第170話 ぬるっと昇格した

 なんか、ぬるっと昇格した。


 冒険者ギルドのカウンターでいつものように納品を済ませる。


 すると、クールさんが奥の方から新しいギルドの身分証を持ってきたのだ。


 そして、笑顔で言った。


「ヤジンさんは正式に五級冒険者になりました。おめでとうございます」


 そう言うと、今までと模様の違う木札を渡してくれた。


 周囲の冒険者も無反応だ。


 なんか、すげぇあっさりしている。


 そりゃまぁ、トゥロンじゃ五級冒険者なんて珍しくもないよ。


 でも、もっとこうなんかあるじゃん。


「困難な依頼を達成してくれて、ありがとうございます!」目をうるうるさせ、頬を赤らめながら上目遣いでこっちを見るクールさん。


「おめでとう、ヤジン! すげぇじゃん! ヤジン!」


 祝福してくれる、周囲の冒険者。


「よーし! 今日は俺の奢りだ! 好きなだけ飲め!」

「「「「わぁーーー!」」」」

「「「「ヤ・ジ・ン! ヤ・ジ・ン!」」」」


 みたいなさ。


 ゴンズたちとレベルの壁を超えたときはお祭り騒ぎだったんだけどなぁ……。


 ちらりと冒険者たちに目線をやると、露骨に目をそらされる。


 うん、嫌われてんね。


 これ、あれだわ。


 冒険者たちとのコミュニケーション不足だわ。


 ずっとソロで活動していているので、俺は他の冒険者との交流がほとんどない。そんな状態なのに、裏ギルド関連で俺のやべぇ噂が流れてくる。


 そりゃ目もそらすわな。


 逆の立場なら、俺だってそんなヤバそうなやつと関わりたくねぇもん。


 冒険者たちと打ち解ける方法、なにか考えとかないとなぁ……。




 自己紹介のとき六級冒険者じゃ格好がつかないので、今までは『みなし五級』として対外的には、勝手に五級冒険者を名乗ってんだよなぁ。


 だから、正式にギルドから認定されても何かが変わるわけじゃない。


 苦労した割に達成感がないなんて考えるのは贅沢だろうか。


 そんなことを考えながら歩いていると、事務所に付いた。


 門番や受付に挨拶して、いつものように二階へ向かう。


 カールさんから報告を聞き、軽く指示を出して部屋を出た。


 リビングにはいつも誰かしらいて無駄話をくっちゃべっているのだが、今日は珍しく誰もいなかった。


 俺はリビングのソファーに腰を落とすと、ふぅと息を吐いて体の力を抜いた。




 塩漬け依頼は一区切り付いたが、薬師ギルドとの契約でこれからも納品を続ける必要がある。


 正式に昇格したとしても、やることは何も変わらない。


 それでもまぁ、頑張って勝ち取った地位だ。


 少しは自分を褒めてやるとしよう。




 裏ギルドの事務所が襲撃される可能性は低い。戦力も揃っている。


 裏ギルドの事務所という物騒な言葉の響きとは裏腹に、ここはかなりの安全地帯だ。


 俺は張り詰めていた気持ちを少し緩め、柔らかなソファーに身を委ねる。


 誰もいない静かで安全な空間。たまには、こんな場所でリラックスしながら過ごすのもいい。




 俺がつかの間のチルタイムを楽しんでいると、誰かが二階へ上がってきたようだ。


 気配察知スキルの反応からして、この人物は……。


「お、ヤジンの兄貴じゃないですか。へへへ、ちょいと失礼しやすよ」


 うわぁ、やっぱりハンスだ。嫌なヤツにあったなぁ。


 チルタイムを苦手な人物に邪魔されたことに少し気分を害したが、こんなヤツでも組織の正式な構成員だ。


 俺は内面をおくびにもださず、ハンスを笑顔で迎えた。


 この男はハンス。典型的なクズだ。


 小悪党の要素を全てかき集め擬人化した存在と言っても過言ではあるまい。


 上には媚びへつらい、下には高圧的に接する。


 金に意地汚く、口が軽い。


 自力でビジネスを展開するほどの知恵はなく、かと言って黙って搾取されるほど馬鹿でもない。


 ほどほどの恐喝とほどほどの悪事で小さく儲ける。組織に大きな利益をもたらすわけでもなく、抗争なんか起ころうモノなら真っ先に逃亡しそうな根性なしである。


 一か月ほどの付き合いしかない俺にここまでボロクソに思われているのだ、正直褒める部分を探す方が難しい。


 こんな人物が、よく組織の正式な構成員になれたな。よく処されないものだ。


 最初の頃はそう思った。


 しかし、ある程度付き合ってみるとこいつの良さがみえてくる。


 まぁ、良さといっていいのか難しいところではあるが……。


 こいつはまぁ、アレだ。一言で表すなら『奇跡のクズ』だ。


 情報を売るなど、組織を裏切るようなマネはしない。忠誠心があるからではなく、そんな度胸も知恵もないからだ。


 かと言って、一般人に舐められるほど大人しくはない。


