第59話  田舎の宿屋

 村に入った俺は周囲を見渡した。


 絵に描いたような田舎の村で、宿屋らしき店は一軒だけ。他の店も雑貨屋、武器屋兼鍛冶屋と必要最低限の店があるだけだ。


 一応、必要最低限の店はそろっている。


 しかし、周囲は閑散としていた。先に宿を取ろうと思ったが、日が暮れて店が閉まる前に武器を売ってしまいたい。


 邪魔なので早く現金に変えたいのだが、この規模の村だと黒鋼武器など高すぎて買い取りできないのではないだろうか? 俺はダメ元で武器屋へと向かった。


 店内は鍋や包丁などの調理器具がメインで、武器は隅の方で埃を被っていた。だめだこりゃ、そう思いながらレジカウンターを見る。店員が見当たらない。


「こんにちはー」


 少し大きめな声で店の奥の鍛冶場、もしくは生活スペースと思われる場所に声を掛けた。


「あいよー、今行くからまっててくれ」


 店の奥から野太い声が響く。それから少し経ち、無精髭を生やした小汚い男が店の奥から出てくる。


「らっしゃい、何の御用で?」

「武器を売りたいのですが」

「ちょいと品を見せてくんな」


 俺は黒鋼のブロードソードを一本渡す。店主は武器を眺めながら、俺に話しかけてきた。


「にいちゃん、ここら辺で見ねぇ顔だが旅人かい?」

「ええ、まぁ」

「どこに行くんだい?」

「とりあえず、大きな町にでも行こうと思います。ここら辺で一番大きな町を教えて頂けますか?」

「大きな町ってぇと、グラバースだな。街道をまっすぐ2~3日行くと、バースって町に着く。その町がここら辺とグラバースをつなぐ中継地点になっている。そこからなら馬車の定期便も出ているし、迷わずに行けると思うぜ」

