第49話 昔むかしの昔ばなし(1)

 私が余計な口出しをしないでいてもポコはあれこれ考えながらゆっくり話したので、話し終えるのにはやたらと時間を要した。と言っても正確に計っているわけでもないから実際のところ私の気が急いているだけかもしれない。こんな風に思うのは、私の後ろでやんごとなき存在感を放っている規格外の大木が私の感覚をことごとく狂わせてしまっているからだった。この大木に比べれば私もリコもポコも皆等しくちっぽけであり、それは時間についても例外ではない。私がどれだけ長いと感じても、この大木にとっては一瞬の出来事に他ならない……。


 不思議な感覚だった。時間が永遠に流れているような、それとも止まってしまっているかのような。あるいは限りなくゆっくりと流れているのかもしれない。


「昔むかしのさらに昔。『多摩狸異聞録』はおろかヒトが生まれてすらいない頃、ここら一帯を支配——、いや、守護していたのは今オイラたちが『多摩タヌキ』と呼んでいる存在だった。『器』の中に入って森や川、動物と植物、あらゆるいのちのバランスを保ってた。


『器』に選ばれるのは毎回、少なくともオイラが知っている限りでは、タヌキだった。西の方ではキツネが似たようなことをしていたという言い伝えもあるにはあるが、今はそんなに関係ねえな。どうしてそうなのかはわからねえ。タヌキに何か特別な能力があるかと言われたらそうでもねえしな。


 話を戻そうか。ええと、そう、『多摩タヌキ』が現れるのはきまってこの土地に危機が訪れたときなんだ。地震、山火事、知性を持った生物による侵略とかな。こんなことがある度に『多摩タヌキ』は『器』の中に入って動物たちを導いたり、侵略者を退けたりして多摩を守っていたんだ。だからここらで『多摩タヌキ』のことを知らないものは無い。……ヒトを除いてな」


 ポコがここまで話すころには、リコはもうすっかり眠ってしまったようだった。ポコはおそらく、古くからの言い伝えを私でも理解できるようにかみ砕きながらゆっくりと話していたようなので退屈してしまったのだろう。ふと気がつくと、いつの間にかリコを包み込むような陽だまりがそこにできていた。リコのなんと快適そうなことか。


「さて、そんな風にずっと、ずうっと時が流れたころにある重大な事件が起きた。オイラたちからしたらこれでもずいぶん昔のことだが、『多摩タヌキ』にとってはそんなに昔のことじゃない。この事件の少し前にヒトが生まれたんだが……、それから程なくしてヒトビトは『多摩タヌキ』との交渉を求めてきたんだ」

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