先生と生徒

天野詩

先生と生徒

 屋上から飛び降りるのって、痛いのだろうか。


「こらー危ないだろ、落ちたら痛いぞー」


 驚いて振り向くと、白衣を着た人がそこにはいた。


(思考を読まれた……)


「先生、何してるんですか授業中ですよ」


「休憩だよ休憩。大体人間50分なんて集中力続かないんだよ」


 そう言って煙草を吸い始める教師。何で飛び降りようとするのかは聞かないのか。


「なんで飛び降りようとしてるか聞いてほしい?」


「……いえ別に」


 今人生でもっとも恐怖を感じているかもしれない。それこそさっき飛び降りようとした時よりも。


「そんな不審者を見るような目で見ないでよ先生泣いちゃうよ?」


「面白そうですね、泣いてみてください」


「とりあえずこっちまで来てくれたら考えるわ、俺職失いたくないし減給でも困る」


「それは、嫌です」


「なんで?」


「不審者の近くに行きたいと思う人がいますか?」


「ほんとに不審者扱いするなよ、もう泣きそうだよ」


 この人ほんとに涙目になってる……。


「冗談ですよ、でも戻るのは嫌です」


「そっか、わかった」


 そう言って先生はフェンスをよじ登り、15cmほどしかない足場に立った。


「何してるんですか」


「いやお前が来ないなら俺が行こうと思って」


 この教師馬鹿なんじゃないか?どうやってこの職業に就いたのだろうか。


まあ、どうでもいいことか。


「いい案が浮かんだ。俺、お前のこと買うわ」


「……は?」


 一体何を言っているのだろうかこの教師は。


「住む場所と毎日三食の食事(おやつ付き)と月30万でどう?」


「いや、どうと言われましても……」


 いきなりの提案に戸惑いが隠せない。そもそもこんなの先生にメリットはないはずだ。


「メリットはあるよ」


 メンタリスト並みに思考を読んでくる教師を前にして、もう手を離してしまおうかと思った矢先、フェンスを掴んでいた手に先生の手が重ねられる。


「俺、お前のこと好きなんだよ」


 そのまま重ねられた口から、煙草の苦い味がした。


「理由だけど、一目惚れだから」


 顔から燃えそうなほどの熱を感じる。心臓の鼓動も収まらない。

 けれど、気づかないフリをするように俯き、私は言葉を告げる。


「……信用できません」


「じゃあどうすれば信用してくれる?」


 恋なんてしたことがなかった。けれど、視線を上げたとき、先生の表情は私には真剣に見えてしまって。


「……もう一度、キスしてください」


「わかった」


 さっきより長く、優しく口づけられたキスからは、やはり煙草の苦い香りと、それに加えて何故だが甘い味がした。


 顔が離れたときの先生の表情に、私はもうこの教師からは逃げられないのだと悟った。

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先生と生徒 天野詩 @harukanaoto

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