第69話 醜く愚かな生き物の性

「俺たちにできる唯一のことは、謝ることです」

 細波はきっぱりとそう言った。「ボス」もそうであったが、ドクター・ニコルも同じく、「謝る?」とオウムのごとく繰り返した。


「ええそうです。謝る。人間社会が発展し、その結果自然のバランスが壊れてしまったことを。そうと自覚することなく開発を続けている現状を。いがみ合い、罵り合い、争わずにはいられない愚かさを……。かつて戦火をもたらしたヒトとオニが手を取り合っていることを証明すると共に、多摩タヌキに平伏し、懺悔し、そして猶予をもらうのです。猶予……俺たち人間は、いずれは文明を放棄しなければいけません。しかしそれが出来そうもないから滅ぼされるという理屈なので……、人間は、俺たちは、争いを止め、発展するのを止め、かつて自然と調和していた頃の姿に立ち戻れるのだと、認められなければならないのです」


「ばかばかしい!」ドクター・ニコルは腹の底から憤慨しているといった様子で言った。「僕は科学者だ。そして文化や文明を放棄しろというのは、科学者全部に対する冒とくだ! 細波クン、キミのその理屈にはある種あきらめに近いものを感じるよ。そしてキミらしくもない。本当に他に手立ては無いのかい? 多摩タヌキ自体を消滅させるのは……」

「できません。あれは超常的で理外にある、自然現象のようなものです。人間の領分を超えているのです。よしんば科学でその領域に達することができるとしても、今すぐというわけにはいかない。事態は急を要するのです。もう『器』は完成している。次の瞬間には事が起きているかもしれないんだ」

「それなら、『器』を殺してしまうのはどうだ!」

「そうしても意味がありません。また別の『器』が生まれるだけで、むしろ敵対心アリとみなされさらに容赦なく滅ぼされることになるでしょう」

「それなら人間をある程度口減らしすれば良い。人間の数を減らせばバランスも保たれるだろう?」

「それをするのにも時間がありません。というよりむしろ、その時間を頂戴するために謝らなければならないのです」

「それなら……………………」


 細波とやり取りしている間ドクター・ニコルは険しい顔をして、文明を放棄せず、また滅ぼされもしない方法を考えるのに躍起になっていた。


 ……私の方では、その口から発せられる案のあまりに暴力的なことに、恐ろしくて涙が出そうになっていた。また、細波の返答があまりにもよどみないことから察するに、きっと細波も同様のことを既に思案していたのだろうと思う。

 あまりにも……あまりにも……リコの身など気にしない、残酷で独りよがりな案の数々……。これでは多摩タヌキの方がよっぽど良心的ではないか……。


 私はとうとう二人の議論を聞くのに堪えかねてその場から逃げ出してしまった。細波が何か言っていたが、構わず階段を駆け上がった。親友にはじめて裏切られたような心持ちがして、走っているのに関係なく胸が締め付けられるようであった。

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