第83話 大丈夫だ、問題ない

 うなだれながら、森の中へと歩いていく先代の息子。たしか、アルゴと呼ばれていたな。身長は180cm以上あり、体格も悪くない。顔もムカつくことに整っている。


 ワイルド系のイケメン、そんな風貌をしている。そんな風貌でありながら、覇気がまったくない。憂鬱ゆううつそうに下を向いて歩いている。


「はぁ、みんなどうしてわからないんだ。叔父さんに逆らったって勝てないよ」


 アルゴは頼りになりそうな外見とは裏腹に、気が弱そうな男だった。あれだけ若い漁師たちの熱量を受けても、本人は全く影響されていない。


 熱にあおられるどころか、テンションが下がっているようだ。


「そりゃ、叔父さんがすき放題するのは気に入らないさ。だけど、村で一番強いのは叔父さんなんだ。逆らっても勝てるわけがないよ」


 アルゴはブツブツと、ひとりごとを言いながらへこんでいる。若い漁師たちの気持ちはわかるが、叔父さんが怖くて逆らえない。そんな感じだろうか。


 ひとりごとを言いながらへこんでいるアルゴは隙だらけで、俺の接近に全く気付いていなかった。


 気配察知は発動しているが、さらに用心を重ねる。周囲への警戒の保険として、パピーにも警戒をしてもらう。


 音もなく俺のフードから飛び出したパピーは、膝関節を柔らかく使い衝撃を吸収。獣特有のしなやかな動きで、完璧に着地音を消していた。


 地面に降り立ったパピーは、気配を消しながら嗅覚を使い周囲への警戒を始めた。情報のやり取りは回路パスを通じて行われている。


 俺の気配察知でも察知することができない、高い隠密能力を持った存在が森にいる可能性は低い。それでも警戒は重要だ。


 周囲の安全を確保した俺は、アルゴの背後に接近。奥襟を掴み、後ろに引く。


「え?」


 体勢を崩されたアルゴが困惑している間に、口を手で押さえ後ろに引きずり込みながら、両足を腕ごと胴体に巻き付け、アルゴごと倒れこむ。


 突然の出来事に困惑しているアルゴの首にナイフを突きつけ、なるべく感情を乗せず淡々と話しかけた。


「大声を出そうとすれば殺す、抵抗しても殺す、逃げようとしても殺す」


 アルゴの耳元でそうささやいた。首元に突きつけられたナイフが怖いのか、脅し文句が効いたのか、アルゴはブルブルと震えている。


「今から押さえている口を解放する。大声を出したらどうなるか……わかるな?」


 俺はグッと首に突きつけたナイフを押し付ける。アルゴの震えがひどくなり、頭を縦に振って『YES』と示そうとしたが、首にナイフが当たっている状態でそんなことをしたら危険だ。


