刑務所で繋がる縁⑪




家に着くと、玄関前でまた姉が座り込んでいた。 日はもう沈みかけ、辺りも少しずつ暗くなり始めている。


「ちょ、姉さん!」

「泰牙・・・ッ! よかった、無事で・・・」


ひょろひょろと立ち上がる姉に駆け寄った。 衰弱しているということはないが、身体が小刻みに震えている。


「流石に今は中にいないと。 外は暗いし危ないだろ」

「泰牙が心配だったの。 でも大丈夫。 私が待っていたのは、家の前だから」

「そういう問題じゃなくて・・・」

「だって泰牙、携帯を家に置いていくんだもん。 連絡が一切取れなかったからさ」

「あー、それはごめん。 携帯を持っていくと、位置がバレる可能性があったから」

「お父さんたちはどうなったの?」

「父さんたちは・・・」


姉は不安気な目をしていた。 両親は麻薬密売の元締めとして警察に捕まった。 本来、家宅捜査も行われそうなものであるが、現在警察は付近にいないようだ。

姉には正直に言うべきか、それとも曖昧にはぐらかすか迷っていると、泰牙の腹の虫が唸った。


「・・・腹減った。 昼は何も食べていないんだった。 何か家にある?」

「もちろん。 晩御飯を作って待ってたよ」


食卓には4人分の夕食の準備が済まされていた。 姉はまた一家4人が揃うと思って、家の前で待っていたのだろう。


―――姉さん・・・。


泰牙が両親の犯罪に目を瞑れば、そんな未来もあったのかもしれない。 だがそれは到底受け入れることができなかった。

零真が捕まり、零真の父が殺され、そして麻薬密売の元締めとなれば、もう父と会うことはないだろう。 母も父の話が本当なら獄中で亡くなってしまう確率が高い。 

そんな泰牙の心中を察したのか、姉が笑顔で言った。


「泰牙を責めるつもりはないから。 遅かれ早かれ、多分こうなっていたんだと思う」


父は身元がバレ始めていたと言っていた。 警察もおそらくは何らかの情報を掴んでいた。 いずれは捕まるか、殺されるか。 両親にいい未来が待っていなかったのは確実だ。

だがそれでも、自分が余計なことをしなければ零真の父親だけは生きていられたのかもしれない。 そのようなことも思ってしまう。


「全部話すよ、全部」

「うん」


夕食を食べ終えるまで、二人は一言も喋らなかった。 食べ終わり、姉が両親の分をラップをかけてしまったのを見ると話し始める。 

泰牙が知っていること、今日起きたこと、刑務所の中でのこと、その全てを。


「お父さんとお母さんは、もう戻ってくることはないんだね」

「おそらく・・・」

「確かにお母さんは身体が弱いと思ってた。 でもそれは生まれつきだと思っていたから、詳しくは聞けなくて・・・。 それにもう、寿命がないだなんて」

「でも、俺たちのために悪事を働いたとか関係ないよ。 悪いことは悪い、それに変わりはない。 だって、裏で不幸になっている人がたくさんいるんだから」


その言葉に姉は長い時間を置いて頷く。


「・・・うん。 でも泰牙、ごめんね。 私は、お父さんたちが裏で悪いことをしているって知っていたの。 だけど、何もできなかった・・・」

「それは仕方がないさ。 親がいなくなった時のことなんて、想像できないから。 ・・・それに、色んな意味で怖いだろ。 でも俺は、通報したのが今日でよかったと思っているよ」

「どうして?」

「俺が捕まった時、姉さんは高校三年生だっただろ。 その時に親が捕まったら、姉さんと俺は別々に親戚の家とかに引き取られていたと思う」

「あ、確かに・・・」

「実際今日、警察に聞かれたんだ。 直接的な質問ではなかったけど、年齢確認はされたからさ」


保護者としての能力が十分かと言われれば微妙だが、姉は成人し身元の保証が可能だ。 泰牙が刑務所へ行っていたという事実は親戚を頼るには不都合であり、丁度よかったのだ。


「そう・・・。 よかった」


泰牙は大きく息を吸い込み覚悟を決めた。


「俺さ、やっぱり高校を辞める」

「どうして? お金の心配?」

「というより、姉さんの心配」

「どういうこと?」


出所して帰ってきた時も、先程も家の前でただ一人帰りを待っていた。 その弱々しい姉の姿が脳裏に焼き付いている。


「・・・俺はこれから先、姉さんと一緒に暮らしていきたいと思っているんだ」

「ッ・・・」

「そのために俺は今からでも働いて、姉さんを支えたい。 ・・・駄目かな?」

「ううん、駄目じゃない。 嬉しい」


もう両親がいなくなれば二人だけの家族だ。 残された家族として、これからの生活を大切にしていきたい。 同時にあることをずっと考えていた。 それは零真のことだ。


「ありがとう。 ・・・あとさ、もう一つお願いがあるんだけど」

「何?」

「さっき、零真の話をしたの憶えてる?」

「うん。 刑務所で、仲よくなった子だよね。 泰牙よりも年下の」

「そう」

「それで、私たちの両親とも関わっていた」


気まずそうに言う姉のその言葉に泰牙は頷く。


「零真のお母さんは、零真が刑務所にいる間に亡くなった。 そして零真のお父さんは、今日俺の親に殺された。 つまり、今は一人なんだ」

「・・・そうだね」

「だから、もし零真が刑務所から出る時が来たら――――」



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