第11話 オレンジ農家さん
「すっごく広いです!」
アパートから徒歩10分。繁華街を少し抜けた先の、大型ショッピングモール一階で笹葉ははしゃぐ。
「ああ、つくづく休日の暇つぶしには不向きな場所だ」
笹葉の後ろをふらふらと歩く天斗の目は死んでいた。休日の外出、人混み、予想外にの出費という悪夢のような事態が立て続けに起こったからだ。
天斗達がここに来たのは新しい布団を買うためだ。布団が破れた時には笹葉を外につまみ出してやろうと思ったが、沙織に電話越しにこっぴどく怒られてしまったので、仕方なく笹葉も連れてきている。
「勘弁してくれよ……」
布団売り場は2階なので、天斗はエレベーターに向かおうとしたが、笹葉は1人で食品コーナーに走り出してしまった。その姿はすぐに見えなくなった。
探し回ること5分。天斗は食品売り場を一周し、スタート地点だった果物ゾーンで笹葉を見つけることができた。
「おいしい! おいしいです!」
人の苦労も露知らず、試食コーナーでピョンピョンと跳ね回る笹葉の口には、オレンジが詰まっていた。笹葉は天斗を見るや否や、試食のカットオレンジを差し出し、
「パパも食べてみてください。これすっごくいい出来なんですよ!」
「なんでお前は農家目線なんだよ……」
何故か作り手目線の笹葉は両手にそれぞれカットオレンジを持ち、片方を自分の口に、もう片方を天斗の方へ突き出した。天斗はポケットに手を入れたまま、腰を曲げ、「あーん」の形でカットオレンジを口にした。マウスピースのような姿のまま、果肉だけを齧り取る。
「むっ……うまいな」
「ほうへひょう!」
飲み込む前に喋り始めた笹葉の言葉は何を言っているのか聞き取れないが、自慢していることだけは表情で見てとれた。
結局、天斗は128円のカットオレンジを二個買うことにした。試食をしておいしかったというのもあるが、笹葉が合計で五つものカットオレンジを食べていたことによる申し訳なさの方が大きい。
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