第91話 貫目が違う
村に到着すると、日は沈み海に飲み込まれるところだった。オレンジ色の光が海面を照らす。
朝日とは違い、夕日はなぜこんなにも郷愁を誘うのだろうか。
胸に去来する
こんな気分も悪くない、余裕がでてきた証拠だ。俺は背中にパピーの温かさを感じながら、海に沈む夕日を眺めていた。
いつもは、日が沈み静寂と暗闇に包まれるカトーリ村。だが、今日は違う。
地球の照明に比べるとあまりにも貧弱な光。だが、風に揺らめく炎の光が薄暗い周囲を幻想的に照らす。
転生する前は、日が落ちても当たり前に活動していた。だが、この世界では灯りは高級品。人々は日が沈めば寝てしまう。
普段は寝ている時間に活動していることが、村人たちをワクワクさせていた。
子供の頃、大晦日だけ夜更かしを許された、あの特別な感じと同じなのだろうか? 俺からしたらちっぽけな、村の人たちからしたら大きな非日常。
揺らめく炎に微かに照らされた村は、住み慣れた村を幻想的な別世界へと変えていた。
そして……。
その雰囲気に当てられて、村中でカップルがハッスルしていた。
気配察知に引っかかる、ハッスルカップルの動きがうざい。リア充どもめ、村であんなに血なまぐさいことがあったのにもうパコってやがる。
俺が狂ったメルゴを命懸けで倒したってのに、いいご身分だぜ。
イライラした俺は、人を避けるように船着き場へとやってきた。
真っ暗な海が、篝火の淡い光に照らされ艶やかに光る。淡く光る海は、何故だか女性の肌を連想させた。
周りの空気に当てられているのだろうか? メルゴとの死闘で子孫を残す本能がうずいている? どちらでもいい。
どうせ、ボッチの俺には関係ないのだから……。
夕日に感じる
俺は深く深呼吸をしながら、目を閉じ波の音に集中する。波の音とパピーの温もりが、俺のざわめいた心を穏やかにしてくれた。
祭りの空気に当てられ、どこかふわふわと気持ちが浮ついていたのかもしれない。深呼吸することで、今ではしっかりと地に足が付いている。
空を見上げれば満天の星。耳をすませば聞こえてくる、寄せては返す波の音。地球にいたころなら、最高の癒しスポットだと思う。
だが、ここは異世界。本当の意味でリラックスできる場所などありはしない。こんな場所にいても、俺は完全に気を抜かず気配察知で警戒を続けている。
体は、何があってもすぐ反応できるようになっている。気を張り過ぎず自然に警戒ができている自分を誇らしく思う。
それと同時に、地球にいた頃のように、心の底から気を抜くことはもうできないのだろうな。そう寂しく思う。
良くも悪くも、異世界への順応が進んでいるようだ。そのことが、嬉しくもあり寂しくもある。
不思議な感覚を感じていると、気配察知がこちらに向かって歩いてくる男の反応を捉えた。
男は、俺の横に並ぶように立った。チラリと目線を向けると『THE村長』といった感じがする、長いあごひげの老人が立っていた。
敵意は感じられない。油断せず、警戒を続けながらも海を見続ける。老人も、俺に目線は向けず海を見ていた。
これが美人の女性ならな、そんな風に思った。ドラマなどでよくあるシチュエーションだし、少し憧れがある。
お互い沈黙が続く。いったい何の用だろう? 凄腕の暗殺者とかか? やばい、変なフラグが立っちまう、そう焦っていると老人が話しかけてきた。
「今回の件、お
老人の言葉に反応し、体が即座に戦闘態勢に入る。
「ほっほっほ。落ち着きなされ、何もせぬよ」
体は動かしていない。なのに、俺の変化に気付いている。俺は警戒レベルを上げた。
「おぉ、怖い怖い。お
人を喰った爺さんだ。完全に場の空気を支配された。
この爺さんは対話がお望みのようだ。言葉を慎重に選んで話すとしよう。
「それを知ってどうする?」
「これでもこの村の村長でのう。今後の運営などを話したいと思ってな」
「アルゴと話せばいい。網元はアイツだ」
「ふむ、黒幕殿は運営には関わらないと?」
俺が村の運営? 何言ってんだ爺さん。
あぁ、そういうことか! アルゴを傀儡にして村を乗っ取るつもりだと思われているんだ。
全く想像していなかった。だけど言われてみればよくあるシチュエーションだ。傀儡を頂点に据え、後ろ盾になりつつ実権を握る。
