星久保村(3) 道すがら

 赤城は車中で昨日の打ち合わせを思い出していた。

「鬼塚局長。どうして星久保村なんですか?」

「理由はわからんが、メールの差出人である仙石善人から指定されたんだ」

「今回も前回と同じように、限られた人しか知らない毛利首相のメールアドレス宛に一通の匿名メールが届いた」

「メールの件名には《鳥ウイルス誘拐》と短く書いてあった」

「それから、メールの本文には《お困りなら返信を。仙人》とだけ書いてあった」

「前回のことを思い出した毛利首相が、ご子息の誘拐事件解決のお礼と、新しい誘拐事件の捜査協力をお願いした丁寧な返信メールを送ると、今度は仙石善人と名乗る人物から捜査依頼を快諾したメールが届いたそうだ・・・・・・」

 今回の出張の目的地は、正式名称を『MADエムエィディ)サイエンス研究所』といい、仙石善人が個人的に設立した民間の研究所である。この名前からしてあやな研究所で、いったい何を研究しているのかは、今のところ赤城と黒田には全くわからない。そのMADマッド(狂った)という言葉の響きから、白衣を着た白髪はくはつの狂信的な科学者を想像してしまうのは自分だけだろうかと自問しつつ、赤城は目指す研究所を探すために辺りを見回していた。

 赤城と黒田は、星久保村にある研究所へ約束の時間までに着くために、今回の出張では危機管理局の公用車を利用していた。運転手は黒田である。黒田は見掛けによらずスピード狂で、高速道路ではかなりの速度を出して運転していた。危機管理局の公用車は通常時は緊急自動車ではないが、非常時には緊急自動車にもなれるように赤色点滅灯が搭載されている。今回は目立ってはいけない隠密行動のため、赤色点滅灯とサイレンは使われていない。

 圏央道の日の出ジャンクションを降りて、甲府方面に向かう青梅街道に入り、サイエンス研究所へ向かう分岐点となる奥多摩湖方面を目指して、車は走っていた。サイエンス研究所から送られてきた地図にある分岐点を何とか見つけて、車はさらに山奥に分け入って行った。青梅街道の分岐点から数キロほど走ると、車道の幅が徐々に狭くなり、緩やかにカーブした山道が続いた。二人は既にかなりの距離を走ったように感じたが、目的の場所にはなかなか辿たどり着けなかった。山道の幅がだんだん狭くなるにつれて、二人の心に何とも言えない不安感が増大していった。

「山道を随分走りましたが、こんな所に本当にその研究所があるんでしょうか。赤城主任」

「先方の指定だから、仕方がないわ。ほら、あそこに農作業している人がいるから、ちょっと聞いてみましょう。適当なところで車を止めて頂戴」

 畑に作られたビニールハウスの脇で、一人の初老の男性がくわを持って黙々と作業をしていた。野良着を着て首にタオルを巻き、麦藁帽子をかぶったその男性に赤城が声を掛けた。

「あのぉ、すみません。この辺りにあると聞いたサイエンス研究所を探しているんですが、ご存じありませんか?」

「研究所のお客さんか? 珍しいな」とその男性が答えた。

「ああ、その研究所なら、この道なりに少し行ったところにありますよ」

 その男性は、研究所の方向を指で示しながら教えてくれた。赤城は、農作業をしている浅黒く日焼けした男性の顔にどこか見覚えがあるような気がしたが、丁寧にお礼を言って先を急ぐことにした。

「さっきの人、どこかで見た覚えがあるんだけど・・・・・・」赤城が疑問を口にした。

「こんな山奥に知り合いですか? 赤城主任の気のせいですよ」赤城の疑問を黒田があっさりと打ち消した。

 さらに五分ほど山道を車で走ると急に視界が開け、山奥の村には不釣り合いな大きな建物が見えてきた。どうやら、あれが目指す目的地らしいと二人は思った。



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