第03話 ゴブと腰蓑と俺
狩りを始めてから数日たった今日、はじめてモンスターに遭遇した。
動物を捕まえるためのシンプルな罠を設置して、木の上で待ち構えていたところにモンスターがやってきたのだ。
「ゲギャゲギャ」
「ギャガギャゲギャギャ」
「ゲギャギャ」
皆さんお馴染みのモンスター、ゴブリンさんと初遭遇である。
うわー、本当にゲギャゲギャって言うんだ。やばい、テンションが上がる。
そう思っていたが、ゴブリンの手に握られたモノを見て浮ついた気持ちはすぐに消えた。
ゴブリンの手にはぐちゃぐちゃになった小動物の死体が握られていたのだ。
それを見た瞬間、スッと俺の中でスイッチが切り替わる。
獲物を捕らえるための傷じゃない。
明らかになぶり殺した
生きるための狩りではなく、楽しむために殺したことが
人間に似た人型の生物だが、わかり合える存在ではないことを心の底から理解した瞬間だった。
ゴブリンたちは、俺の仕掛けた罠の近くへと歩いく。
もうすでにゴブリンたちは異世界で初めて会った知性ある生き物ではなく、駆除する対象として考えている。
こっちは一人。向こうは三体。平和的なコンタクトを……なんて温いことを感がえていたら生き残れない。
あの、やる気のない神様はレベルがある世界だと言っていた。
この接触をポジティブに考えよう。経験値を稼ぐチャンスだ。
俺はゴブリンが罠に掛かるのをジッと待った。すると、罠の付近でゴブリンがスンスンと鼻を鳴らす。
そして、俺の仕掛けた落とし穴などの罠をあっさり見破った。
そうだった、匂いを消さないと駄目だった。すっかり失念していた……。俺は自分の失敗に気付き、気持ちがどんどん沈んでいく。
すると、ゴブリンたちが罠を指差し大爆笑している。まるで間抜けな奴だな、とでも言わんばかりだ。
ゴブに馬鹿にされて俺は顔真っ赤である。
気が付くと俺は怒りと共に木から飛び降り、ゴブリンの頭に杖代わりにしていた木の棒を叩き付けていた。
木の上に俺が潜んでいることに気付いていなかったようで、ゴブリンたちは驚いたまま固まっている。
木の棒を叩き付けたとき、確かな手ごたえを感じた。
頭を殴られたゴブリンは、糸が切れた操り人形のようにばたっと倒れる。
しかし、力いっぱい叩き付けたせいで木の棒が折れてしまった。
武器は失ったが、俺には空手がある。同じ人型、磨いた技術はゴブリンでも通用するはずだ。
冷静に周囲を見回し、敵の戦力を確認する。ゴブリンは三体、一体倒れて残り二体。
俺は突然の出来事に驚き固まっているゴブリンの喉めがけて、
ぐちゃっと喉がつぶれる感触と共にゴブリンが倒れる。
残り一体のゴブリンはようやく事態に気付く。突然現れた襲撃者である俺に敵意をむき出しにして、うなり声を上げながら粗末な棍棒で殴りかかってきた。
大振りの軌道丸分かりの攻撃だ。俺は冷静に横に避け、がら空きの顔面に正拳突きを放つ。
「せい!」
気合と共に放たれた正拳突きはゴブリンの人中にヒット。体重の軽いゴブリンは後ろへ吹き飛んだ。
右手に残る確かな手ごたえ。俺はゴブリンの大ダメージを確信する。
しかし、ゴブリンはふら付きながらも起き上がってきた。
そうか、急所が人体とは違うんだ。俺は自分のミスに気付き舌打ちをした。
ふら付きながらも狂ったように棍棒を振り回すゴブリン。最初の攻撃は動揺したままだったこともあるのだろう、回避しやすかった。
しかし、今は手負いのゴブである。死に物狂いで繰り出す攻撃は、ゴブリンとはいえ脅威だった。
下手に綺麗な攻撃より、こういう荒い攻撃の方が避けにくい。
しばらく回避に集中することにしよう。
ある程度回避を続けていると、攻撃に目が慣れ攻撃も鈍ってきた。ゴブリンのスタミナが切れたようだ。
わざと隙を作り、攻撃を誘う。スタミナが切れたゴブリンは、罠とも知らずチャンスに飛びついた。
疲れてキレの無い攻撃に
上から振り下ろした棍棒が空振りになり、隙だらけのゴブリンの延髄に手刀を叩き落とした。
「えいしゃあああ」
気合と共に放たれた手刀はゴブリンの延髄にめり込み、ゴブリンの体がブルリと震えて動きが止まった。
