狂おしいほど愛しくて

崎田恭子

磁石のように引き合う辰巳と亜蓮。しかし、二人な間に立ちはだかる妻の優香。この二人の行く末は…

「俺はお前の両親よりお前を愛してると自負してる」

 

 

杉浦亜蓮と松井辰巳は勤務先のオフィスで出会った。あの頃は互いにただ波長が合う程度でしか感じられなかったが磁石が引き合うように二人は徐々に逢瀬を交わす仲に変化していった。

ある日ふと辰巳は亜蓮の薬指に光る物を視認した。

「お前、このリングは何だ?」

「今更だな。俺は既婚者なんだ。勿論、相手は女だ。友人に紹介されてなし崩し的に入籍をしたみたいな」

亜蓮は大学生の頃に妻の優香を友人から紹介され恋人という立ち位置になった。優香は次第に亜蓮が暮らしているアパートに居座るようになり同棲生活を始めた。そして、周囲の後押しもあり大学を卒業すると即座に入籍をした。

「嫁さんはお前の事を愛してるのか?」 

「さぁ、成り行きだったからあいつが俺の事をどう思っているのかは解らない」

「随分、適当だな」

「でも、俺が愛してるのは辰巳だよ」

「そうか…でも、そんなお前も愛してる」

辰巳は亜蓮にそう告げると再び口付けを交わし互いに貪るように抱き合った。

「俺からの提案なんだけどうちの嫁さん、金曜日の夜から日曜日の夜まで実家に行ってるんだよ。ラブホテルじゃ金が掛かるしこれからはうちに来ないか?」

「大丈夫なのか?」

「その前にお前を嫁さんに紹介するよ。だったら問題無いんじゃないか?」

「カモフラージュってやつか」

「そういう事」

「そんな事をしれっと言うお前もいい」

「そりゃどうも」


 

その翌日、亜蓮は自宅に辰巳を招き妻の優香に辰巳を紹介する事に成功を果たす。

その週の金曜日の夜になると舌の根も乾かぬうちに辰巳を自宅に招き入れた。この日は生憎の雨天で湿度が高かったがそのような事など気にも止めずに二人は無理に離さないと離れない磁石のようにピタリと身体を引き合わせていた。

「もう、秋口なのに暑いな。おまけに湿気も凄くてウザいなぁ」

「仕方ないだろ。秋雨前線が停滞してるんだから」

亜蓮は優香と共に転居したマンションの家賃が高いからと節約の為に優香が電気代を節約した方が良いと暫く使用していなかったエアコンにスイッチを入れた。

「あ〜生き返る〜」

亜蓮はエアコンの風を一身に受け一人、呟いていた。ベッドに横たわっている辰巳もこの心地よさには抗えずいつしかまどろんでいた。

 

 

「ただいま」

「おかえり」

「何か変わった事は無かった?」

「特に無かったけど」

亜蓮は悪びれる様子も無く素知らぬ顔で答えた。

優香は帰るなり入浴を済ませ亜蓮に問う。

「私達もそろそろ子供を作らない?」

「まだ、早いだろ。俺の収入だってまだ覚束ないし」

「でも、私達を紹介したあの二人、もう二人目の子供がいるわよ」

「うちはうち。よそはよそ」

亜蓮は優香に唇を重ね寝室へ促した。亜蓮はバイセクシャルでは無い。これも辰巳との関係を保つ為に必要な行為なのだ。

 

 

また金曜日が訪れ亜蓮は優香が留守にするのを待ち再び辰巳を自宅に招いた。

「亜蓮、この日を俺は待ちわびていた」

「俺もだよ。辰巳、愛してる」

「俺もだ。愛してる」

二人は唇を重ね舌を絡めながら衣服を脱ぎ捨て生まれたままの姿でベッドの上で身体を重ねた。そして、互いに身体を貪りあっていた。

 

翌日は久々の秋晴れで窓を開けると秋風が部屋に吹き込んできた。火照った身体には心地よく亜蓮は窓の柵にもたれながら空を見上げた。うろこ雲が行儀良く列をなして浮かんでいる。何処からともなく運動会の定番曲が耳に入る。近隣の小学校で運動会が催されているようだ。

