105 彼女を前にすると我慢が効かないくなる。俺は狡くて駄目な大人だ……。

 その日も仕事を早く片付けて一刻も早く帰宅しようとしたが、運が悪いことに帰りがけに急ぎの仕事の書類が届き、仕方なくそれを急ぎ片付けることとなった。

 俺が猛スピードで、届いた書類に目を通していると、困惑した団員が執務室にやってきたのだ。

 

「補佐官……。すみません。至急、来ていただきたいのですが……」


 申し訳無さそうにそう言った団員を一瞬、睨んでしまったが、無視するわけにもいかず、俺は渋々重い腰を上げた。

 

(はぁ。これでまた、帰りが遅くなってしまう……)


 そんなことを考えつつ、駆け出した団員の後を追った。

 団員は、顔を赤くして額に汗をかいていた。

 その様子から、何か大変なことが起こっている気がした俺は、団員の後を追って表に出たところで、思わぬ声を聞いて心臓が飛び出るかと思ったのだ。

 

「やぁああ~。はにゃしてくらさい~。ゔぇいんしゃんらないとらめなんれす~。らめなんれすよ。えへへ~、ゔぇいんしゃん、しゅき~」


「ちょっと、シーにゃん!!暴れちゃ駄目よ!!大人しくしてなさいってば!!」


「やらぁ~。ゔぇいんしゃんがいいんれす!!ゔぇいんしゃん……。あ、ゔぇいんしゃんれす!!ゔぇいんしゃん、だっこ~」


「ちょっ!シーにゃん、駄目!こら!」


 俺の目に映ったのは、エレンにおんぶされた状態のシズだった。

 顔を赤くして、大きな瞳は潤み、とろんとした表情をしていた。

 更には、ろれつも怪しい状態に俺は驚きを隠せなかった。

 しかし、シズはエレンから降ろされた後、ヨロヨロとした足取りで、俺のもとに歩み寄ってきたのだ。

 

 そして、驚くことにシズの衣服が乱れていたのだ。

 朝着ていた上着が無くなっており、シャツのボタンも3つ目まで外れていて、胸元が大きく開いていた。

 それに驚いた俺は、とっさに自分の上着をシズに羽織らせていると、シズが俺に抱きついてきたのだ。

 そして、俺に抱きついたと思ったら、潤んだ瞳で俺を見上げてとんでもない事を言い出したのだ。

 

「ゔぇいんしゃん、あいたかったれす。ゔぇいんしゃん、しゅきれす。ゔぇいんしゃん、えへへ、だっこ~」


 そう言って、両手を上げて俺の首に抱きついてきたのだ。

 状況が飲み込めずにいると、疲労困憊と言った状況のエレンが俺と目を合わせないように、切れ切れに言ったのだ。

 

「あぁ~。ごめんね?その……、シーにゃんとちょっとお話してたら、間違ってあたしのお酒を飲んじゃって……。それで、ヴェインに会いたいって、お店を飛び出しちゃったのよ……」


 そう言った後、更に気まずそうな表情をしながらも、決して俺の事を見ずに続けて言ったのだ。

 

「不味いと思って、直ぐに追いかけたのよ?でも、フラフラな状態で、あんたに会いたいって、泣きべそかいちゃってね。うふふ、可愛かった……、じゃなくて、え~っと、危なっかしくて、あたしがシーにゃんをおんぶしてここまで連れてきたのだ……」


「そうか、最後に言い残すことは?」


「ちょっと待って!!他に、スーナとキャシーも居たんだから!!」


 そう言って、エレンが必死に俺に縋り付いてきたのだ。

 すると、影に隠れていたのだろう、共犯の二人は気配を殺して逃げようとしているのが分かったが、今は放っておくことにした。

 今は、シズが何よりも優先されるからな。

 だが、釘を刺すことは忘れない。

 

「シズが世話になったみたいだから、今度改めてお礼制裁に行くよ」


 そう言って、三人のことを無視して俺は、シズを横抱きにしてその場を後にした。

 

