電話がありました。できるだけ協力するようにと言われています」と事務的な口調で言って、退職者のリストを赤城に手渡した。
さっと目を通して、退職者リストの数が気になった赤城が、女性事務員に聞いた。
「このリストを見ると、十年間で退職者が百名近くいますけど、これは普通なんでしょうか?」
「普通かどうかは、私にはよくわかりません。私はここに勤めて三年くらいなので、昔のことは知りませんが、ここ三年間は毎年二十名ぐらいが退職されています」
「二十名ねぇ・・・・・・」
「何かおかしいですか?」
「ごめんなさい、ちょっと考え事をしていただけなの。お手間を取らせて済みません。ありがとうございました」
赤城と黒田は、次に行くセキュリティ部門の場所を聞いて、丁寧にお礼を言って人事係を後にした。セキュリティ部門に向かう途中で、赤城が言った。
「十年間で約百名、平均すると一年当り十名くらいなのに、最近の二十名というのは多過ぎない?」
「確かにそうですね。これくらいの規模の研究所なら、人の出入りはある程度多いでしょうけど、少し多いかもしれませんね」と黒田が応えた。
話している間に、同じフロアの端にあるセキュリティ部門に到着した。人事係から連絡が入ったのか、部屋の前では担当者が既に待ち構えていた。待っていた担当者は山本正夫といい、セキュリティ部門のトップを務めていた。挨拶と名刺交換を済ませた後、山本は研究所内を映し出す監視カメラが置かれたモニタ室の隣にある小会議室に、赤城と黒田を招き入れた。
「お仕事中に済みません。少しだけ話をお聞かせください」と赤城が話を切り出した。
「所長から、お話は伺っています。ただし、仕事柄あまり長く席を外すことはできません。他の係員には、急用で二十分だけ席を外すと言っていますので、手短にお願いします」と山本が言った。
「わかりました。お時間は取らせません。お話を伺う前に少しだけ時間をください」と赤城が言った。
赤城の言葉を合図に、黒田が怪しげな機械を取り出して、部屋の内部を調べ始めた。
「――念のため、この部屋でも盗聴器を探しましたが、見つかりませんでした。それでは始めましょう」と黒田が言った。
赤城と黒田は交互に、福山の時と同じ質問を山本に繰り返したが、山本の回答内容にはほとんど矛盾がなかった。
「ウイルス盗難時の様々な疑問点が確認できました。ありがとうございました」赤城が謝意を述べた。
「ところで、ここからは雑談なんですけど、福山所長個人についての話を少し聞かせてください」と赤城が言った。
「福山所長について何でもいいので、評判や噂など知っていることはありませんか?」と黒田が聞いた。
「所長のことをあまり悪くは言いたくはないが、あの時には正直、頭にきたよ」と山本が語りだした。
「何かあったんですか?」黒田が聞いた。
「例の盗難が発覚した時、所長が血相を変えて、ここに怒鳴り込んできたんだよ」
「『何かあったらお前のせいだからな。覚悟しておけ』と、ウイルス盗難の責任を私に押し付けてきました。ウイルスの心配より自分の身が心配のようでした。もちろん盗難の責任の一部は私にありますが、研究所の最高責任者は福山所長です。責任を取るとしたら、所長でしょ! それから、これは所長から言うなと念押しされましたが、犯人が侵入に使った偽造IDは、実は福山所長のIDを使ったものでした。まったく、福山所長は自分の保身しか考えていません。本当に頭に来ましたよ」と山本が悔しそうに言った。
「他にも何かありませんか?」と赤城が聞いた。山本は天井を見上げてしばらく考えていたが、意を決したように話し始めた。
「もうすぐクビになるかもしれないので話しますが、福山所長は研究所員の評判が余り良くないみたいですね。噂では、『部下の手柄は自分のもの、自分の失敗は部下のせい』と言われています。所長の名前は
「あくまで噂ですからね。余計なことを喋り過ぎました。私が喋ったということは、くれぐれも内緒にしてください。これが所長に知れたら、再就職に響くかもしれませんので・・・・・・」と山本が念を押した。
「もちろん、秘密は厳守します。色々と教えて頂き、ありがとうございました。大変参考になりました。また何かわかりましたら、名刺にあるメールアドレスか電話番号にご連絡ください」赤城が代表して謝意を述べた。
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