ヘタレで見栄えだけはいいアルゴは最高の傀儡になるだろう。田舎の漁村とはいえ、それなりに裕福だ。うまいこと支配すれば、美味しい思いができる。
爺さんに言われて初めて気付いた。かなり美味しそうな話だ。いっちょチャレンジしてみるか? いや、俺には無理だろう。
そんなに甘い話じゃない。いつか事故に見せかけて消されるのがオチだ。竜魚を食べて、少し贅沢しながら怪我を治す。俺にはそれで十分だ。
「アルゴとは契約しただけだ。報酬が支払われれば、ここから去る」
「ふむ……。それで報酬とは?」
「契約内容を他人に話すことはできない」
「そこを何とかなりませぬかのう? 儂が力になれることもあるかもしれませぬ」
契約内容を他人に話せないと恰好付けてみたが、どうせ竜魚を俺が食べる段階になったらばれるんだからいいか。小難しい駆け引きなんて俺には無理だしな。
「……竜魚だ」
「は?」
俺が竜魚と答えると、村長は片眉を上に吊り上げ、こっちを見た。
「アルゴを網元の座に就けたら、竜魚を報酬で食べさせてもらうことになっている」
「竜魚じゃと? それだけのために、メルゴと戦ったと?」
コイツ何言ってんだ? 村長がそんな感じで俺に聞いてくる。
「アルゴにも言ったのだが、その場所の限られた人しか食べれない美食というのは、本人たちが思っている以上に価値がある。ましてや『金をだせば食える』といった物ではない竜魚は価値が跳ね上がる」
「確かに、竜魚を町で売れば、すごい値段になりますがのう」
村長はまだ納得のいかない、そんな顔をしていた。
「とにかく、竜魚を食べたらこの村を出ていくさ。村長殿の心配するようなことは起きない。できれば足の怪我が治るまでは村に滞在させてもらえると助かる」
ここで、俺はあえて怪我をしていると村長に告げた。自分の弱みを見せることで、敵意は無いと暗に伝えるためだ。
「ふむ、黒幕殿の怪我が治るまで、村で丁重におもてなしさせてもらいます」
「そうしてくれると助かるよ。後はアルゴを支えてやってくれ。アイツは見てくれだけが立派な張りぼてだ。だが、地頭はいい。しっかり教育すれば物になる」
「なぜそこまで、アルゴ殿に肩入れするのじゃ?」
「なに、恩を売っておけばいつかまた、竜魚を食べる機会があるかもしれない。そう思っただけだ」
「黒幕殿はまことに食道楽ですな」
「不細工で女性にはモテない。酒が美味しいとも思えない。食い物ぐらいしか人生の楽しみがなくてね」
俺は外国人のように、両手を上げながら肩をすくめる。
「ほっほっほ。それは難儀ですな。村にいる間は、新鮮な魚を楽しんでくだされ」
「村長殿、お心遣い感謝する」
「メルゴの悪政から解放して頂きました。こちらこそ、村を代表して感謝いたします」
村長は急に真顔になり、俺に頭を下げた。
俺は海から視線を外し、村長の方を向く。今まではお互い海の方を向いてしゃべっていた。ここで初めて、お互いの目をみる。村長の目は長い人生経験を経た、吸い込まれるような目をしていた。
「それでは失礼しますじゃ、黒幕殿」
「あぁ、村長殿。貴殿と話せて良かったよ」
「アルゴ殿をここに呼んできます、そのままお待ちくだされ」
そう言うと、村長は去っていった。
俺は額の汗を拭く。謎の緊張感があった。村長の言った通り、俺がその気になれば村長の枯れ枝のような首は簡単に圧し折れる。
それなのに、謎のプレッシャーを感じた。人間としての器が違う、そう思った。
いつでも自分を殺せる能力を持った相手。俺と対峙していても、アルゴを呼んでくれるという細やかな気遣いを見せる余裕すらあった。
メルゴという暴君がいる状態で村を運営してきた村長は、外見とは違い
ろくな人生経験を積んでいない俺とは貫目が違う。単純な武力とは違う人の強さに触れ、俺も少しは大きくなれただろうか。
空を見上げれば、煌めく星々が空を埋め尽くしている。星空はどこまでも続き、果ては見えない。
星空と波音に抱かれながら、自分の小ささを自覚した夜だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます