約50日

春水栗丸

第1話

今時珍しい真っ黒な汽車。

四人掛けの席は落ち着いた赤。

鮮やかな緑の森が窓の外を流れていく。


一時はどうなるかと思った。

宝部夏希たからべなつきは天井の染みを見つめながら長く息を吐く。


青い空。

白い雲。

走る猫。


そうだ。

この猫。


走りながら鼻歌を歌う猫。

鼻歌がだんだん本格的な歌になってきた。

座席に座る夏希の横を通り過ぎようとした瞬間に捕まえて抱きしめる。


「ありがとう。お前のお陰で焦った」

「それは褒めてるの?」


通路を挟んで隣の座席に座ったちょびひげのおじさんが目を見開いてこっちを見ている。

朝の六時半頃、夏希は心臓が跳ね回るほど焦っていた。


「夏希、学生証は?」


猫の一言でカード入れを探った結果、なかった。

そこから朝の大捜索が始まったのだ。


机を、棚を、ごみ箱をひっくり返し、親にうるさいと怒られるほど探し回った。

その結果、猫が足で踏んでいた。

なぜ気付かない。


だから半分は猫のお陰、半分は猫のせいなのだ。

二本足で立ってふんぞり返っている猫に軽くチョップして学生証を入れ、鞄を背負って家を飛び出し、今に至る。


汽車は単線。

駅は八つ。

夏希たちが降りるのは終点だ。

ちょびひげのおじさんは四つ目の駅でそそくさと降りた。


車内に残された二人と一匹。

隣の車両にはちらほらと人がいる。

七つ目の駅を過ぎたので、残っている人々は目的が同じということになる。


大学二年背の夏休み。またこの季節がやってきた。

膝の上で足をぶらぶらさせる猫を撫でながら、今日の始業式と明日の授業のことを考える。


わくわくする身体に、最後の車内アナウンスが届いた。

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