野人転生

第82話 閃いた灰色の脳細胞

　俺の大量注文に答えるため、ストーカー親父は急遽（きゅうきょ）買い出しへと向かった。

　スープ系の料理を火に掛けたまま買い出しに行ったのか、厨房からはいい匂いが流れて来る。

　さっき食事を終えたばかりなのに、涎（よだれ）が口いっぱいに広がってくる。回路（パス）を通して、パピーもいい匂いに食欲を刺激されたのが分かった。

　料理が完成するにはしばらく時間が掛かりそうなので、殴り倒した男たちを海老反（えびぞ）りになるようにを縛る。

　海老反（えびぞ）りっていうけど、海老はお腹側丸めてるから逆だよな。縛られている漁師たちを見て、ふとそんなことを思った。

　漁師たちを縛り終え、料理が出てくるまで時間が空いた。ストーカー親父が帰ってくるまで暇だな。そう思っていると、給仕のおねぇさんが話しかけてくれた。

　おねぇさんと雑談をしながら時間をつぶす。客商売をやっているからなのか、中々に話がうまい。

　最近あった面白い出来事や村のゴシップまで、様々な話を聞かせてくれた。

　しかし、話題がクソガキの話になると急に口が重くなる。

　話題を変えた方がいいかな？　そう思っていると、おねぇさんがボソボソと声を潜めながら重い口を開いた。

　一度話し出すと火が付いたのか、クソガキとその親である網元への悪口が次から次へと出てくる。

　ストーカー親父が買い出しから戻り、料理を始めても悪口が止まらない。よっぽど鬱憤（うっぷん）が溜まってるみたいだ。

　おねぇさんの愚痴をまとめると、このような内容だった。

　先代の網元は良かった。今の網元になってから村はおかしくなった。今の網元は簒奪者（さんだつしゃ）だ、そう吐き捨てるように言っていた。

　今の網元は先代の弟。本来なら先代の息子が継ぐはずだった網元の地位を、強引に簒奪（さんだつ）した。そのせいで村人たちの評判が最悪なのだとか。

　ただ、商売がうまいらしく、商人相手にかなりの利益を上げている。その金を自分に従う一部の者に与えていて、うまく漁師たちを支配している。

　この村の漁師たちは、海のモンスターを相手にしているのでレベルが高い。当然、力では逆らえない。

　網元とは別に村長もいるが、お飾り状態で村の実権は網元が握っているそうだ。

　網元にこびへつらい、甘い汁を吸っている漁師たちは村でかなり幅を利かせていて、気に入らないことがあると暴力を背景に脅してくる。

　網元が漁師たちのそういった行動を咎めないため、村人たちは網元への不満を溜めているようだった。

　先代の息子を中心とした若い漁師たちのグループは、若さゆえの経験不足やレベルの低さで網元一派に対抗できず、網元の言いなり状態だそうだ。

　簒奪者である網元一派が偉そうにしていて、正統な後継者である先代の息子が肩身の狭い思いをしている。そのことに、村人たちは忸怩（じくじ）たる思いがあるようだ。

　簒奪者の暴力に怯え、正統な後継者が不遇な状態を強いられていることに対し、何も言えない自分に対する無力さや無念さ。

　そして、簒奪者の圧政から解放してくれない、不甲斐ない先代の息子への怒り。事情を話すおねぇさんからは、相反する二つの感情が見えた気がした。

　クソガキも、親の権力を笠に着てやりたい放題らしい。

　料金の踏み倒しは当たり前。村の子供にも平気で暴力を振るい、中には後遺症が残るほどの大怪我を負わされた子もいるらしい。

　村の経済は漁師たちが取ってくる魚を中心に回っている。

　経済的にも、単純な武力的にも網元一派には逆らない。理不尽なことがあっても、ただ下を向いて堪えている状態だとおねぇさんは言った。

　こんな漁村の中でも、様々な出来事があり、そこに生きている人間は複雑な思いを抱えている。なんていうか、『生きる』って大変だなと思った。

　正直、他人事だからそこまで深く感情移入はしていない。時代劇なら水戸〇門がやってきて、悪の網元を退治しそうな話だ。

　残念ながら俺は水戸のご隠居でもなければ、正義の味方でもない。うまい魚介類を食いに来たしがない冒険者だ。

