出逢いと別れ 2
とても不思議な少年だ。
ミヤも少年の名を尋ねたけれど、少年は静かに「ボクは、魂の案内人だよ」とだけいってはぐらかした。
結局少年の名前はまだ知らない。
ミヤは名前も教えてくれない少年を信用してもいいのだろうかと逡巡したが、少年は先ほど助けてくれたばかり。信じてもいいと思った。
家に送り返すという言葉を信じて、ミヤは少年の後を追う。
少年がいるだけで、怖いものが姿を現さなくなった。
背格好に似合わない鎌を手にしているからなのか。
それとも、少年は怖いものたちにとって恐るべき存在だからなのか。
ミヤよりも小さい少年は、暗闇を怖がることもなく、光のない道を歩いていく。
きらきらと夜道を照らす星のように、少年の美しい白糸の髪が靡く。
「ねぇ、キミはどうして家を飛び出してしまったの?」
「え、っと……」
「キミは此の街に伝わる“おはなし”を知っているだろう?」
「…………知ってる」
ミヤは少年の言うおはなしのことも知っていた。
それは、此の街に古くから受け継がれてきた伝承。
―――真夜中の街を歩いてはいけない。怖い者たちに連れて行かれてしまうから。
此の街は日没とともに、人々は皆家に帰る。夜の街、宵闇の時刻は死者たちが彷徨う。
彼らはあてもなく、どこにもいかず、この街の中で彷徨い続ける。
「生者が眠りつく時、死者は街を彷徨う。生きたいと願うものは特に生者を求める。肉体を手に入れたいと。生きていたいと。だから、彼らが彷徨う真夜中の街に決して生者は足を踏み入れてはならない。特に君みたいな子はなおさらね」
闇夜に烏が鳴く。
暗い夜道のすみっこで黒猫が鳴いた。
少年は大通りに続く道ではなく、別の入り組んだ路地を入る。
間違えてしまったのか、と思いミヤはあわてて裾をつかんだ。
「あ、あの……そっちじゃ、なくて」
「うん、そうなんだけど。この先の道は危険なんだって、だからこっち」
少年は指さしたほうへと迷いなく進む。
迷って逃げてばかりのミヤとは違い、少年はまっすぐに堂々と歩みを重ねる。
同じものを見る。
同じ世界を見ている。
なのに、この違いはなんだろう。
ミヤの足は今も震えが止まらず、なんとか足を動かしている。
怖い者たちを相手にしたのに、少年はすらすらと足を動かす。
ずっとずっと、小さい少年。
とても不思議な少年の背を、ミヤはずっとその目で見続けた。
★
ラファエル地区で、ルーファスの名を知らないものはいない。
ルーファス家はこのラファエル地区で名高い名家であり、公爵の位を与えられている。
ルーファス家の屋敷は、ラファエル地区の中でもとても大きく立派な建造物だ。
門から本邸までの間には噴水や美しいバラの花が咲き誇り、バラ園の奥には別邸となる紅の塔が空に向かってまっすぐ伸びる。
「さあ、ついた。君の家はここだろう?」
「……うん」
この屋敷でミヤは暮らしている。
ミヤはルーファス家の二番目の生まれ。三つ上の兄を持つため、家を継ぐことは決してない。
僕が家にいる必要なんてない。
この家には兄がいれば十分だ。
次男である僕は、いらない子。
帰らなくたって、誰も心配しない。心配してくれる人はもう、いない。
「家に帰りたくないって顔してるね」
「…………」
「キミは、此の家が嫌いなの?」
ミヤは口を閉ざす。
初対面の、それもさっき初めてであったばかりの少年に話すことかと迷った。
いや、何も知らないからこそ、話していいのかもしれない。
「僕は、家族に疎まれているんだ。ほかの誰にも見えないものを僕は見える。見たくもないのに、見えてしまう。聞こえなくてもいい音も、触れることさえできてしまう。怯えて震えていても、見ることができない人たちからしたら、僕の行動はおかしいことをしているとしか思えない。嘘をついて、かまってほしいんだって呆れられるだけ。奇異の目でみられるだけ。
……でも、たった一人。おばあ様だけは味方になってくれた。大丈夫だと頭を撫でてくれた。大丈夫だと抱きしめてくれた。……おばあ様も、もういない。また僕は一人ぼっちになった」
頭を撫でてくれる人はいない。
優しく抱いてくれる人もいない。
「帰らなくたって、誰も困らない。だって僕は、親にも、兄にも、誰にも必要とされてないから」
冷たい風が吹く。
心が震える。
「キミは見えるのに、見えていないんだね」
悲しそうな、切なそうな表情で少年は言った。
「キミを待ってくれてる人がいる。心配してる人がいる。だから、今日は帰ってあげて」
少年は別邸へと視線を向ける。つられてミヤも目を向けるけど、誰もいない。
少年には何かがみえているのか?
「夜はまだ明けない。君はもう、眠りにつかないといけない。もう、夜の街に飛び出してきてはだめだよ」
それじゃあと、少年が夜の街に姿を消そうとしたところ、ミヤはまってとローブを掴んだ。
「これ、」
そういってミヤは首からかけていた預かりものである星のペンダントを返す。
「あぁ、それ。キミが持っていて」
「え?」
「その石はキミのあふれる力を吸い取り、瞬きに変える。今のキミはとても危うい存在で、その石を持ってないとまた亡霊に狙われてしまうだろう。それは嫌でしょう?」
淡く輝く光は、ミヤからあふれる力をもとに星のように煌めく。
この石を手放した瞬間、ミヤの甘い蜂蜜のような力は溢れ、凶暴な霊たちを呼び寄せてしまうであろう。
無数に湧いて出た亡霊たちの姿が思い出され、恐怖で身体が震える。
「……でも、これは君の大切なものなんじゃ」
「そうだね。とても大切なものだ。だから、一日だけそれを君に貸す。夕刻に取りに来るから、それまで大切に持っていて。……気になることもあるしね」
少年は紅の塔を見据え、そういった。
「じゃあボクはまだやらなきゃいけないことがあるから。またね」
そう言い残し、少年は再び夜の街へと溶けていく。
帰りたくないけど、帰らないと。
少年から預かったペンダントを首にかけなおし、ミヤは本邸へと重い足取りで歩く。
お星さまを手の中にぎゅっと握りしめ、大丈夫、大丈夫と心の中で唱えながら、大きな扉をゆっくりと開ける。
皆が寝静まった時間。幸いに見回りしている者は付近にいなく、誰にも会うことなく部屋へと戻った。
部屋の真ん中にあるベッドへと倒れこむ。
目を閉じて。
星の石をぎゅっと握りしめたまま。
生者であるミヤは眠りにつく。
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