悪人だらけの素敵な日常

第58話 第一村人発見

 アスラート王国に向け山を歩き始めてすでに5日。冒険者から奪った地図の縮尺は当てにならないとはいえ、極端に違うということは無いはずだ。


 ロック・クリフに届く交易品の輸送速度から考えても距離は逆算できる。俺の計算では山を抜け、人里を探してアスラート王国を移動している予定だった。


 しかし、周りを見渡しても木、木、木。鬱陶しいほど木に囲まれている。


 高い木に登り、遠くを見渡す。木々の切れ端が見えるので、1~2日で山を抜けられると思う。脳筋やじんの計算を信じた俺が馬鹿だった。予定より全然遠いじゃねぇか。


 水場で水の補給をしようとしたが、予想以上に水場が汚染されていた。動物型のモンスターが多い山なので、水場は豊富だろうと思っていた。


 動物型モンスターは、食料も食べるし水も飲む。山には、良く生態系を維持できるな。そう思えるほどモンスターが生息している。彼らの生態系を支えるため、水場も豊富なはず。


 予想は当たり、水場は豊富にあった。だが、そのすべてが汚染されていた。


 手作りの濾過装置でどうにかできるレベルではなく、蒸留をしないと飲めないレベルだった。


 普通の野生動物とモンスターを同列に考えていた俺のミスだ。モンスターの体は頑丈だが、それは病原菌に対してもらしい。


 川以外の湧き水や池は、モンスターのフンと死体で汚染されていた。その様子は病原菌発生所といった感じだ。さすがにあの水は飲めねぇ。


 野生動物は自分の排泄物で水場を汚したりする。それでも、最低限の水質の維持はしている。本能的に毒を避ける能力も備わっており、危険な水は飲まない。


 だが、モンスターはどんな水でも平気で飲める。そのため、水場の汚染を気にしない。これは予想外だった。


 水不足で小便を飲むことも覚悟したが、何とか山の切れ端が見えた。モンスターの血液と水筒の水だけで何とか山から出られそうだ。


 関所を通らず国境を越える人間を捕まえるため、国境の警備には森林山岳部隊が配属されているらしい。


 その部隊も、ここまで山奥には来ないだろう。


 国境周辺の山をすべてカバーするのは不可能だし、こんな深い山に足を踏み入れたら大抵はモンスターに殺される。


 山の深い部分まで回す人員などないと推測できる。



 多少の渇きは覚えたが、順調に進んでいる。出現するモンスターも変化がなく、戦いなれた相手だ。油断はしないが、危険は少ない。


 危険度は低いが、モンスターにも個体差がある。


 音や気配に敏感な個体に、肌と衣服がすれる音を感知され、襲撃されることがある。奪った服を着た状態での行動にまだ慣れていないため、普段より音がでてしまったのだろう。


 そうした優れた個体には苦戦することもあるが、基本的には簡単に倒せる。


 まぁ、襲撃されても経験値と食料になるだけだ。


 前のように全裸泥スタイルになれば、完璧な隠密行動ができるのかもしれない。だがやはり、服は良い。


 文明人の証であり、服を着るだけで自分がちゃんとした人間だと認識できる。機能性も大事だが、精神衛生にも気を使わないといけない。


 冒険者の持っていた針である程度手直しをしたが、しょせん素人仕事。人里に出たら冒険者たちの武器を売り、中古ではなく俺の体に合った服を作らないと。



 冒険者たちの武器は邪魔だが持ってきた。さすがに黒鋼の武器を山奥に置き去りにする度胸はなかった。


 中古でもかなりの値段になるはず。


 斥侯職の持っていた小ぶりのナイフは、左の腰に刺してある解体用ナイフと交換し、解体用ナイフは投擲武器として使う。


 残りの武器を売ればプチ成金の誕生である。


 みんな冒険者同士で殺しあうわけだわ。よっぽど買い叩かれない限り、武器3本売るだけで1年分の稼ぎにはなる。


 駆け出しの冒険者なら数年分にはなるかもしれない。


 ちょいと1パーティー殺せば1年遊んで暮らせる。世の中から争いがなくならないわけだよ。


 もっとも、黒鋼の武器を持っているパーティーを殺すのは恐ろしくリスクが高い。殺すにしても人数を集めるだろうから、一人あたりの報酬は減りそうだ。



 水筒の中身がなくなりかけた頃、ようやく山を抜けた。久しぶりに見る木々のない風景にこみあげるものがある。


 山の中の国境線がどこにあるのかは分からないが、とっくにアスラート王国に入国しているはずだ。


 初めての外国。


