第9話 好きな人を好きでいるために
「で、何で外なんだよ」
沙織が立ち止まったところは、原っぱの端にある木陰だった。
「いいじゃない。こういう所の方が雰囲気出るわ」
「何のことだ?」
沙織は問いに答えることなく、重そうなカバンから何かを取り出した。
「はい、端っこでお昼食べましょ」
「お昼ごはん!?」
笹葉がその言葉に反応してはしゃぐ。沙織が取り出したのは1枚のビニールシート。折りたたまれていてもかなり大きめのそれを、沙織はいそいそと広げ始めた。
「でも、俺ら昼ご飯何も用意してないぞ」
「私が全員分のお弁当を用意しておいたわ」
沙織は広げたビニールシートの上に座り、カバンから3段の重箱を取り出した。朝の電話の意図がようやくわかった。
「まじか」
「まじよ。あと、これは笹葉ちゃんの着替えね。向こう3日間は持つだけの量はあるはずだから、多分これで間に合うと思うわ」
「助かる」
天斗は沙織から大きな袋を受け取る。色々な驚きがあったが、一番は沙織のカバンの容量だろう。笹葉と天斗もビニールシートに座り、沙織は重箱を開いた。
「おせちかよ」
「違うわ。家にあったもので作ったんだけど……」
沙織は何やら気恥ずかしそうにしているが、昼の弁当にはもったいないほどのクオリティだった。タコさんウインナーやかまぼこ、一口ハンバーグにきんぴらごぼうと、多種多様なおかずが詰められている。
「すごいです! これはママが作ったのですか?」
「そうよ。まあ、少しはお母さんに手伝ってもらったけどね。例えばこの煮物とか……」
褒められたことがうれしかったのか、沙織は照れながらもおかずの解説を始めた。
「神楽は『ママ』って呼ばれてんのか……」
「そうよ。悪い気はしないわね」
沙織は髪を触りながら誇らしげにそう答えた。天斗は「それでいいのか」と思いながら、ハンバーグを口に運ぶ。
「味はどうかしら」
「控えめに言って、うまいな」
「遠慮しなくてもいいのよ」
「めちゃくちゃうまい。神楽が作ったとは信じられんほどにな」
「それ、褒めてるの?」
「少なくとも料理に関しては褒めてるな」
「もっと分かりやすく言いなさいよ……」
沙織は喜んでいいのか怒ればいいのかわからず、なんとも言えない表情をした。
「タコさんおいしいです!」
そんな二人をよそ目に、笹葉はウインナーをおいしそうにほおばっている。
「笹葉ちゃんに喜んでもらえて私もうれしいわ!」
その後も食事は続き、三人は楽しいひと時を過ごした。道行く人に温かい目で見られたり、女子グループに笹葉が手を振られたりもしたが、天斗は久しぶりのだれかとの食事をそれなりに楽しんだ。
「ごちそーさまでした」
約1時間かかって3人は沙織お手製の弁当をすべて平らげた。
「まさか全部食べてもらえるとは思わなかったわ」
「ママの料理とてもおいしかったです」
「笹葉ちゃん、なんていい子なの!?」
沙織は笹葉を抱き寄せて頭をしこたま撫でた。笹葉もまんざらでもない様子だ。
そこからしばらくして、この季節には珍しく涼しい風が吹き抜けるようになり、満腹になった笹葉はお昼寝タイムに入った。時刻はようやく12時を過ぎようとしている頃。まだ3限目が始まるまでには時間があった。
「なあ、沙織は何で笹葉にあれだけ肩入れしていたんだ?」
天斗は昨日からずっと気になっていたこと質問を沙織にぶつけた。本来、沙織の真面目な性格なら、家出少女を警察に届け出ずに匿おうなんて言い出さないはずだ。沙織はしばらくの間晴れた空を見上げぽつりと呟くように返事をした。
「……笹葉ちゃんが可哀そうだったからよ」
「可哀そうって、俺らは笹葉の家庭事情知らないし、分からないだろ」
「ううん、笹葉ちゃんを見てると昔の私を思い出すのよ」
沙織の目はどこか遠いところを見ている。
「神楽の父親もそんなこと言ってたな」
「うん。でも、パパは外見のことだけど、私は内面のことを言ってるの。私も昔、よく家出してたから」
「……意外だな」
沙織は小さい頃から今みたいに純粋で素直な奴だと思っていたが、昔は悪い子だったということだろうか。
「私の家庭はお母さんが厳しくてね。言葉遣いとかも結構言われちゃうの。それが嫌で、昔は家出してた」
「じゃあお母さんのことは嫌いだったのか」
「そんなことないよ。むしろ大好き。なんていうか、嫌いだから家出するんじゃなくて、大好きな人を嫌ってしまわないために家出をした、って感じかな」
「難しいな」
幼少期から目立った反抗期もなかった天斗にとって、その感情を汲み取るのは容易なことではなかった。
「多分経験しないと分かんないと思う。だからこそ、私は笹葉ちゃんに時間をあげたかったの。気持ちを整理して、好きな人を好きでいるための時間を」
「……なるほどな」
ビニールシートに座る2人の間に優しい風が通り抜ける。その風は沙織の前髪を軽くたなびかせ、天斗のTシャツを少しだけ膨らませた。胎児のように丸まって眠っている笹葉の寝顔は、髪に隠れて見えなかった。
その後、特に会話することもなく時は流れ、目を覚ました笹葉と三人で後片付けを始めた。ビニールシートに付いた草を取り除き終わるころには、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
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