「ありがとうございます」


 そんな風に世間話をしながら情報収集をしていると、武器の査定が終わった。提示された金額はあまりにも少ない。


 売るのは止めますと伝え店を後にした。


 この国では黒鋼は安く、あれが相場なのか。それとも買い叩こうとしたのか。理由は分からないがさすがに安すぎる。


 荷物になって邪魔だが、この状態で山を抜けてきた。大きな町まで運ぶ労力など今更と言った感じだ。無理して安く売る必要はない。



 少し歩くと宿屋へ到着した。宿屋の中へ入り周囲を見渡す。わずかばかりの食事スペースと、少数の客室しかないこじんまりとした宿だった。


「いらっしゃいませ」

「一泊、おいくらでしょうか?」

「夕食と明日の朝食が付いて銀貨1枚になります」


 た、高ぇ。何というぼったくり価格。ロック・クリフなら高級宿に泊まれる値段だ。駆け出し冒険者御用達の安宿なら10日は泊まれる。


 もっとも、安宿は大部屋で雑魚寝。食事はカチカチのパンと薄い塩スープだけという、劣悪な環境だが。


 それにもして、こんな田舎のちんまい宿で要求していい値段ではない。一瞬、ビキリとコメカミに血管が浮かびそうになった。


 しかし、他に選択肢がない。怒りを押さえ、なんとか我慢した。


 ド田舎では物々交換が主流のため、行商人相手ぐらいしか金が使えない。金の価値が低いため、物価が高くなるとアルから聞いたことはあった。


 だけどこの村は宿以外にも店はある。村の中で、ある程度金は回っているはず。貨幣経済が浸透していないということはないと思う。


 この村に宿は一軒だけなので吹っ掛けてきたのだろう。嫌なら野宿でもしやがれということらしい。ムカついたが、どうせ今日一日泊まるだけだ。


 黒鋼の武器を売ればまとまった金も手に入る。この程度の金額で揉めるのは得策じゃない。俺はそう思い、銀貨を一枚手渡した。


 俺から金を受け取った小太りのおばちゃん。『THE田舎のおばちゃん』といった感じの宿の女将が、一瞬変な表情をした。


 何だあの表情は? 少し気になったが、女将はすぐに笑顔になった。


「一番奥の部屋になります。夕食はすぐに食べられますか?」

「ええ、お願いします」


 俺はそう答えると、荷物を置くため一番奥の部屋へと向かう。なんだか、嫌な予感がする。気配察知で俺以外の泊り客が一人いるが、そいつの部屋は一番手前。


 お互いの生活音が聞こえない配慮なのか、それとも……。


 部屋に入るなり、嫌な匂いを嗅ぎ取った。強化された俺の嗅覚が、かすかに残る血の匂いを嗅ぎ分けたのだ。


 壁に見えるシミも、おそらく血液だろう。


 この部屋にルミノールを撒いたら、そこら中光ってクラブのブラックライトみたいになるんだろうな。


 壁や扉もやたらと分厚い。これはアレだね、悲鳴が漏れないようになっているね。俺は見事に獲物認定されたらしい。


 この宿屋、アレですわ。ハード系の転生物でおなじみ、盗賊宿屋ですわ。



 昔、中世のことをなんとなくネットで調べていた。その中で気になる記事を見たことがある。


 中世の領主が出した命令書が現代に残っていて、その内容がめちゃくちゃだという記事をだった。


 ある一帯で旅人の失踪事件が多発した。訴えを聞いた領主は騎士団を動かし、一帯の盗賊を壊滅させた。


 それでも失踪事件は続いた。次に領主が出した命令は、一帯の宿屋の店主を全員処刑することだった。


 私の読んだ記事は、中世には基本的人権などなく、領主が無茶苦茶な命令を独断で出していた。恐ろしい時代だった。


 そんな切り口だったが、俺はなぜ宿屋の主人を処刑したんだ? そう不思議に思った。そしてしばらく考えてぞっとした。


 宿屋の主人が、行方不明になっても問題になりそうにない旅人を殺害して金品を奪っていたのだと気付いたからだ。


 個別ではなく、一帯の店主全員を処刑する領主も極端だが、そういった行為が横行していたための処置なのだと理解して恐ろしくなったものだ。


 治安が悪いにもほどがあるだろ。当時はそう思ったが、まさか自分がその盗賊宿屋のターゲットにされるとは……。


 この後は、食事に睡眠薬でも混ぜ、寝てる間に殺して金品を奪うって感じかね。


 部屋のかんぬきを注意深く見てみると、外側から開けられるように細工されていることが分かった。


 逃げるか? リスクを減らすならそれが一番だ。


 だが気に入らねぇ。俺がここで逃げても犠牲者は出続ける。変な正義感が顔を出している。


 それに、こんな田舎じゃ、不意打ち以外で俺を殺せる存在が居ないと確信できる。


 何より、せっかく人里に出れてハッピーだった俺の気分を最悪にしたのが許せねぇ。すでに山に帰りたくなっている。


 俺を殺して金品を奪うってことは、自分たちが殺されて金品が奪われる覚悟もできてるってことだよな。


 金はいくらあっても困らない。アスラート王国での初仕事、気合を入れて頑張るとしよう。




 何食わぬ顔で食堂に顔をだし、夕食を食べる。意外にも食事に毒の類を見つけられなかった。すると女将がコップを持ってきて俺に言った。


「お客さん、エールです。最初の一杯は宿泊料に含まれていますが、二杯目からは別料金です」


 そう言ってエールを置いていった。


 俺は舌の上にちょろっと乗せるように、エールを口に含んだ。酸っぱい。このエール、発酵段階で温度管理をミスってやがる。


 最初に微妙な炭酸と強い酸味。その後、独特のスッとする風味を感じた。


 エールは味を整えるためにハーブなどを混ぜることが多い。その中に、ミントのスッとする感覚を弱くしたような、ミーン草というハーブがある。


 スッとする感覚だけではなく、安眠効果もあるハーブでエールに混ぜられていることが多い。だが、このエールはミーン草の分量が多すぎる。


 ミーン草は乾燥させ、成分を濃縮させることで睡眠薬になる。


 強烈な睡眠薬ではなく、寝つきが良くなるとか、いつもより眠りが深くなるなどの軽い効果しかない。一般でも広く使われているハーブだ。


 わざと酸味がキツイエールに混ぜることで、ミーン草が多量に含まれていることをごまかしているのだろう。


 一杯目はサービスといわれるとつい飲んでしまうだろうし、エールがクソ不味いからハーブが多めに入っているのだろうと思わせることもできる。


 ここら辺は辺鄙で街道もデコボコ。


 旅人は移動で疲れているだろうし、疲労で眠りが深くなる。そこに安眠効果のあるハーブがたっぷり入った酒を飲ませる。


 あからさまな薬を混入すると、バレるリスクが高まる。普通に使われているミーン草なら、万が一ばれたとしてもいくらでも言い訳が利く。


 こいつら手慣れてやがる。


 俺はエールを一気飲みしたふりをした。喉奥と口いっぱいにため込み、頬をぱんぱんにしたまま、立小便に行くふりをして外で吐き出した。


 そして、食事を終えるとあくびをして眠たいアピール。その後、女将にご飯おいしかったですと声を掛けて部屋へと戻った。


 部屋のベッドは、藁の山にシーツを掛けただけの粗末な物だったが、幸いシーツは綺麗に洗われていた。



 相手が動き出すのは夜中だろう。


 眠ってしまわないように、壁に背中を預けたまま座る。体力を回復させながら、気配察知で相手を観察した。


 草木も眠る丑三つ時。気配察知に反応があった。人型の反応が三人分近付いてくる。俺は気配察知の範囲を狭め、精度を上げる。


 宿屋の女将と、常に宿屋の奥の方に反応があった店主。そして門番をしていた男だと分かった。


「あいつ、黒鋼の武器を持っているって本当かい?」

「あぁ、武器屋のオヤジが言っていたぜ」

「あいつが5級冒険者ならやばいんじゃないか?」

「何ビビってんだい。今頃あいつはミーン草たっぷりのエールを飲んでぐっすりさ」

「あぁ、それに黒鋼武器は売りに来たらしい。チビで弱そうだったし俺にもあっさり金を払った、多分どこかで盗んだか、モンスターにやられた冒険者の武器でも拾ったんだよ」

「そうか、それなら良いんだ」

「今回は儲かりそうだね。吹っ掛けたらあっさり払ったし、相当金を持ってるに違いないよ」

「黒鋼武器だって相当高く売れるぜ」

「あのケチなオヤジがそんなに金を出すか?」

「どうせ行商人かバースの町にでも売るんだから、俺たちが直接売ったらどうだ?」

「情報を渡しただろってごねられても面倒だ。それに、昔から武器関係はあのオヤジに任せるって取り決めだからね。分け前だけでも相当な金になるんだ。欲を出しすぎるとろくなことがないよ」


 扉が厚いから聞こえないとでも思っているのだろうか? それともミーン草の効果でぐっすり眠っているとでも思っているのだろうか。


 部屋の前でぺちゃくちゃとおしゃべりをしている。素人丸出しじゃねぇか。こんなので今までよくうまくいってたな。


 油断は禁物だが、思ったより楽な展開になりそうだ。俺はナイフを握るとベッドに入り、眠ったふりをする。


 すると、ガサゴソと音がしてから、かんぬきが音を立てて動きだす。外側からかんぬきが開けられ、下手くそな忍び足で門番がそっと近寄ってくる。


 門番が剣を振りかぶり、俺に突き刺そうとした瞬間。俺は飛び起き、門番の胸にハンティングナイフを突き刺した。


 俺に胸を突かれた門番は目を見開いて驚き、そのまま息絶えた。


 俺はナイフから手を放し、驚いて固まっている宿屋の主人に手刀を放つ。手刀が横から首に当たり、ベキっと首がへし折れた。


 俺は扉をしっかり閉め、その前に立った。


「きゃあああああ」


 小太りの女将が、意外とかわいい声で悲鳴を上げた。


「好きなだけ叫ぶといい。この部屋は壁も扉も厚いから音は漏れない。あんたの方がよく知ってるだろうけどな。どれだけ叫ぼうが誰にも聞こえない、誰にもだ」


 俺はそう言うと死体の胸からハンティングナイフを抜き取り、ブルブルと震えている女将へゆっくり近付いていった。





 震えるほど怯えていた女将だったが、なかなか金の隠し場所を吐かなかった。指を二本落としたところで、ようやく金の隠し場所を吐いた。


 だが、女将の表情を見てまだ何かを隠していると思った俺はさらに指を落とす。片手の指がなくなっても女将は何も話さない。


 強欲もここまでくるとすごいな。人の業の深さに驚愕しながら、攻める方向を変える事にする。


 女将、お前の命が助かることはない。あの世に金は持っていけない、苦しまずに死んだ方がいい。今までそう言っていたが、かたくなに口を閉ざしていた。


 なので、違い方面から攻めてみた。しゃべらなければキサマの死体を穢しアンデッドにする。そう耳元でささやいた。


この世界の人間はとても信心深い。アンデッドになると魂が穢され、天国に行けないといわれている。


 まぁ、強盗殺人を繰り返した女将が天国に行けるはずがないのだが……。


 さすがに、死体を弄びアンデッドにすると言われ心が折れたのか、隠していた貴重品の場所も吐いた。


 女将を縛り動けないようにする。聞き出した金と貴重品の隠し場所を確認すると、戻って女将に止めをさした。


 なんの恨みもない冒険者を殺すのと違い、自分を殺そうとした、強盗殺人を繰り返すクソ野郎どもを殺すのに全く罪悪感を覚えなかった。


 さすがに女将を拷問するときはメンタルに来たが、人を拷問する経験なんてめったに積めない。何事も経験だと思い心を鬼にした。


 女将が吐いた隠し場所から、こんな田舎の村でどれだけため込んでやがんだ。そう思うほど、金目の物が出てきた。


 被害にあった人数は恐ろしい数に上るかもしれない。完全にホラー映画じゃねぇか。俺は目をつぶり、犠牲者たちの冥福を祈った。



 このまま村から逃亡してもいいのだが、さすがに今日は疲れた。俺は隣の部屋を確認すると、シーツは清潔だった。


 隣の部屋に入ると、ベッドに横になる。山にいたときと同じだ。気配察知を発動させたまま浅く眠り、何かあるとすぐ動ける状態にする。


 久しぶりに人里でぐっすり眠れると思ったのにこれだよ。まったく、この世界は狂ってやがる。


 死体が三体転がっている部屋の隣で睡眠を取りながら、俺はそんなことを考えていた。

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