 仕方なく、口を押えてる手に力を入れて、アルゴが傷付かないように配慮した。パニック状態なのか、底抜けの馬鹿なのか。


 こんなのが後継者じゃ、叔父も網元の座を奪いたくなるのもわかる。思わず、そんなことを考えてしまった。


 口を塞いでいた手をそっと外すと、息を止めていたのか慌てて呼吸をしてむせだした。鼻は塞いでいないのだから、鼻呼吸をすればいいだけだろうに……。


 外見はワイルド系イケメンなのに、頼りないというか馬鹿というか……コイツは予想以上にやべぇ気がする。


 こいつが網元になるのを後押しして恩を売り、竜魚を頂く。そんな感じの雑なプランを立てていたが、心配になってきた。


 いくら血筋や外見が良くても、このポンコツ具合だと厳しそうだ。


 このままコイツを気絶させて、森へ逃げ込むか? 一瞬迷ったが、このポンコツ具合ならむしろあやつりやすい。


 村人と領主しか口にできない伝説の竜魚。この機会を逃したら一生食べられない可能性は高い。


 魚介類を食べるたび、そのことを思い出して嫌な気持ちになるのはごめんだ。


 失敗しそうなら逃げ出せばいい。俺の身体能力はレベル20の中でもかなりの上位のはずだ。持っている能力をすべて使えば、逃走ぐらい簡単にできる。


 多少のリスクは覚悟の上だ。回路パスを通して、パピーも賛成してくれている。まぁ、パピーは俺の気持ちを優先してくれるので、常に賛成してくれるんだけどな。


「た、頼む、殺さないでくれ。叔父さんに頼まれたのなら、倍の金を払う」

「余計なことはしゃべるな、俺の質問にだけ答えろ」


 俺はナイフを握っている手にグッと力を込める。


「ひぃ」


 アルゴは短い悲鳴を上げ、口を閉じた。


「叔父を排除したいか?」

「へ?」

「叔父を排除したいかと聞いている」


 俺の質問が理解できないのか、アルゴは固まって動かない。


「お前の叔父を排除してやると言っている。むろん報酬次第だがな」

「ほ、本当ですか? でも叔父さんは……」

「親族と争うのは気が引けるのか?」

「いえ、そうじゃないんです。叔父さんはレベル25に到達しています。冒険者で言えば、ランク4相当です。叔父さんの手下もレベル20に到達した猛者ぞろい。戦って勝てるとは思えません」


 レベル25! マジかよ。小国家群ならめちゃくちゃ高レベルだ。好条件で貴族の配下に勧誘されるレベルだぞ。


 アルゴの叔父に対する恐怖が理解できた。勝算がないわけじゃないが、リスクが高いな……。


 顔は見られていない。このまま裸絞でアルゴを気絶させ、逃走してもいい。


 殺した方が後腐れがないが、無益な殺生をするのは気が引ける。我ながら甘いとは思うが、無益な殺生を好んでしたいとは思わない。


 それに、悪党であるアルゴの叔父と違い、コイツ自体はヘタレだが善良そうだ。


 叔父のレベルに少しビビったが、対処方法がない訳じゃない。まともにやれば勝てないだろうが、自分のフィールドに引き込んでしまえばいい。


 頭の中で急速にプランが出来上がっていく。



 レベル25の身体能力が俺の想像以上で、一切の技術が通用しない。最悪の場合はそうなる。


 それなりにリスクはあるが、リスクのない選択肢など存在しない。たかが美食のためと人は笑うかもしれない。


 だけど、俺は竜魚が食べたい。うまい物を口に入れたときの幸福感が忘れられない。ストレスで日々生え際が後退する糞みたいな日常。


 パピーという癒しは手に入れたが、まだ足りない。竜魚に対する渇望が俺を行動へと駆り立てている。


 自分らしくない、リスクを背負いすぎている。心の中でもう一人の俺が警告を発している。それでも俺は竜魚を求める。


 命は大切だ。だが、慎重になり過ぎて、死んだみたいに生きるのは御免だ。


 命懸けでゲイリーに示した俺の信念。ラッキーで拾った二度目の人生。自ら死に向かうことはないが、いまさら大事にしすぎる命でもない。


 何があってもパピーだけは逃がす。パピーさえ無事ならそれでいい。


 覚悟は決まった。リスクはあるが、それを天秤にかけても、竜魚の魅惑にはあらがえない。


 何かがおかしい、違和感がある。引っかかった魚の骨のように何かが気になる。きっとリスクにビビっているだけだ。


 迷いは行動に影響する。俺は違和感をねじ伏せ、叔父を排除するプランに集中することにした。


「あの……どうしたんですか?」


 おそらく時間にして1分ほど。自分の中で考えをまとめている間、無言だった。


 自分にナイフを突きつけている相手が、無言になったプレッシャーに耐えられなくなったアルゴは、おずおずと話しかけてきた。


「何でもない。それより、叔父を排除する覚悟は決まったか?」

「え? 叔父さんのレベルは25ですよ、大丈夫なんですか!」

「大丈夫だ、問題ない」


 あれ? 言ってから気付いた。これ、大丈夫じゃないフラグで有名なヤツだわ。

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