第14話 女の花園
3人は来た道を戻り、布団屋の一つ奥にある女性下着の店についた。テナント型の店なので、敷地内に入らずとも中の様子がよく見える。ピンクを基調とした照明で、上半身だけのマネキンが派手なブラジャーをつけてこちらを向いている。天斗には何の縁もないはずの、女性だけの世界。
天斗は通路に沿って一定の間隔で置かれている木製のベンチに腰を下ろした。
「え? あなたは行かないの?」
「当然だ。神楽がいるんだから俺はいらないだろ」
沙織は呆れ気味にため息をついた。天斗は既にスマートフォンをいじっている。
「パパも行きましょうよ!」
そんな天斗の袖を笹葉はぐいぐいと引っ張る。天斗は引っ張られている右手から左手にスマートフォンを移し、画面から目を離さない。
「早く行ってこい。俺が行ったところで役に立たないだろ」
面倒くさそうに応答する天斗だったが、笹葉は全く意に介さない。天斗の隣に膝立ちになって耳元に口を近づける。
「ママだけだとふあんなのでパパも来てほしいです」
「……一理あるな。俺も行こう」
「やったぁ!」
笹葉のこそこそ話に納得した天斗は重たい腰をすぐさま上げた。沙織のセンスに任せるのは非常に危険だと感じたからだ。過去の下着たちの二の舞を踏むわけにはいかないと、天斗はスマートフォンをポケットにしまい込む。
「不動明王モードを解除できるなんてすごいわね! 何を言ったの?」
「不動明王モードってなんだよ」
「いや、あのー……パパも一緒に、来てほしいなー、みたいな?」
「なるほどね。笹葉ちゃんにそんなこと言われたらたまらないわね」
「おい、だから不動明王モードってなんだよ」
唐突な沙織の問いかけに、笹葉は言葉に詰まりながらもなんとか言い繕った。天斗は謎のあだ名をつけられた上にことごとく無視されてしまった。苦虫を噛み潰したような顔をしながら二人を
「早く行くぞ!」
「何よ。そんなに行きたかったわけ?」
「そんなわけないだろ……」
なれない外出でそろそろ疲れてきたのか、天斗は
その後、3人はすぐに下着売り場の敷地内に入った。右を見ても女性の下着、左を見ても女性の下着。どこを向いても天斗以外の男は
沙織を先頭に目的の品がありそうなところへ向かう。大人向けの下着がメインの店なので、笹葉に合うサイズの物はかなり隅の方に追いやられているようだ。ウロウロと探し回っていると、店内奥の角に、一区画だけ女児向けの下着売り場があった。
「笹葉ちゃん、自分の体を測ってもらったことある?」
しゃがんだ沙織が笹葉に問いかける。
「はい! 4月に学校で身長を測ってもらいました」
「……そっか。でも、そこから成長してるかもしれないから、また測ってもらおっか」
「わかりました!」
沙織の質問に手を上げながら答えた笹葉だったが、会話が絶妙にかみ合っていない。二人の常識がそれぞれ異なっているために起きる齟齬だ。
「すいませーん」
沙織が少し離れたところに居た店員を呼ぶ。20代半ばの女性店員がスタスタとこちらに近づいてきた。
「いらっしゃいませ。いかがなさいましたか?」
「あの、この子の採寸をお願いできますか」
「かしこまりました」
女性店員は常に笑みを浮かべて沙織と会話をしていた。決して下品でなく、温かみのある笑み。プロの接客術だな、と天斗は内心思った。
笹葉が近くの試着室に連れていかれる。残された天斗と沙織は少しだけ空けながら、ぽつりぽつりと話し始める。
「……ずっと気になってたんだけど、その大きな箱は何?」
「布団セットだ」
「笹葉ちゃんの?」
「いや、まあ……2人のだな」
「……ふーん。パパらしくなってきたじゃない」
「なってない」
にやにやと笑う沙織の視線が痛かったのか、バツが悪そうに天斗がよそを向く。さっきの女性店員とは大違いだ。
「採寸、終わりました」
先ほど笹葉が中に消えた試着室のカーテンが開かれ、女性店員の透き通った声が天斗たちの耳に届く。天斗の想定よりも採寸時間がかなり短かった。
女性店員は近づいてきた沙織に笹葉の採寸結果を簡潔に伝えた後、そのまま通常業務に戻って行った。沙織はさっそく笹葉に下着をあれこれ薦め始めた。時折笹葉がちらちらと天斗の方を見る。「助けてください」と目が訴えていた。
「笹葉にはまだブラジャーは早いんじゃないか?」
幼児向けのスポーツブラを手に取っていた沙織に、天斗が話しかける。そのピンクのスポーツブラには国民的な白いウサギのキャラクターの絵が印刷されていた。隣にいる笹葉は乾いた笑みを口に浮かばせている。
「そうかしら。あの店員さんは『基本的に小学生高学年くらいからつけ始める人が多いんですが、ファーストブラに特に年齢制限は特にないですよ』って言ってたわ」
女性店員さんの口調をまねする沙織。長いセリフをよく一発で覚えられたな、と変なところで感心した天斗は、何気ない質問を沙織に投げかけた。
「神楽はいつごろからつけ始めたんだ?」
「……え?」
「いや、だからいつごろからブラジャーを着け始めたんだ?」
「し、小学生の……高学年よ。大体みんなと同じね」
「そうか。で、いつごろからつけ始めたんだ?」
「だから高学年……」
「……」
「……中学生に、なってからです」
「素直でよろしい」
「うぅ……」
沙織は天斗に見栄を暴かれ、小さくうずくまってしまった。天斗は「なんでそんなつまらん嘘をつくんだ……」と呟く。その後、いつまでたってもいじけている沙織をほったらかして笹葉の下着選びを手伝ったのだった。
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