俺はダメ押しとばかりに、ゴブリンの脳天に肘を縦方向に落とし突き刺した。
「せりゃあああ」
ぐしゃりと何かが潰れるような音の後、ゴブリンの鼻からドロリとした粘着性の液体が流れ、そのままバタリと倒れ動かなくなった。
俺は油断すること無く他のゴブリンにも目を配る。
最初に木の棒で殴ったゴブリンは頭から血を流して死んでいた。割れた頭からは大量の血液が流れ出し、ゴブリンは血の海に沈んでいる。
二体目のゴブリンはまだ息があった。喉が潰れて呼吸ができないのか、苦しそうにもがいている。
俺は二体目に近づくと頭を踵で踏みつけ止めを刺した。
俺は三体のゴブリン全員を視界に入れられる位置まで下がり、今の騒ぎで他のモンスターや動物が来ていないか気配を探る。
足音も気配もないと判断し、ゴブリンも動かないことを確認してからようやく『ふぅ』と息を吐いた。
ゴブリンの強さも確認しないまま、ついカッとなってやってしまった。今は後悔している。
物語によってはゴブリンはそこそこ強いという作品も多かった気がする。勢いでやってしまったが、危険な行為だった。猛省しよう。
ゴブリンたちの死体をあさり戦利品を確認したが、粗末な棍棒のみである。
どうなってんだよ、普通は冒険者から奪った錆びたナイフとかあるだろ。
というか
気を取り直して討伐証明回収タイムだ。
異世界モノのライトノベルとかだと、耳が討伐証明だよな。
ゴブリンの死体を前に俺は迷った。
一応耳を取っておきたいが刃物が無い。耳は捻りながら手前に引くと千切れると聞いたことがあったので、嫌だったが試してみた。
最初は強い抵抗を感じたが、思い切ってビッと引き抜くと抵抗が弱くなり一気に耳を引きちぎることができた。
なかなか嫌な感触が手に残ったが、他に方法がない。頑張って続けることにしよう。
断面は汚いが、何とか耳を削ぐことができた。
しかし、これ腐るよな……。
どうしよう。
仕様がない、ドライフルーツ作っている乾燥場の近くに置いて乾燥させるか。
食べ物の近くに置くのは抵抗が有ったが、この耳が現金に変わる可能性を考えると腐らせることはできない。
人型の生き物を殺したせいなのか、命懸けの戦いを行ったからか。あるいはその両方か。アドレナリンが大量に分泌されて、手の震えが止まらない。
生き物の命を奪ったことに対して、ズンと心が重くなる。
ダメだ、今の俺には『落ち込んでいる余裕』なんてない。
なんとか気持ちを切り替えないと……そうだ、ステータス確認しよう。
俺はゴブリンの耳を削いでから拠点に戻り、安全な場所でステータスを確認することにした。
転生初日、拠点で落ち着いてから初めてステータス画面を開いた。
そこに表示されたステータス表示が、クソの役にも立たない。
レベルとスキルしか書いていないのだ。次のレベルに必要な経験値なんて親切機能どころか『力』や『すばやさ』などの数値も、HPやMPの表示すらも無い。
レベル
一
スキル
KARATE
これだけである。これ意味あるのか? というか何で空手がローマ字表示なんだよ。
海外のインチキ『KARATE』道場か! BABY〇ETALの曲なのか! 長年真剣に空手やってきたからすげぇむかつくんだけど。
あの神の仕業か! マジでクソの役にもたたねぇな、このステータス。
その後、ステータスを見るたびにイライラしてしまうので、なるべく見ないようにしていたのだ。
ゴブリンを倒したことで、久しぶりにステータスを確認してみた。
レベル
二
スキル
KARA-TEE
なんで外国人風の発音になってんだよ! カラーティってなんだよ。
あの神、絶対見てて煽ってんだろ! この世界の神も実はお前だろ!! ふぅ~落ち着け素数を数えるんだ。
空手を馬鹿にされてかなり頭に血が登ったが、一応あの神様は俺のことを見ているらしい。
完全に無視されるよりはマシかと、気持ちを切り替える。
レベルが上がっていた。なんだかんだいって少し嬉しい。
後で身体能力のチェックしないとな。
これからは、なるべくゴブリンを狩ってレベルを上げておくことにしよう。
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