踏切の女

青山えむ

第1話 踏切

 深夜零時れいじを回った頃、俺は家に向かってハンドルを握っていた。雨が降っていた。

 今週の仕事がやっと終わった。遅番おそばんの週は帰宅がこの時間になる。明日は(日付は今日になるが)休みだという嬉しさが隠れている疲労感。少しの安堵あんどもある。来週は早番だ。


 踏切にさしかかった。夜中は電車が走らないが、時々工事をやっている。臨時列車が走ることもあるかもしれない。俺は何時に踏み切りを通っても毎回必ず一時停止をする。当たり前の事だがきっかけがある。


 昔一度だけ踏切で止まらず警察に見つかったことがある。罰金はとても痛かったし警察にも「本当に危ないから今後は絶対止まるように」と強く言われた。これを機に踏切では絶対止まろうと決めた。決めるまでもなく決まりなのだが。


 左右を確認して車を発進させたその時、目のはしに何かが見えた。窓ガラスに反射したのだろうか。しかし……なんの反射だ?

 気になってブレーキを踏み、横を見ると目を見開いた女の顔が見えた。血のようなものがついた手も見える。幽霊!


 幽霊……踏切……。そういえば昔この踏切で自殺があったとかそんな話を聞いた気がする。

 怖い。俺は車を発進させた。雨で視界が悪い。事故でも起こしたら大変だ。慎重に運転しよう。

 幽霊よりも事故にう方が怖い。そう自分に言い聞かせて落ち着こうとした。



 次の日の午後、二人組の警察官が来た。


目黒めぐろつとむさんですね」

 フルネームで本人確認をされた。なんだろう。


「昨夜、〇〇近くの踏切を通りましたか」

 警察官は鋭い視線で言った。


「はい。通勤経路ですから」

 あの踏切? なんだろう、心臓の音が大きくなる。


「あの……何かあったんですか?」

「昨夜あの踏切付近で事件があったんですよ。女性が襲われて血だらけで保護されました」


 警察の説明によると、事件のあった時間帯にあの辺を走っていた車が証拠映像としてドライブレコーダーの映像を提出した。それが俺の後続車だったらしい。そこから俺の車のナンバーを割り出したと。


「目黒さんの車に被害者の女性が助けを求めているような映像が確認されたのですが、気づきませんでしたか」


 なんだって!? 女性が助けを求めていた? 幽霊じゃなかったのか。

 つまり……俺が幽霊だと思っていたあの女の顔は、だったのだ。


「気づきませんでした……あの、幽霊かと思っていました」

 俺は正直に喋った。俺は何も知らない、潔癖けっぺきの証拠は正直に喋ることだと思った。


「幽霊だと思った? つまり認識はしていたのですね」

 警察官は事務的に質問を続ける。


「認識というか……女の顔は見えました」

 認識という単語が俺を追い詰めた。助けを求めていたのに見捨てたのか、そう言われている気がした。

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