第08話 脳筋的思考

 拠点に戻ってから一週間が経った。


 肩の傷は完全に塞がり、骨折した部分は多少痛むが、なんとか普通に動けるレベルにまでに回復。


 レベルアップの恩恵なのだろうか? 野人生活で生命力が上がったのだろうか? どちらにせよ、驚異的な回復速度だ。


 怪我が治ったのはいいが、体のなまりが気になる。干し肉の在庫も乏しくなってきた。狩りに出かけることにしよう。





 獲物を狩り、干し肉を作る。


 なまった体の様子を見ながら色々作業をしていると、さらに一週間が経った。


 怪我から二週間、傷は全く傷まない。おそらく完治しているはずだ。


 怪我が癒えただけではなく、ホブゴブを倒してレベルが上がったおかげか前よりも体が軽い。


 そのおかげで狩りの効率が上がり、食料の備蓄も増えた。食料に余裕があると、心にゆとりができてくる。


 人間、余裕ができるとあれこれ考えだすものだ。あれから暇があるたび、村での出来事を思い出す。



 得体の知れない人間を殺して持ち物を奪う。モンスターの蔓延はびこる田舎の村で、そういう選択をすることは不自然じゃない。


 転生前の世界でも、中世では当たり前に行われてきた行為だ。現代の日本と比べ、この世界が優しい世界じゃないのは理解できる。


 しかし、命を狙われた身としては、そうもいっていられない。


 あなたたちも生活が大変でしょう、許します。そんな寛大な心は持ち合わせていない。俺の心はペットボトルのキャップより小さいのだ。


 怪我を治療してもらった恩はある。


 しかし、命がけで倒したホブゴブの素材、武器防具などを奪われ、理不尽に殺されかけた。そのことがどうしても許せないのだ。


 それに、村娘のことも考える。


 この世界で始めて会話をした相手だ。まともな会話もしていないような、一瞬の出会いだった。


 それでも、孤独で壊れかけた俺の心を救ってくれた人だ。勝手な依存、一方的に俺が感謝しているだけ。


 それでも、心の底から感謝している。


 怪我の治療も、村娘がしてくれたのだと思う。村長が、殺そうとしている人間を治療するはずがないからだ。


 あの子は大丈夫だろうか? 俺を治療したことや逃がしたことで村人からひどい扱いを受けていないだろうか……。


 よそ者にだけ厳しい排他的な村、それだけならいいのだが……。


 人を殺して持ち物を奪う。そんな選択する人間の心根が善良であるはずがない。俺に逃げられたフラストレーションを村娘にぶつけてはいないだろうか。


 普通に考えれば、関らない方が良い。


 簡単に殺人を選ぶ『集団』と関わるなど、あまりにもリスクが高すぎる。


 村娘には治療をしてもらった借りがあるが、ホブゴブから助けたことで貸し借りなしと判断。


 危険を避けるため別の場所に移動するのがもっともリスクが少ない行動と言える。


 村から街道伝いに歩いていけば、いつかは大きな町にたどり着けるはずだ。


 そこで仕事なり何なりを見つけて、なんとか町で文明的な暮らしをする。モンスターの生息する森ではなく、安全な場所で人間らしい暮らしを営む。


 どう考えてもそれがベストな選択だ。俺を殺そうとしたヤバイ奴らと関わる必要なんてない。


 村人は俺からホブゴブリンの素材を奪うため、俺を殺害しようとしていた。ということは、モンスターの素材が金になるということだ。


 モンスターの素材が金になるなら、モンスターを倒すことを生業にしている人や組織があるはず。ラノベの定番、冒険者ギルド的な組織があるはずだ。


 ファンタジー世界に転生した身として、冒険者への憧れもある。それに身寄りも無く、この世界の常識も知らない俺はまともな職になど就けないだろう。


 生活するには冒険者になることがベストだと思う。村娘のことなど忘れて町に行けばいいのだ。


 なのになぜだろう、心の奥がもやもやする。他人を心配している余裕など無いというのに、俺ってやつは……。


 村に行き、村娘が不当な扱いを受けてないか調べる。大丈夫そうなら立ち去れば良い。そう思っていても、俺は村に行くことを恐れている。


 あまりにもリスクが高いからだ。


 今の俺は、外見で相手のレベルを判断できない。モンスターに囲まれた村で長年暮らしているのだ。俺よりレベルが高く、手も足もでない猛者がいる可能性もある。


 それ以上に恐ろしいのは、俺が人を殺す覚悟ができていないということだ。


 ゴブリンで人型の生き物を殺すことには慣れた。


 しかし、ゴブリンは言葉による意思の疎通ができない。言葉の通じる人間を殺すことができるだろうか? 殺せても、罪悪感で潰れないだろうか……。


 悲鳴を上げ、命乞いをし、呪ってやると呪詛じゅそを吐いて死んでいく人間を見て、俺は平気でいられるだろうか……。


 戦いの最中、一瞬でもためらえば、容易たやすく死が俺の命を刈り取るだろう。


 俺は平和な日本という国に生まれ、幼少期から道徳教育を受けて育った。


 それに、種の保存という観点からの抑制も考えられる。


 絶滅を避けるため、同種族への殺害を禁忌と捉える本能とも言うべき拒絶感が人間には備わっているからだ。


 殺人へのハードルは、想像以上に高い。


 そこを踏み越えて、俺は人を殺せるだろうか? 銃の引き金を引く。なんていう間接的な方法ではなく、文字通り自分の手で相手を殺せるだろうか……。


 うだうだと悩み拠点でごろごろしながら悶えていると、俺の性格的特性とも言える脳筋思考が顔を出してきた。


 気になるなら村娘の様子を見に行けばいい。殺人の覚悟ができてない? モンスターといえ、どれだけの命を奪った。


 村長とその取り巻きはお前を殺そうとしたんだぞ。


 ラノベで極端に殺人を避けている主人公を、お前は馬鹿にしていただろう。良い人ぶるのはよせ、俺の脳みそじゃ悩むだけ時間の無駄だ。野崎家の家訓を思い出せ。


 俺の中の脳筋がそうささやくのが聞こえた。


 そうだな、悩むなんて時間の無駄だった。いつだって当たって砕けの精神でやってきたじゃないか。


 そう考えると、胸のもやもやが晴れてきた。そして自分に言い聞かせるように、野崎家の家訓を声にだす。


「野崎家、家訓。恩は倍返し、恨みは十倍返し」


 簡単なことだった。村娘に恩を返して、村長に恨みを返せばいいだけなのだ。


 殺人を犯すことの恐怖? 一人やっちまえばもう気にならない。相手は強盗殺人を平気でやるような豚どもだ。


 悩むことなんて最初から無かった。なんてすがすがしい気分なんだろう。待っていろ村娘、待っていろ村長。


 にやりと邪悪な笑みを浮かべ、俺は村へ行く準備を整えた。

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