 執務室に向かう間も、シズは可愛いことを言って俺を困らせたのだ。

 

「ゔぇいんしゃん、しゅき~。だいしゅきれす~。ゔぇいんしゃん、ちゅ~してくらさい。わたひ、ゔぇいんしゃんとちゅ~をして、ぎゅ~ってしたいんれす。もっと、ぎゅ~ってしてくらさい。えへへ、だいしゅき。ちゅっ」


 そう言って、俺の頬に小鳥のような可愛いキスを繰り返すのだ。

 自然と表情が緩んでしまっても仕方がないと言えるが、これ以上シズの可愛い姿を他の男達の目に晒すことはできないと、俺は全力で執務室に駆け込み鍵をかけて、カーテンを閉めたのだ。

 

 そして、未だにふわふわした様子のシズをソファーに降ろして離れようとしたが、シズが嫌がって離れたがらなかったのだ。

 シズが自分からこんなことをすることはもうない気がして、俺は魔が差してしまったのだ。

 

 シズを抱っこした状態でソファーに座って、軽く触れるだけのキスをさくらんぼのような可愛らしい唇に落とした。

 シズも、自分から俺の唇に自らの唇を合わせるように積極的にキスをしてくれたのだ。

 そのことが嬉しくて、いつもはシズのぷっくりとした唇を唇で食むだけで我慢していたが、下唇を強く吸っていた。

 本当は、舌を入れて口内を蹂躙したい気持ちでいっぱいだったが、前後不覚のシズにそんな不埒な事は出来ないと、なんとか踏みとどまった。

 だが、今のとろとろなシズの破壊力が凄すぎて、無意識に喉を鳴らしてしまっていた。

 

「シズ、ごめん」


「ふぇ?」


 とろとろに蕩けた砂糖菓子のようなシズの唇は、俺の唾液でしとどに濡れていて、俺の欲を刺激した。

 自分が仕出かしたことではあるが、乱れて艶を放つシズに見入ってしまっていた。

 すると、シズが小さな声で言ったのだ。

 

「ゔぇいんしゃん、あのひのやくしょく、おぼえてましゅか?」


「約束?」


「ふぁい。ちゅぎは、おとにゃのちゅーしてくれりゅって、いいました。いつ、おとなのちゅーしてくれりゅんでしゅか?」


 そう言って、切なそうな表情をするシズを見ていたら、俺の中の何かがプツッと切れる音が聞こえた気がした。

 俺は、勢いのままシズをソファーに組み敷いていた。

 

「シズ!シズ、シズ、シズ!!あんまり俺を煽らないでくれ、我慢できなくなる……、ごめんな。少しだけ……」


 そう言って、組み敷いたシズの首筋をキツく吸っていた。

 舐めては強く吸って、そして吸った場所を甘く噛んでから、更に強く吸った。

 

「……ん、はぁ。ん、くちゅ。ちゅっ。はぁ、はぁ。ちゅっ」


「ゔぇいんしゃん、ら?っあっ……、うっ、はぁ……はぁ……」


 ソファーの上で、苦しげに息をするシズは開けた胸元がピンク色に染まっていて、俺の欲を掻き立てていた。

 

 俺が付けた首元の痕をなぞると、小さく震えた後にか細い声で言ったのだ。

 

「ゔぇいんしゃん、しゅき……」


 そう言った後、シズはクタッとなり気絶するようにして眠ってしまったのだ。


 俺はと言うと、気絶したシズを見て猛省した。

 大人の俺が、自分の欲を押し付けてシズに不埒な真似をしてしまったことにだ。

 しかし、シズの心の内を聞けたことが嬉しかった俺は、反省の色が薄いと言われようとこう思わずには居られなかった。

 

「シズ、次は本当に大人のキスをしような。もう、逃さないから……。ずるい大人でごめん。でも、シズが好きなんだ。愛しているんだ」

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