カルティエ オ・ラシーヌへの道 百年後の王国物語2

合間 妹子

バ・ラシーヌに住む真面目女子

出会い

第一話 真面目女子、就職する

― 王国歴1116年 初秋


― サンレオナール王都




 サンレオナール王都の中心部はごみごみとした街並みが続いています。道路もろくに整備されていない、いわゆるその下町に私たち一家は住んでいます。


 王都の北部には城壁に囲まれた王宮が位置していて、王都のどこからでも本宮の一番高い塔が見えます。私は今日からその王宮の本宮に高級文官として勤めることになっていました。


 もう数日前から緊張で食欲もないし、あまり眠れていません。母と妹に心配を掛けたくなくて、無理に明るく振舞っていますが、不安に押し潰されそうです。


 妹が用意してくれた朝食を無理矢理飲み込み、私は早めに家を出ました。王宮へは徒歩で四半時もかからず着きます。


 王都の街を分断するように流れるラシーヌ川の橋を渡ると街並みががらりと変わります。ラシーヌ川の北部、王宮を囲む地区は大部分が裕福な層が住む高級住宅街なのです。馬車と通行人で混雑している王都の正門に向かう大通りに私は入りました。


 両側に並んでいる商店は、庶民にはまず手の届かない仕立屋や宝飾品店、家具屋に食堂と店構えや内装もラシーヌ川の反対側とは比べ物にならないくらい洗練されています。王宮に勤める人々が出勤している、その人々の流れに沿って私は王宮正門まで歩いて行きます。


「クロエ・ジルベール、貴女ならきっと大丈夫よ」


 ぶつぶつと自分で自分に言い聞かせていました。王宮の正門前で本宮の塔を見上げました。まるで高みから私たち貧乏人を嘲笑っているようにも見えました。


「さあ、初出勤、鬼が出るか蛇が出るか、受けて立とうじゃないの」


 本宮の指定された部屋に向かいました。時間よりかなり早く着き、どこかで時間を潰すべきなのか迷っていました。廊下の突き当りに休憩所を見つけました。椅子とテーブルがあって、お湯も沸かせられ、食事も出来るようです。


 そこに座り、深呼吸をして気持ちを落ち着けます。早めに出勤してくる文官が度々通り過ぎました。彼らのほとんどが貴族だと思われます。


 私は平民の通う侍臣養成学院を一年飛び級して卒業しました。勉強が好きで成績が良かったので高級文官の試験にも合格し、今日から高級文官として財政院に就職するのです。


 私のような人間は珍しいに決まっています。未だ貴族の男性が大半を占める職場に、平民の学院出身で女の私がぽっと入り込むのです。親切な上司や同僚に恵まれるのか、それとも……私は胃が痛くなってきました。時計をちらちら見ますが、中々時間は進みません。早く始業時間になって欲しいものです。


 時計の針がやっと始業時間の少し前を差し、私は自分が配属された部屋の扉を叩きました。返事がするので中に入ってみると男女五人ほどの文官が居る、小ぢんまりとした部屋でした。


「今日からこちらに配属になりました、クロエ・ジルベールと申します」


「ああ、貴女が、思った通り若い子ね」


「あったり前だろ、なんつったって飛び級したんだもんね、君」


 皆さん一通り自己紹介をして下さいました。人の名前を覚えるのは得意です。


「ニコラ、ついに君も先輩面ができるようになったなぁ。これからは人に甘えるのもほどほどにしろよ」


 ニコラさんは私より二年前に入ったそうで、今までずっと部屋の一番若手だったのです。


 思ったよりも皆さん気さくな方々でした。


「今朝は皆急ぎの仕事は入っていないわよね。じゃあ……クロエさんの席はここよ。どうぞ座って?」


 三十前後と思われるポリーヌさんが私の席を指します。


「はい」


 私は荷物を置いて座りました。


「今まではね、新人さんが入って来る度にその日は部屋の皆で飲みに出掛けていたの。けれど、室長はともかく私ももう家庭持ちだから当日勤務時間中に済ませることにしたのよね」


「飲み会をですか?」


「もちろん朝っぱらから飲まないわよ。飲み会で聞くことを今聞くの」


 それから私は自分のことについて部屋の皆さんに色々聞かれました。家族構成や文官になろうと思った動機、恋人の有無、主に個人的なことばかりです。


「今恋人が居ないのだったら、好きなタイプは?」


 実は私も良く分からないのです。けれどこれだけは言えます。学生時代、良いなと思ったのはおし並べて、だらしない実の父親とは正反対の真面目で勤勉な男の子ばかりでした。


「そうですね、誠実で頼れる人がいいです」


「外見はどんな人が?」


「正直に申しますと、良く分かりません」


 大体私はそんな異性の選り好みが出来るほど美しい娘でもありません。不美人ではないにしろ、きつそうな顔立ちの上、胸も小さく、愛想も良くないし、平凡な茶色の髪と瞳です。


 学院時代は学業一筋に励んでいて、恋愛にうつつを抜かす暇もありませんでした。それにまず、好きな人や憧れの人が出来ても、向こうは私のことなんてまず目に入らないか、恋愛対象ではないのです。


「このニコラみたいに、カワイイ小動物系とかは? あ、でも年上なのに頼りなさ過ぎるわね。それに貴女より背も低いわ」


「ヒドいですね、いつものことですけど!」


 ニコラさんは先程から先輩の方々に散々揶揄からかわれているのです。私は自然に笑みがこぼれていました。


 ところで、私は早く仕事が始めたいのですが、部屋の人々は私を囲んで私に個人的な質問を次々と投げかけています。勉強しか能がない人付き合いの苦手な私ですが、ここでは新人ですし空気を読んで皆さんの好奇心を満たすことに専念します。雑談をしているだけでも皆さん親切な方だということが分かって、私は数日前からの心配が少しだけ薄れてきているのを感じていました。


「さあ、新人さんを囲んで親睦を深める会はそろそろお開きにして各自仕事を始めようか。ポリーヌは財政院や本宮をジルベールさんに案内してあげて」


 私の親の年代より少し若いと思われる室長のその一言で皆、席に着きました。私はポリーヌさんについて財政院の他の部屋や、会議室など一通り見せてもらいました。他の院や一般侍臣用食堂に国王陛下のお住まいの位置も教わりました。


「クロエさんは今日が初出勤で緊張していたみたいね。その気持ちも分かるわ」


「はい。どんな方と一緒にお仕事をすることになるのか、もうずっと気になっていましたから」


「うちの部屋は皆和気あいあいとしていて、良い雰囲気だから大丈夫よ」


「はい、それは今朝入室してすぐに分かりました」


「何かあったら遠慮せず聞いてね。高級文官になるには成績が全然足りなかったのだけど、私も侍臣養成学院出身だから」


「ポリーヌさんもそうだったのですか。今日からよろしくお願いします」


 私のような侍臣養成学院出の文官も少しは居るようです。午後はポリーヌさんが私の担当することになる仕事内容を説明してくれました。こうして私の就職第一日目は無事に終わりました。




***ひとこと***

お待たせしました、新連載です!

男主人公のアノ方の登場はいつになるのでしょうか?

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