四天王最強の男。最初に死ぬ

下垣

残された者たち

  魔王軍の幹部の四天王。火のミザリー、水のアルフレッド、雷のキリル、そして最強の風のゴーシュ。  彼らは暴虐の限りを尽くしていた。


 火のミザリーは四天王の紅一点。とにかく他人の男を寝取るのが大好きな悪女である。とある村を襲撃した時もカップルを集めて、片割れの女を皆殺しにした経験を持つ。そして残された男たちを自身の下僕にしているのだ。


 もちろん、大切な恋人を殺されて怒り狂う男もいた。無謀にもミザリーに挑んだ者は無残な姿になった。それを見た他の男たちは恐怖した。自分たちはこいつには勝てない。大人しく言うことを聞くしかないと。自分達は絶対的強者に媚を売ることでしか生きられない存在であることを痛感させられたのだ。



 水のアルフレッド。見た目こそは線の細い儚げな好青年。金髪で腰のあたりまで伸びた髪の毛はどこか女性的な印象を相手に持たせる。だが、その見た目の印象とは裏腹に四天王で最も残虐な男である。


 この世で最も非道な行いであると言われている完成間近のドミノを倒すのは朝飯前。マラソン大会で一緒に走ろうねと言った友達を開始1秒で裏切るなど人間の常識ではおよそ考えられないほど卑劣な魔族である。



 雷のキリルはこの四天王の中で最も温厚な男と言えるだろう。体格は四天王で一番大柄で顔も厳ついが優しい心の持ち主である。しかし、その分1度キレたら手がつけられなくなる。


 冷凍庫の中に楽しみにとっておいたアイスを食べられても怒らないし、親兄弟の悪口を言われても怒らない。だけど、膝カックンをしたら鬼のような形相をしてキレるのだ。


 その怒りは鬼神の如く。膝カックンをした相手はキリルの雷によって、消し炭にされてしまうのだ。文字通り雷が落ちるとはこのことであろう。



 そして、最強の男風のゴーシュ。鎧兜に身を包んでいる典型的な戦士タイプ。その素顔は鎧兜で隠れているが、中はかなりの美形らしい。彼は戦闘を楽しむ武人タイプである。正々堂々とした戦いを好み卑怯な手を使う相手が大嫌いなのだ。


 四天王で一番マシかと思いきや、女子供にも容赦なく決闘を申し込む癖がある。決闘できるなら相手は誰でもいいのだ。


 ただ、決闘相手の命を奪うことまではしないのがポリシーだ。だから力のない相手と決闘する時はジャンケンで勝敗を決める。ちなみにジャンケンは弱く勝率は12パーセントしかない。この世で最もジャンケンが弱い男である。



 そんな最強最悪の四天王たちが幅を利かせているこの時代。田舎町のドルブグ村にて、一人の青年が立ち上がった。青年の名前は、リオと言った。


 リオは女神に選ばれた存在。女神から勇者の力を賜ろうとしていた。そう……していただけだった。しかし、リオは女神の顔を見て、顔が好みじゃない。出直してこいと女神に言い放った。女神はその一言にショックを受けて、リオに力を授けるのをやめたのだ。ちなみに、今でも部屋の隅で泣いている。


 リオは女神の力に頼らずとも強かった。1日1分。3日で3分の厳しい修行の末、遂に魔族に対抗できる力を手に入れたのだ。



 今日はリオ初陣の日。王都マスカルに魔王軍が襲撃してきたのだ。リオはそれを阻止するためにたった一人で魔王軍に立ち向かうことになった。


 敵の大将はディクスという魔族の女。ゴーシュの部下でもある。ちなみにこのディクスはゴーシュに密かに思いを寄せている。しかし、悲しいかな。ゴーシュはゲイである。女であるディクスには全く靡かないのである。