「なぁ、亜蓮。お前の中に離婚という選択肢はないのか?」

「簡単に言わないでよ。あいつとは同棲を含めるともう5年も一緒に暮らしてるんだよ。離婚するにしても理由が見つからない」

「本当は俺はゲイだってカミングアウトすればいいだろ」

「それも今更って感じなんだよなぁ」

「お前はいつになったら俺だけのものになるんだ」

「俺もそうなりたい。タイミングを見計らって話すよ。提案なんだけど、うちは一部屋、空いてるから一緒に暮らさないか?」

辰巳は少し考えを巡らせた後に返答をした。

「男同士だから変に勘ぐられないだろう。その話し、ノッた。お前達が離婚して俺がこのマンションに居座る」

「俺もそうしたい」

亜蓮はベッドの上に戻り再び辰巳と身体を重ねた。

 

 

「ねぇ、相談があるんだけど」

「なに?」

「この間、連れてきた辰巳に空いてる部屋をシェアさせてあげたいんだけどいいかなぁ?」

亜蓮は優香が実家から戻ると即座に例の件を話し始めた。

「でも…他人の男性と一緒に暮らすなんて…」

「絶対に長時間、二人きりにさせるような事はしないし俺がお前をしっかり護るから大丈夫だよ。それにあいつも彼女がいるしな」

「だったら彼女と同棲すればいいじゃない?」

「あいつの居住先は勤務先から遠いし彼女も親元に住んでるんだ。だから頼んでるんだ」

「友達想いなのね。そこまで言うんだったら解ったわ」


 

そして辰巳は無事に転居を済ませ亜蓮と優香、亜蓮の不倫相手の辰巳との奇妙な同居生活が始まった。

 


金曜日の夜から亜蓮と辰巳は二人きりなる。待ちわびたように二人は逢瀬を交わした。舌を絡ませ互いの身体に思う存分愛憮を施し貪るように求め合った。

無理に離さないと離れない磁石のように…

「俺はお前を信じてる。早く決着をつけろ」

「解った。近いうちに何とかするよ」

亜蓮はそうは言ったもののどのタイミングで話すべきか思案していた。

 

 

「松井さんの彼女ってどんな方なのかしら。今度、家に連れてきてよ」

「あぁ、金曜日にでも連れてくるよ」

彼女…亜蓮は即答した辰巳に対し疑問符が浮かぶ。


「彼女って俺は初耳だぞ。そんな奴がいたのか?」

「そんな訳無いだろ。俺の友人でレズビアンがいる。付き合いが長いし多分、協力してくれる」

「確証はあるのか?無かったらとんでもない事になるぞ」

「奴には俺達の事情を話した事がある。心配するな」

「解った。辰巳を信じるよ」

 

 

金曜日の夜になり辰巳はくだんの彼女を招く事に成功を果たした。

「随分、お綺麗な方ね」

「そうだな。辰巳には勿体ない」

亜蓮はこの場の空気を上手く拾い優香に同調した。

「えっ、初対面なの?」

「そうなんだよ。綺麗だから他の男に会わせたくなかったんだろ」

亜蓮は口八丁で流れに合わせた。だが本当に長身でスタイルも良く容姿端麗な女性だった。

食卓には優香の手料理が振る舞われくだんの彼女も機転が効くのか饒舌にフェイクを並べながら和やかな雰囲気に包まれていた。

「今日は松井さんの部屋に泊まっていったら?」 

優香の唐突な提案に一瞬、3人は言葉を失った。

「明日は会議で早出なんですよ。もうそろそろ、おいとましなければって思っていたんですよ」

皆が一斉に壁時計に視線を移すと既に9時を回っていた。

「残念ねぇ。でも仕事じゃ仕方ないですね」

「えぇ、残念です。次の機会に…」

くだんの彼女は優香に礼を言うと玄関へと向かっていった。

「また、近いうちにいらして下さいね」

「はい、またお邪魔します」

そして、踵を返し去っていった。 


 

「松井さんと同居するようになってから貴方は私を抱かなくなったわね。何故なの?」

「最近、残業が多くて疲れてるんだ。毎日、残業なのはお前も解ってるだろ」 

当たらずとも遠からずで実際に今の亜蓮は繁忙期で疲労困憊している。

「ごめんなさい…ただなんとなく不安だっただけ…」

「ごめんな」

亜蓮は優香に詫びると優香にそっと唇を重ねた。

 

 

「いつまで待たせる気だ?」

「解ってるよ。タイミングが難しいんだよ」

短気な辰巳は優柔不断な亜蓮に痺れを切らしていた。

「タイミングなど待っていたらいつになるか分からないぞ。はっきりとカミングアウトしろ」

「そうなんだけどな…」

「俺から話してもいいんだぞ」

「待て待て待て!そう焦るなよ…」

痺れを切らしている辰巳に対し亜蓮は思考を巡らせていた。


 