 全然実感がわかねぇ、とりあえず人里を目指すか。俺は街道を目指し歩き出す。平地は視界が良好で、すぐに街道は見つかった。


 街道を歩く。寂れているのか、ほとんど人とすれ違わない。たまに行商人らしき人物の馬車と、その護衛とすれ違うぐらいだ。


 すれ違う行商人やその護衛も、俺とすれ違うときはやたらと警戒していた。人通りが少なく、顔見知り以外通らないような道なのだろう。


 俺のように徒歩で移動する人間など皆無で、メインの流通網から外れた片田舎だと推測できた。街道も状態が悪く、でこぼこしている。



 空が茜色に染まる頃、小さな村が見えた。


 助かった、野宿せずに済む。革臭くない水も飲めるし、料理も食べられる。俺はルンルン気分で村へと向かった。


 粗末な木の柵で囲まれた村の入り口に、やる気が全くない門番がボケーっと立っていた。


「こんにちは」


 俺が笑顔で挨拶すると、門番は急に驚いた顔をした後、俺に槍を向けてくる。


「貴様、何者だ!」


 なんでこんなに警戒してんだコイツ。


「いつの間に目の前に、怪しいやつめ」

「いや、普通に街道歩いてきましたけど」


 なんだこの門番。自分がぼーっとしていたから気付けなかっただけなのに不審者扱いかよ。そう思って気付いた。


 俺、気配隠蔽解除してねぇわ。ずーっと発動しっぱなしだった。


 それでも目の前を歩いているんだから気付くだろ。そう思うが、山での生活でかなりスキルレベルが上がっているのかもしれない。


 道理ですれ違う行商人や、護衛らしき冒険者がやたらと俺を警戒してるわけだ。気配が薄い奴が近付いてきたら警戒もするわな。


 剣術などのスキルは、スキルレベルが上がっても技術力に差はでない。


 しかし、一部のスキル。気配隠蔽や気配察知などはスキルレベルで効果が変わってくる。


 鈍くてやる気のない男がぼーっとしていれば、正面から歩いても気付かれないレベルになったのか。気配隠蔽、やべぇな。半端ねぇ。


 足音を立てないように歩くのも癖になっているし、体臭もなるべく消している。そういった部分とスキルが合わさり、さらに効果を上げているのかもしれない。


「嘘をつくな! 全然気づかなかったぞ」

「いや、あれだけぼーっとしてりゃ気付かないでしょ」

「俺がさぼってたって言うのか!」


 うわー、なんだコイツめんどくせぇ。こんな風に門番が絡んでくる理由は主にふたつ。旅人をいじめて憂さを晴らしているか、遠回しに賄賂を要求しているかだ。


 解決方法はどちらも同じで、金を渡せばよい。銀貨の一枚でも握らせれば黙って通してくれる。冒険者から奪った金は少額だった。


 盗まれる危険性があるため、冒険者は通常、貴重品を持ち歩く。


 金が増えて持ち運びにくくなると、宝石や魔石などのコンパクトで価値のある品物に変えて持ち歩く。


 しかし、俺の倒した冒険者は金目の物をあまり持っていなかった。おそらく安全な金の預け場所があったのだろう。


 だが、賄賂の銀貨一枚ぐらいはある。俺がロック・クリフから持ち出した金貨一枚もあるが、さすがにこんなクズにくれてやるのはもったいない。


 俺は相手の呼吸を読み、息を吸い込むその瞬間にすっと相手の懐に入る。槍を掴んでいた手を握ると、指をほどき銀貨を握りこませた。


 これはメッセージ替わりだ。


 その気になればいつでもキサマを殺せるという、メッセージ。急に懐に入られ、槍から手をはがされた門番は驚愕の表情を浮かべる。


 その後、手の中に感じる硬貨の感触を感じると、そっと手を開き中を確認する。


「門番様、何か勘違いがあったんですよね? 私はこの通りただの旅人、何の危険もありません。日が暮れる前に宿を取りたいので村の中に入れてくれませんか?」


 手のひらの銀貨を見つめニンマリしていた門番は、俺の声に我に返る。態度を取り繕った後、偉そうに言った。


「うむ、入ってよし」


 アスラート王国の第一村人は、賄賂を要求してくる腐れ門番だった。


 人間の腐り具合は、ロック・クリフだろうがアスラート王国だろうが変わらないらしい。さすが小国家群。


 これから待ち受ける素敵な出会いを想像すると、ため息が零れる。山の中の方がある意味平和だったかもしれない。


 こういうクソなやり取りも含め、人間の生活圏に帰ってきたんだ。そう思った。

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