 間違いなく凶暴な部類ではある。


 口は軽いが、根は臆病なので組織の重大な秘密なんかは絶対漏らさない。


 ここで構成員たちがくっちゃべる雑談なんかを、酒の席でポロッと漏らすぐらいだ。


 こう、なんていうかバランスがいいのだ。


 一般人から舐められたり、組織から処されるギリギリのラインで踏みとどまっている感じ。


 この絶妙な感じを周囲の人間がうまく利用しているのだ。


 ハンスはクズだ。当然、ハンスの周りに集まってくる人間も小悪党のクズやケチな商人ばかり。


 そういった人間にハンス経由で組織の都合の良い情報を拡散させる。


 他にも、他の構成員が始める新しいビジネスの噂を流して宣伝代わりにしたり、関連商品の物価を操ったり。


 組織の情報を拡散するというリスクのある行動を代わりにやってくれて、組織を裏切ることもない。


 行動が読みやすく、操るのも容易な都合のいいコマ。


 多様性、適材適所とはよく言ったもので、忠誠心の溢れた有能な人材だけでは組織は回らないのだ。


 とくに、裏ギルドのような特殊な組織は。


 こいつのニヤけた面を見ていると顔面をぶん殴りたくなるのだが、こんなヤツでも組織を円滑に回す重要なパーツのひとつだ。


 こいつのおべんちゃらに付き合ってやるとしよう。




「ヤジンの兄貴って、本当に人を喰ってるんですかい?」


 ハンスと中身のない会話を続けていると、急に際どい話題をぶっこんできやがった。


 おそらく、この会話がハンスの本命。俺から聞き出したい情報なのだろう。


 飲み屋で話題にでもするのか、それとも商人に情報でも売って小遣い稼ぎするのか。


 どちらにしろ、ハンスの思惑どおり動くのは面白くない。少しからかってやることにしよう。


「喰うわけねぇだろ、まずいのに」

「ですよねぇ、いくらヤジンの兄貴でも人は喰わねぇですよね……って人間ってまずいんですかい?」

「あぁ、人間は肉を喰うだろ? 例外もあるが、喰ってウメェ肉ってのは草を喰っているヤツが多いんだよ」

「あー確かに、狼の肉は固くて臭いですもんねぇ」


 ハンスは、ウンウンと頷く。リアクションが大きくて、太鼓持ち感が半端ない。ただ、相槌のタイミングが絶妙なんだよなぁ。


 こういうのに慣れてないヤツだと、ついつい気持ちよくなって余計なことまでベラベラと喋っちまうだろうな。


 ゴンズならイチコロだろう。


「それによ、人間の肉ってのはカロリ……いや、腹持ちが悪いんだ」

「へぇー、人肉ってのは腹持ちが悪いんですか」

「あぁ、不味くて腹持ちが悪い肉なんてわざわざ喰いたいと思うか? 他に喰うものがねぇなら別だけどよ」

「確かに、言われてみればって……」


 ハンスは、錆びた歯車のようにギギギと引っかかりながらこちらを向く。


「兄貴、なんで人肉がまずいとか、腹持ちが悪いとか知っているんですかい?」


 俺は歯をガチンと鳴らすと、牙を向くように笑った。


「さぁ、なんでだろうな」


 そして、じっとりした目でハンスを見つめる。


 ハンスはダラダラと汗を掻きながら、目を白黒させる。


「あっ、用事があるんだった! ヤジンの兄貴すまねぇ! ここで失礼させてもらいやす!」


 そう言うと、ハンスは逃げ出すようにリビングから飛び出していった。


「くふ、くはは。ははははははは」


 あー、笑った笑った。


 めっちゃいいリアクションするじゃん、ハンス。


 表情がコロコロ変わって面白かった。アイツが処されない理由がまたひとつ分かった気がする。




 しばらく笑って、気分が落ち着いてから気付いた。


 ハンス経由でヤジン食人族説が広まるのでは? まぁ、舐められるよりはいいか。


 ただ、そんな噂が広まったらますます冒険者たちとの溝が深まるのではないだろうか? 嫌な考えが頭をよぎる。


 冒険者たちとの関係改善は……まぁ、あれだ。


 未来の自分がなんとかしてくれるだろう……。




 ハンスをからかってから数日。


 特に大きな問題もなく仕事は順調そのもの。


 冒険者ギルドに薬草を納品して、正式な五級冒険者としての初仕事も無事終了。


 多少の疲労感はあるが、仕事を終えた開放感から足取りも軽くなる。


 宿に着くと、コンシェルジュさんから伝言を伝えられた。


 試作品が完成したので、工房に来て欲しい。


 ベンとエマさんからの伝言であった。


 闇落ちしてしまった俺は、以前のように二人に受け入れて貰えるだろうか……。


 新装備への期待と、二人への不安。


 複雑な心境を抱えながら、俺は身支度のため部屋へと向かった。

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