　村人たちの苦境は理解できるが、俺にはどうすることもできない。

　飯を食ったら立ち去るとはいえ、この村の変な雰囲気の原因も分かった。理由が分かり、モヤモヤが晴れたのでストレスが軽くなる。

　そういった視点から見れば、村の現状が分かって良かった。情報感謝です、おねぇさん。

　さて、リスクを冒（おか）し、高い金まで払っているのだ。余計なことは考えず魚介類を楽しむとしよう。

　俺は運ばれた料理を見て、一気にテンションが上がった。殺人海老（キラーシュリンプ）と呼ばれている、1メートルを超えた巨大な海老が運ばれてきたからだ。

　殻を器に盛り付けられた、海老のぶつ切りが湯気を立てている。鼻腔をくすぐるニンニクの香り。

　海老とニンニクの炒め物とか、絶対うまいやつですやん！　俺は期待に胸を膨らませながら、分厚く切られた海老の身を口へと運ぶ。

　口内から鼻へと抜けるニンニクの香。アミノ酸の豊富な甲殻類が持つ旨味。舌をとろけさす強力な魔素味（まなみ）。

　そして、海老特有のプリプリの歯ごたえ。いや、この海老はプリプリなんてもんじゃない。モンスターだからなのか、反発力が地球の海老より強い。

　プリプリと言うより、ブリンブリンだ！　肉厚なこともあり、プルンというより、ブリン！　といった感じだ。

　肉厚の海老の身は中が半生になっており、しっとりとした生の食感も楽しめる。

　地球の海老より弾力の強い、殺人海老（キラーシュリンプ）の身にぐぐっと歯で圧力をかけると、限界を迎えた肉厚の身がブリンと反発力を持って弾ける。

　その独特の食感を堪能した瞬間、生のしっとりとした部分が舌に絡み、旨味と魔素味（まなみ）を余すことなく伝えてくる。

　これはやばい、うますぎてアホになる。脳汁がダクダクと溢れ出し、急激に知能指数が下がるのが分かる。

　知能指数が下がった頭で、ぼーっとしながらパピーに殺人海老（キラーシュリンプ）を食べさせる。回路（パス）を伝ってパピーが喜んでいるのが分かった。

「パピーも美味しいと思うか、よかったよかった」

「がふがふ、わふわふ」

　パピーはニンニクの匂いを嫌がることも無く、嬉しそうに殺人海老（キラーシュリンプ）の炒め物を食べている。

　一心不乱にご飯を食べるパピーが可愛すぎて、胸がキュンとした。

　その後も、牡蠣（かき）の海水蒸し（少し磯臭かったが、味は最高だった）や魚の身を贅沢に使った潮汁など、最高の魚介類を堪能し、腹がパンパンになった。

　食後の白湯をもらい、パピーの口を綺麗にしたりしながらまったり過ごした。

　少し時間が立ち、パンパンになったお腹もこなれてきた。気絶していた漁師が目を覚ましてうるさいので、この村とお別れしよう。

　給仕のおねぇさんにチップの銀貨を1枚渡し、颯爽（さっそう）と村を出た。門でひと悶着あるかと思ったが、拍子抜けするほどあっさり村の外へ出られた。

　パピーと二人、美味しい食事の余韻を楽しみにながら森へと入る。もっと色々食べたかったがしょうがない。

　次の目的地はトゥロン。アスラート王国最大の港町。メガド帝国の品物と文化が流入した、小国家群でもっとも活気があり、文化が発展した町と言われている。

　素材の味を生かした漁師飯もうまかったが、帝国の調理技術を使った洗練された食事も楽しみだ。

　メガド帝国の品物を求め、多くの人が小国家群中から集まってくる。人、物、金が集まり、好景気に沸いている。

　冒険者向けの仕事も大量にあるそうだ。うまくやれば大金を手にできる。

　ただ、既得権益を守る側の抵抗も激しいらしい。大きく儲けようと思ったら、それなりにリスクがあるかもしれない。

　チャンスと危険が入り混じる、帝国文化が融合した港町トゥロン。次はどんな料理があるだろう。次はどんな出会いがあるだろう。

　俺は期待と不安が混ざった、何とも言えない高揚感に包まれながら森を歩いた。

　しばらく森を進むと、気配察知に反応があった。予想より多いな……16人か。待ち伏せは二手に分かれているとストーカー親父が言っていた。