この日は亜蓮が一人でコンビニへ買い物に行き自宅には優香と辰巳が二人きりになった。

辰巳は入浴をしようと脱衣場のドアを開ける。

「キャッ」

そこには全裸でバスタオルを身体に巻き付けた優香が焦るように声を上げていた。

「あっ、済まない」

辰巳は一言、詫びるとドアを静かに閉じた。しかし、優香は辰巳の様子に違和感を感じた。普通の男性なら慌てふためくものなのだろうが辰巳は平常心でまるで優香の体に関心を示さなかったからだ。優香にある意味、不穏な感覚が過る。

 

「ねぇ、貴方達って本当にただの友人なの?」

コンビニから自宅に戻った亜蓮に優香が問う。

「なんだよ、ヤブから棒に」

優香は先程の出来事を亜蓮に告げた。そこで亜蓮はチャンス到来とばかりに辰巳との関係を優香に話す決意をする。

「俺、実はゲイなんだ。辰巳とはそういう関係だ」

「私…騙されてたの…?」

「それは違う。俺も辰巳と出会う前は女思考だと思ってたんだ。そういう事だから離婚してくれ」

「何、勝手な事を言ってるの…私の気持ちはどうしてくれるの…?私は貴方を愛してる…誰にも渡さない…」

優香はジリジリと亜蓮に近付き床に叩きつけ両手で亜蓮の首を締め付けた。

「いきなり…何…すんだよ!」

男性の力には勝てる訳も無く優香は突き放された。

優香は顔を両手で覆いさめざめと涙を流していた。

「絶対に離婚なんてしてやらない!」


 

その日から優香は実家には帰らず自宅にいる事が増えた。亜蓮と辰巳は行き場を無くし優香が自宅にいる時はラブホテルでくすぶっている。

「亜蓮、彼女は意地でも離婚しないつもりかもな。今後はどうするつもりだ」

「俺は意地でも離婚届にサインしてもらって慰謝料を渡して出ていってもらう。そして、お前と暮らす」

「そう簡単にいくとは思えないがな」

「その件で揉めて首を締められた。危うく殺されるところだったよ」

「ほう、やるな、あの女」

「感心してる場合じゃないよ」


 

あれから数日が経過したある日、優香が仕事で留守にしている時間帯を見計らい亜蓮と辰巳は自宅に戻る事にした。

「もう離婚届はあいつにサインをしてもらうだけだから」

亜蓮はそう言うとリビングのローテーブルに離婚届を置いた。

「素直に書くとは思えないな。俺はあの女のあの行動が理解できる。殺したい程、お前を自分だけのものにしたかったんだな」

「えっ…」

辰巳は亜蓮をベッドに誘うと馬乗りになり亜蓮の首を両手で掴み強く握り締めた。

「うっ…!な…に…を!」

亜蓮は暫く抵抗をしたが数分の後、電池が切れた人形のように徐々に動かなくなった。辰巳は亜蓮の顔に手を当て呼吸をしているか確認をする。そして、既に呼吸が停止している事が分かると亜蓮を浴室へ運んだ。

「いつまでも俺を待たせたお前が悪い」

辰巳は亜蓮の体の血抜きをすると出刃包丁で鮪の解体ショーをするように丁寧に切り分けた。

辰巳はその一部をオーブンに入れ加熱をする。残った部分は冷凍保存をした。

「これでお前の血肉は俺の中で永遠に生き続ける」

辰巳は焼き上がった亜蓮の一部を愛しげにナイフとフォークで食した。


数時間が経過し優香が帰宅をする。

「あら、久し振りじゃない。親や友人に相談たらそのような状況で幸せになどなれないって言われたわ」

優香は亜蓮がローテーブルに置いた離婚届にサインをするとそれをバッグに収めた。

「もう少し早ければ…」

「えっ?何か言った?」

「いや、ただの独り言だ」

「そういえば亜蓮がいないみたいだけど」

「今は野暮用で出掛けてる」

「あら、そうなの。まぁ、私物を引き取りにまた来るからその時に会うかもね。離婚届は近いうちに役所に届けると伝えておいてもらえる?」

「あぁ、伝えておく」

優香は踵を返し玄関へと向っていった。

「亜蓮、漸く二人きりになれたな」

辰巳は冷凍庫を開き一人、呟いていた。








 


 

 



 

 


 


 


 


 



 

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