62 彼女と変態

「かっちゃんの意地悪!!ヴェインさん、アーくん、野上くん、おやすみなさい!!」


「しず、腹出して寝んなよ?」


「もう、そんな子供じゃないよ!!」


 そう言って、シズは自分の部屋に行ってしまった。

 

 シズが居なくなったリビングには、なんとも言えない気まずい空気が漂っていた。


 シズが目を覚ました時に見せた、二人の余所余所しい空気はいつの間にか無くなっていた。

 それどころが、幼馴染の気安い空気を纏って、二人にだけ分かる会話をするそんな様子は、二人が親しい存在だったことを俺に感じさせた。

 だとしても、俺はシズを諦める気はない。

 今は父親のような存在に見られていたとしても、一人の男として見てもらえるように努力するだけだ。

 

 カツヒトは、シズが好きな事は見ていてすぐに分かった。

 ただ、その気持は全くと言っていいほどシズには伝わっていないことは十分に分かった。

 さらに言うと、カツヒトは自分の気持ちを素直に口にできない性分のようだ。

 照れなのかは知らないが、あんな調子では、鈍感なシズには一生かかっても伝わらないだろう。

 

 少しだけそんなカツヒトを同情しないでもないが、俺がとやかく言っても仕方ないので、そこは放置することに決めた。

 

 悶々とした気持ちを抱えていると、カツヒトがあくびをしながら言った。

 

「ふあぁ~。俺も寝よ……」


「いや、ちょっと待って!カツ、さっきの会話が凄く気になるんだけど!!なんなの?ねぇ?静弥ちゃんの知り合いの変態って?千江府って誰なの?ねえねえ!!気になるから!!」


「僕もソージに同感です。自分だけ何か理解した様子なのが気に入らないですね。シズに関わることなら、僕は知っておきたいです」


 二人に先を越されてしまったが、俺も気になっていたことを聞いていた。

 

「俺もさっきの話を詳しく聞きたい。その変態のチエフとやらは一体何者なんだ?」


 俺がそう言うと、カツヒトは露骨に顔を顰めて口籠ったのだ。

 

「ああぁ……」


 俺とアークとソージは、カツヒトに詰め寄っていた。

 後ろに体を反らして、目を泳がせた後に盛大なため息を吐いた後にカツヒトは言った。

 

「千江府威王丹いおには……、シズの婚約者だ」


「婚約者?!」


「婚約者ですって!!」


「えっ?静弥ちゃんの婚約者?まじかよ!!」


 まさかの答えに俺たちは、驚きの声を上げていた。

 さらに、シズの口振りからその婚約者とやらは変態だという……。

 なんてことだ!!シズが、元の世界にいた時にそんな変態と婚約させられていたとは……。

 それに、あれほど言いたがらないとなると、そのチエフが相当な、口にも出せないような凄まじい変態だったのだろう。

 そう思うと、シズがこの世界に逃れられてよかったと思えた。

 この世界に召喚されていなかったらと思うと、恐ろしくて仕方なかった。

 言葉にしなくても、アークも同じ事を考えていたことが分かった。

 

「へ~、それじゃ、こっちに召喚されて静弥ちゃん助かったじゃん。変態の婚約者から逃げられて?」


「ああ、そうだな。俺も詳しいことは知らないが……。千江付は気に食わない野郎だったよ。キザったらしくて、嫌味で、最悪最低な野郎だった」


「はぁ?なんでそんなサイテー野郎と静弥ちゃんは婚約なんか?」


「だから!俺も詳しいことは教えてもらえなかったんだよ!!でも、今思うと千歌子が何かしてそうだ……」


「あぁ~。そうね。ありえそうだわ……」


 二人の話に出てくる、シズの従姉妹は相当な人物のようだ。

 シズの従姉妹は、ベルディアーノ王国にいるらしいが、二人を絶対に近づけてはいけない気がした。

 

 その後、シズがどういった経緯で変態と婚約する羽目になったのか気にはなったが、カツヒトは本気で知らないようだったので、いつかシズから話してくれることを待つ他になかった。

 



 次の日、朝食の席でシズが言った。

 

「色々、ご近所さんとかお客さんに迷惑かけちゃったから、皆さんに謝らないと……。それでね、もうこんな騒ぎ懲り懲りだから、お店を閉めることにするよ……」


 シズの言葉に驚いていると、彼女は慌てて話を続けていた。

 

「あっ!でも、今まで売っていた商品は、商業組合の売店で置いてもらえないか、キャシーさんに相談してみるよ!そうじゃないと、今まで買ってくれていたお客さんに悪いからね?」


 まさかの決断に俺はシズの瞳を見て言った。

 

「いいのか?あんなに店を開くの楽しみにしてたのに……。それに、開店後は、色々大変そうにしていたが、それ以上に楽しそうにしていたじゃないか?」


「はい……。でも、また今回みたいな騒動にならないとも限らないし……」


 そう言ってシズは、自らの体を抱きしめて少し震えていた。

 元気そうに振る舞っていても、あんな事があったんだ。

 怖くて仕方ないよな……。

 

「分かった。でも、また店がしたくなったら言ってくれ。協力するよ」


「はい。ヴェインさん、ありがとうございます」


 そう言って、微かに微笑むシズが健気で、思わず抱きしめたいと思ったが、それをグッと堪えた。

 

 今日は、非番のためシズと一緒に挨拶回りと、組合に相談に行くのに付き合うことにした俺だったが、何故かカツヒトも付いてくることになったことだけは解せなかった。

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