　二手に分かれてこの人数か……。

　漁師の数が思ったより多い。町中で襲われたらやばかったかもしれない。少しだけ背筋が寒くなった。

　すでに日は暮れ、あたりはすっかり暗くなっている。このまま闇に紛れて退散しよう。そう思っていると、強化された聴覚が言い争う声を拾った。

　無視して、その場から離れればよかった。

　しかし、野次馬根性が刺激されてつい、声の方へ接近してしまった。

　闇に包まれた森という、俺の特性が最大に生かせるフィールド。さらに、同レベルであろう漁師を3人を瞬殺できたことからも、戦闘能力にはかなり差があることがわかる。万が一発見されても、闇に紛れて森に逃げ込めばどうにでもなるはずだ。

　俺のレベルは20に到達した。レベル20といえば、小国家群では最高レベルに近い。これより上のレベルの人間は、貴族か冒険者から貴族の家臣にスカウトされた人間。後は、軍のトップ層ぐらいのものだ。

　俺の戦闘能力は民間レベルで最高に近いレベルであり、森を移動する能力に関しては俺以上の人間を見たことがない。

　敵に発見されても、逃げ切るだけの自信はある。

　ただ、あえて敵の集団に近付くという、リスクの高い行動を取った自分に少し違和感を覚えた。自分の戦闘能力に自信を持ったことで、思考に変化が生まれたのかもしれない。

　まぁ、やばそうなら闇に紛れて森に逃げ込めばいいだけだ。不必要にビビらず、待ち伏せを続けている間抜けな漁師たちのツラでも拝むとしよう。

　俺がのんびり飯を食っている間に、コイツらずっと待ちぼうけだったんだよな。ざまぁ！　そんな薄汚い感情と共に、ワクワクしながら言い争う声に近付いていく。

「アルゴさん、俺たちはいつまでメルゴの言いなりになればいいんすか！」

「もう我慢できねぇ、なんで俺たちがこんなことしなくちゃならねぇんだ！」

「「「そうだそうだ！」」」

　一人の若者が、集団に詰め寄られていた。仲間割れか。いいぞ、やっちまえ！　揉め事に巻き込まれるのは嫌だが、外から眺めてる分にはいい見世物だよな。

　我ながらひどい。そう思ったが、好奇心は止められない。俺は息を潜（ひそ）め、言い争いを観察する。

「これじゃあ、まるで盗賊だ。俺たちは誇り高き海の男ですぜ」

「待ち伏せて、たった一人を集団で殺すなんて腐った真似やりたくねぇ」

「アルゴさん、立ち上がってくれ！　アンタに網元をやってもらいてぇんだ！」

「メルゴの横暴にはもう我慢できねぇ！　みんな、そうだろう？」

「「「そうだそうだ！」」」

　なんか、思ってたより深刻だな。簒奪者の圧政に我慢できなくなった漁師たちが、先代網元の息子に革命を起こせって詰め寄ってる感じか。

　この人数の荒くれ者たちに詰め寄られると『圧』がすごいね。先代の息子、涙目になってんじゃん。

　網元の息子の意思に関係なく、網元一派と息子一派の抗争が起きそうだな。これの規模を国単位にした奴を、物語でよく見た気がする。

　国王だろうが、漁村の網元だろうが、権力争い、後継者争いは同じなんだな。当たり前のことだけど、改めて間近でみると、ストンと入ってくるね。

　百聞は一見に如かず、確かにその通りだな。変な風に感心していると、網元の息子が頭を冷やしたい、少し考えさせてくれと一人離れた。

　このまま村での仁義なき戦いを眺めるのも楽しそうだが、巻き込まれたら大変だ。このまま息をひそめ、そっとこの場を離れようとした、そのとき。

　俺の灰色の脳がキュピンとひらめいた。この権力争いにうまく介入出来れば、竜魚が食べられるかもしれない。俺はそっと先代の息子の後を付けた。

　先代の息子を追跡しながら、何かしっくりこないという感覚に襲われていた。魚の小骨が喉にひっかかったような、小さな違和感。

　体に異常はない、きっと気のせいだ。そんなことより竜魚だ。うまく立ち回れば食べることができるかもしれない。

　食欲に支配された俺は、あえて小さな違和感を無視して追跡を続けた。