真逆の夢、噛みつき
春嵐
真逆の夢
生き方が、少しだけ、違う。
生きるために生きているわけでも、目的や理由があって生きているでもない。しぬためでもない。
他人が生きるのを、邪魔して生きている。
例えば、道端にあるごみを拾う。困っている人を助ける。募金をする。そういう生き方。
ごみを拾えば、そこに捨てていいと誤解した人間がずっと捨て続ける。助けられた人は、また困ったときに誰かの助力を願う。募金は基本的に中抜きされて、一円も支援にならない。
それが、生きる楽しみだった。無駄なことをしている。誰かが、無駄なことこそが最も楽しいと言っていたっけか。
自分の行いを見て、称賛する人間がいる。真似したいと言い出す人間もいる。そういう類いを見るのも、好きだった。彼らは倫理というものについて、考えていない。なんとなく見た目で美しいと感じた行動を真似して、自己陶酔している。それもまた滑稽で楽しい。
車の気配。近くで、止まった。
「よお」
後ろから、声をかけられる。一応、いつ自分を殺してもいいとは伝えていた。背も向けるし隙も見せる。しかし、襲ってくることはない。
「仕事?」
彼が、端末から画像を見せる。今日の仕事先。ころすべき、人間。
「現場まで送って」
「いいぜ。乗れよ」
車に乗った。助手席で揺られながら、外の景色を眺める。
ころしを生業としている。
殺すのではなく、ころす。
人間の脳は、常に能力の全てを使っている。その負荷を意図的に上げると、人間は自我をなくしていく。要するに、生存に関連する行動しか起こさなくなる。
自我がないので他人と関わらず、種の保存欲求も消える。ただお金を稼ぎ、ごはんをたべ、眠るだけの空っぽな機械。それを作り出すのが、仕事だった。
人は、生きている。色々な理由で。私もまた、生きている。理由はないけど、他人の邪魔をして。
「おまえ、また人助けしてたんだってな」
「うん。他人を蹴落とすのが好きなの」
「素直じゃないな。まだ他人の邪魔がどうとか言ってるのか」
「わるい?」
「そろそろ心がおかしくなるぞ」
「わたし、心、ないから」
事実だった。人をころしても何も思わない。人を邪魔しても心がいたまない。心がないから。
「おまえ、つらくないか」
「なにが」
「いきるのが」
眠くなってきた。
「つらいといえば、つらいね」
「そうか」
「ごはん食べるの面倒だし、お風呂もトイレも、眠るのも面倒」
「つらいと面倒は違うだろ」
「わたしにとっては同じ。いまも、眠くなってきて」
気付いた。
目が、霞んできている。
「あれ」
「おれが、楽にしてやるって言ったら、信じるか」
「そっか」
しぬのは、私なのか。
「ありがとう」
「なにが?」
「解放してくれて。生きるのが、つらかった、から」
だんだん、ろれつも回らなくなってきた。
私ね。あなたのことが、好きだったよ。
発話できたか、わからない。伝わらなくても、それはそれでいいか。自分を殺してくれた相手に、好意を伝えてもどうしようもない。
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