「あはははは。殺戮ッ! 殺戮ッ! 楽しいな! いっぱい殺せばゴーシュ様に褒めていただける」


 ディクスは自身の持っている鞭でべしべしと叩いてまわった。


「やめろ! その人を解放しろ!」


 リオはディクスに鞭で叩かれている男を助けようと二人の間に割って入る。しかし、ハゲ散らかしてぶくぶく太ったそのおじさんは不満げな顔をしている。


「き、きみ! なんてことをしてくれたんだ。折角こんな美人に虐めて頂いているのに邪魔をするなんて! お店だとお金取られるのにただでしばいて頂けるチャンスを……! 邪魔しないでくれたまえ!」


「あ、はい」


 鞭で叩かれて喜んでいるおじさんが満足するまで折檻は続いた。おじさんが色んな意味で果てたので、やっと戦いに入ることができる。


「小僧。私に楯突くとはいい度胸だな。名はなんという」


「ドルブグ村のリオだ! おばさんこそ名前はなんていうんだ」


「おば……私の名前はディクスよ。あんたを殺すものの名だ。あの世まで持っていきな!」


 ディクスが鞭に魔力を込めると鞭からトゲが出てきてトゲ鞭に変形した。このトゲ鞭に当たれば間違いなく皮膚は避けるだろう。SM用に使う鞭ではなく、完全に拷問殺戮ように作られた鞭だ。


「遅い!」


 一瞬。音が出る間もないくらい早いスピードでリオはディクスを斬り倒した。


「がは……な、なんで……その剣の腕……天才か」


「やれやれ。俺の努力を天才の一言で片づけないでくれるかな? 俺は誰よりも多く修行した。ただそれだけのことさ」


 大将のディクスがやられたことで魔王軍は次々と逃げかえっていった。王都に平和が戻ったのだった。



 リオから逃げかえって来た魔族は四天王の間へと辿り着いた。そこには四天王が勢ぞろいしていた。魔族は直属の上司であるゴーシュに報告をすることにした。


「ゴーシュ様……報告します。ディクス様がやられました」


「何……誰にやられたというのだ」


「ドルブグ村のリオとかいう少年だそうです。や、奴は間違いありません。勇者です! 絶対に女神から勇者の力を貰っています」


「何ィ! 勇者だと……はははははは面白い! ぜひその勇者と決闘してみたいものだな」


 鎧兜で見えないが、ゴーシュは豪快に笑っていた。


「あらー。もういきなり貴方がでるのかしら」


 四天王の一人ミザリーがゴーシュに突っかかって来た。


「何が言いたい」


「別に? 四天王最強の貴方がいきなり出たんじゃ勇者君も可哀相かなって。所詮、勇者といってもまだ未熟な存在でしょ? ディクスを倒した程度でイキっている程度の奴なんて相手にする価値あるのかしら?」


「それじゃあ最弱の貴殿が出るか?」


「だ、誰が最弱よ! 最弱はキリルよ! パワー系のでかぶつは咬ませって相場が決まってるの!」


「お、おいどんは咬ませじゃないでごわす! それに最弱ならアルフレッドの方が弱いでごわす」


「あはは。随分と言ってくれるね。キリルくん。僕が弱いかどうか……試してみるかい?」


 一触即発の空気。しかし、場を制したのはゴーシュだった。


「黙れ」


 ゴーシュの一言に三人の顔が引きつった。ゴーシュを怒らせてはいけない。それは三人の中で共通認識だった。


「四天王同士が争うでない。それがしが勇者を倒す。それは決定事項だ」


 三人は困惑している。勇者はまだまだ未熟な存在であろう。確かにディクスを倒した実績はあるが、そもそも一般の魔族と四天王とでは実力に天と地の差があるのだ。ディクスは魔族の大将でも下から数えた方が早いほど弱いのだ。他の大将がやられてから四天王が出動しても遅くはないはず。


