刑務所で繋がる縁②




当時のことを泰牙はよく憶えている。 最初年下の自分とは話す価値もないと思っていたのか、話しかけても全く応えようともしない青年と同房だった。 

同じ空間にただ動く人のような何かがいる感じがして、凄く嫌だった。 だから、その青年と入れ替わるように入ってきた零真を歓迎したのだ。


「今日からここがお前の居場所だ。 入れ」


看守がそう言って、零真を強引に部屋の中へと押し込んだ。 その前から零真はずっと泣いていた。 ただ苦い記憶の残る同房人のことを考え、最初は関わろうとせず無視を決め込んでいた。 

毎日親の悪事をどう暴こうかと、試行錯誤を繰り返していたこともある。 だが延々と泣かれては考えることに集中ができない。 我慢の限界がきて問いかけてみた。


「どうして泣いてんの? 何がそんなに悲しいの?」

「・・・」


少年は涙目でこちらを見つめてくる。


「・・・質問が悪かった。 君はどうしてここへ来たの?」

「分からない。 僕はただ、言われた通りにモノを届けただけだったから」

「モノ? 何それ」

「『中身は気にしなくていい』って言われたから、知らない。 でもその中身が駄目だって、警察に言われた」


―――中身が駄目って、人の死体の一部でも運んだのかよ・・・。


「じゃあ君は、理不尽に捕まったから悲しくて泣いていた、っていうこと?」

「ううん、違う。 捕まるのは別にいい。 ただ、お母さんが死んじゃうかもだから」

「お母さんが?」

「僕のお母さん、病気でずっと家で寝込んでいるんだ。 でも僕の家は貧乏でお金がなくて、お薬が買えない。 だから、僕が頑張らないといけないのに・・・。 捕まったら、もう駄目だよね。 

 何も与えられないから、このままだとお母さんは・・・」


今の泰牙にとっては、両親は尊敬できる相手ではない。 それでも、事件以前の二人の笑顔は今でも確かに憶えている。 複雑な想いもあったが、やはり一般的には親は大切なものだ。


「それ、警察には言った?」

「話したよ。 でも、聞いてはくれなかった」

「金を得るために、いけないものを運んでいたのか?」

「・・・まぁ、結果的にはそうなるのかな。 でも最初は違うよ? 最初は手作りのハンドタオルとか、ストラップとかを作って売ったりしていたから。 

 でもお金が元々なくて単純な物しか作れないから、全然売れなかったけどね」

「じゃあどうして捕まるようなことを?」

「ある日突然、知らない男の人が声をかけてきたんだ。 『お金をたくさん払うから、僕のお仕事を手伝ってくれない? モノを運ぶだけだから、簡単だよ』って」


―――うわ、分かりやすい危ない仕事の勧誘。

―――人間は追い詰められたら、怪しくても従っちゃうもんなのかな・・・。


「君にお父さんはいないの?」

「お父さんは半年前に失踪した。 多分だけど、もうこの家は無理だと思って見捨てたんだろうね。 お母さんは難しい病気で助からないっていうし、貧乏だし」

「そう・・・」

「ねぇ、君の名前は何て言うの?」

「・・・あー、おそらく泰牙」


ここへ来て、本当に久しぶりに口にした自分の名前だった。


「おそらく!?」

「ここで呼ばれる時はいつも番号なんだ。 だから自分の名前を忘れやすくて。 名前を呼んでもらう機会なんて、中々ないからさここでは」

「じゃあ僕がたくさん呼ぶ!」


そう嬉しそうに言った零真の言葉に、泰牙は目を丸くして驚いた。 当たり前だが、ここにいる人間は何らかの罪を犯している可能性が高い。 そして彼も同じだ。 

だから前回の同房人と同様、陰気で人の目を見て話すなんてことのないタイプだと思っていた。 だが零真は違った。 そして、それが嬉しかった。


「ありがとう。 君の名前は?」

「僕は零真って言うんだ」

「零真か・・・」

「泰牙は、どうしてここへ来たの?」

「・・・家族に、大きな怪我をさせてしまったから」

「・・・殺人未遂?」


不安そうな顔に苦笑いが漏れそうになる。 あの日のことは後悔していない。 だが母が死ななかったということに、ホッとしたのも事実だった。


「あー、そうなるのかな。 殺したい気持ちは全くなかったけど」

「それ、警察には言ったの?」

「もちろん。 信じてはくれなかったけどね」

「そっかぁ・・・。 お互い大変だね」

「・・・無理しなくてもいいよ。 泣きたいなら泣きな。 感情がなくなったらもう終わりだ。 ここから出た後の人生が、つまらなくなる」


零真は話している間にいつの間にか涙が止まっていた。 そのせいか、泰牙の言葉を聞いて大きな声で泣き出した。


―――よく泣く奴だな。


その姿は端から見ると情けなくも思える。 年下とはいえ、高校生くらいの年齢なのだ。 だがだからこそ、泰牙が自分を強く持てたとも言えるだろう。 

零真が毎日すすり泣くのを、慰めることによって。 次第にここにも慣れ、零真は泣かなくなっていった。 そんな時に決定的とも言える事件が起きる。 零真の母の訃報が届くのだ。

もちろん母の葬儀に出席することなどできはせず、以前にも増してよく泣くようになった。






―――で、それにも慣れてきたところで、俺が出所っていうわけだ。


朝食を終え、着替えをしている現在の零真は笑顔である。 それが精一杯の強がりか分からないが、頭に零真の顔を浮かべればやはり泣き顔。

何となく物足りなく思う自分がいたが、喜ばしいことだと思いこれ以上何も言わないことにした。


「これ、来た時の?」

「あぁ・・・」


着替えているのは逮捕時に着ていた服である制服だ。 出所するということで、懐かしく思うそれを返してもらっていた。

普段着替えなど一人でやるのが当然だが、零真も寂しいのか泰牙のことを手伝っていた。 ただ一人でやっても物の一分二分の着替え、それを引き延ばすためなのか零真は余計な悪戯をする。


「お、おいおい、止めろって」

「ズボンの前後ろ逆だったか」


そこで強引に生地を引っ張り、バランスを大きく崩した泰牙は零真にもたれかかるように転んだ。


「あッ、いったー!」

「だから止めろって言ったのに」

「ごめん!」


零真は涙目になりながら、足の付け根辺りを擦っていた。


「もしかして怪我でもした?」

「あぁ、大丈夫大丈夫。 丁度傷があるところだったからさ」

「傷?」

「うん。 ほら」


零真はズボンを足の付け根までまくり上げた。 指差す足の付け根に、確かに小さな傷がある。 傷というよりどこかで見たことのあるマークだった。 痣のような、入れ墨のような。


―――これ・・・。


その模様が記憶の片隅に引っかかる。


「零真、この傷はどこで」


だが尋ねようとしたところで、時間が来たのか看守に呼ばれてしまった。


「3113番。 時間だ、出ろ」


泰牙は慌てて着替えを済ます。


「泰牙。 改めて、出所おめでとう。 二年間よく頑張ったね」

「・・・ありがとう。 でも」

「僕は一人で大丈夫」

「・・・」

「もう、こんなところへ来ちゃ駄目だよ? 今まで本当にありがとう。 泰牙にたくさん救われた」

「それはこちらこそだよ」

「・・・じゃあね」


零真は涙目のまま笑って見送ってくれた。 そうして泰牙は一人、看守につれられ部屋から出た。



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