 一体ゴーシュが何を考えているのか。それは三人には理解できなかった。



 魔王討伐のために旅をしているリオ。ポカト山を登っていると、一人の鎧兜を着た人物にすれ違った。


「貴殿が勇者リオか?」


「いやー。そうなんすよ。自分で勇者とか言うのは恥ずかしいんですけどね」


 リオは照れながらそう答えた。すると、鎧兜を着た人物は兜を取った。中から出てきたのは灰色の髪をした好青年。ただ、普通の人間ではなかった。魔族の特徴である角が頭部から生えていたのだ。


「お前は魔族か!」


「ああ。その通りだ。それがしの名はゴーシュ。四天王の一人だ」


 リオは身構えた。魔族には四天王と呼ばれる存在がいるのを知っていた。奴らは規格外の強さを誇っているのだ。できればもっと後で遭遇したかった。リオも強いとはいえ、まだまだ戦闘経験が浅い未熟な身。所詮修行を真面目にこなしていただけに過ぎないのだ。


「ふん。ウィング・ブロウ!」


 リオですら視認できないほどの速度のパンチが飛んできた。思いきりボディにダメージが入る。


「がは……」


「やはりまだ未熟のようだな。だが、素質を感じる。魔王様の脅威を早めに摘み取っておかなければならない。リオ! それがしと決闘をしろ!」


「決闘か。待ってくれと言いたいところだな。俺はまだまだ強くなれる。決闘好きのあんたなら強い相手と戦いたいだろ? 1ヶ月待ってくれたら俺は強くなれるんだがな」


「ふっ……痴れ者が。確かにそれがしは決闘が好きだ。強者と戦うのが好きだ! だがそれ以上に弱者を蹂躙するのがもっと好きなのだァー!」


 ゴーシュの両手が風に覆われている。真空の刃がぐるぐると回転していて、もし触れたならその箇所が吹き飛ぶほどの威力を誇るだろう。リオは直観的にそう感じ取った。


 実力が違いすぎる。まだまだ序盤のダンジョンなのに、いきなりラストダンジョンのボスが出てきたようなレベルなのだ。勝てるはずがない。


「でも……退くわけにはいかねえよな! 1日1分の修行の成果を見せてやるぜ」


「くくく……今、1日1分と言ったな。たかがそれだけの時間でそれがしに追いつけるとでも? それがしは1日5分の修行をしているのだ。貴殿とは努力の量が違う!」


 5倍! 絶望的な数値差。自身の5倍も修行をしている人間に勝てる人間などいるのだろうか。否、いない。その時点でリオは深い絶望に包まれてしまった。


(勇者リオよ。聞こえますか。私です女神です)


 このタイミングでリオの脳内に女神が語り掛けてきた。リオは内心うるせえなブスと思いながら、藁を掴む思いで女神の言うことに耳を傾けることにした。


(リオ。貴方に勇者の力を授けます。ただし、条件があります。私に可愛いと言ってください。それか、お姉ちゃん大好き♡でも可能です)


「あーはいはい。可愛い可愛い」


(あ、ありがとうございます。や、やっぱり私はブスじゃないですよね? 可愛いですよね? では力を授けましょう)


 女神はリオに力を授けた。リオに勇者の力が覚醒したのだ。いきなり、リオの戦闘能力が跳ね上がったことをゴーシュは感じ取った。


「な、なんだと……き、貴殿め! 力を隠してやがったのか!」


「ふっ……これが俺の本当の実力だ! 勝負だゴーシュ!」


『うおおおおおおおおお!!!』


 勝負は一瞬でついた。すれ違い様にリオの剣がゴーシュの心臓を貫いた。一方でゴーシュもただやられているわけではなかった。リオの両腕の神経をズタズタに引き裂いたのだ。


「がは……」


 勝利したリオ。だが、決して無傷では済まなかった。しかし、女神パワーで傷も全快したので、ゴーシュの最期の一撃はあまり意味なかった。


「さて、四天王を倒したことだし、先を急ぐか。四天王の一番手って最弱なのが基本だよなー。これから先もっと強い四天王が現れるんだろうなー。楽しみだなー」



「ゴーシュがやられたようね」


「奴は四天王の中でも最強」


「人間ごときにやられるなんて……やべえ人間がいたものでごわす」


 一瞬の静寂の後……


「ど、ど、どうすんのよ! 勇者リオはゴーシュより強いってことでしょ! 私達絶対に勝てないじゃない!」


「お、落ち着きたまえミザリー。確かに我々個人はゴーシュより弱かった。でも、三人束になってかかれば勇者も倒せるはず」


「で、でも、三人束になってかかってもゴーシュは倒せなかったでごわすよ。そいつより強い存在って倒せるでごわすか」


 キリルの冷静なツッコミに三人は黙ってしまった。勇者リオをどうにかする方法はない。しかし、戦いにいかなければ四天王としての名折れだ。魔王に合わせる顔もなくなるであろう。


「アルフレッド。結婚しましょう」


「急に何を言い出すんだクソビッチが」


「わ、私は女子だしー。結婚すれば寿退社しても不自然じゃないし」


「に、逃げる気でごわすか!」


「し、失敬な。亡き夫を想う未亡人になるだけよ」


「勝手に僕を殺さないでくれたまえ!」


 三人の醜い争いはしばらく続いたが、冷静になってどうやって勇者リオを迎え撃つか作戦を練らなければならないことに気づいた。


「まずはゴーシュくんの敗因を分析しようか。ゴーシュくんは決して勇者リオを侮らなかった。全力を持って戦ったはずだ……」


「もしゴーシュが油断して負けたってなったら、ワンチャンあったかもしれないでごわす」


「それってつまり勝てないじゃないの!」


「いや……勝機はある。僕にいい考えがある!」



 勇者リオは快進撃は続き、彼は魔王城まで来ていた。四天王最強のゴーシュを倒した彼に敵などいなかった。


「おーい! 魔王ー! 退治しに来たぞー!」


「ふふふ。魔王様に合わせるわけにはいかないわ」


 四天王の三人が勇者リオの目の前に現れた。一体どうするつもりなのだろうか。


「お前達は誰だ!」


「ふふふ。僕たちは四天王さ。そして、わかっていると思うけどゴーシュは四天王の中でも最弱だった」


「何であんな雑魚が四天王になれたのかわからないくらい弱っちい奴だったでごわす」


「な、なんだと……」


 残された四天王がとった作戦。それはつまりハッタリだ。ハッタリをかまして勇者をこの勝負から降ろそうというのだ。戦わずして勝つ。正にポーカーで一か八かの賭けに出るアレである。


「私たちは全員ゴーシュより強いの。その私たち三人を同時に相手できるの?」


「き、汚いぞ! 普通四天王は一人ずつ襲ってくるものだろうが!」


「あーあーきこえなーいきこえなーい。そんな時代遅れな戦い方するのゴーシュくらいなもんだよ」


 流石の勇者リオも三人相手だと分が悪いだろうと。思ってくれることを祈るしかなかったけれど……


「俺は人類の未来のために戦って来たんだ! 今更退けるか!」


「あ、い、いやちょっと待ってよリオくん。やめとけやめとけ。きみは僕たちに勝てないんだ」


「そ、そうでごわす。命を粗末にするものではないでごわす」


「問答無用! 語りたいことは戦いの中で語れい! うおおおおおおお!」


 四天王三人は死んだ。たった一突きで三人纏めて殺されてしまったのだ。


「くくく。ここまで来たようだな。勇者リオよ。よく四天王全員を倒した」


「お、お前は魔王!」


「さあ来いリオよ! わしはそこで死んでいるゴミ共の100パーセントの実力を持っているぞ」


「ひゃ、100パーセントの実力だと……か、勝てるわけがない。でも退くわけにはいかない」


「そ、そうか……ならば来るがいい!」


「うおおおおおおお!!!」


 リオの勇気が世界を救うと信じて! ご愛読ありがとうございました。

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