第30話 茜がプールの売店でバイトを!?

 ちょっと並んでフードとドリンクを注文しようとした浩輔は、カウンター越しにみた顔に声を上げてしまった。


「い、稲葉さん!?」


「ああ、浩輔か。おっ、真白も一緒だな。仲が良さそうで結構結構」


 冗談めかして言う茜。アルバイトなのだろう、トロピカル調のユニフォームを纏った茜の姿に浩輔は真白の前だというのに目を奪われてしまった。しかし、「まだ夏休みでも無いのにプールでバイトとは」と驚く浩輔に対し、真白は別段驚いてもいない様子で言った。


「茜ちゃん、しっかりやってるんだね。偉いなぁ、私とは大違いだね」


 何故、自分と比べる必要がある? 浩輔が思う間もなく郁雄と奈緒が割って入ってきた。


「あっ、茜先輩! ココでバイトですか? 凄いですねぇ。私達なんてぷらぷら遊んでるってゆーのに。何か欲しいモノでもあるんですか?」


 呑気な事を口走る奈緒に茜は気前の良い事を言った。


「確か奈緒君だったな。君はいつも元気だな。よし、コレは私からのサービスだ」


 そして茜は結構な量のポテトフライや唐揚げとサンドイッチ、そしてジュースやコーラをトレイに載せて浩輔と郁雄に持たせた。


「うわっ、こんなに!? お金、いくら払えば良いのかな?」


 浩輔が言うと茜は澄ました顔で答えた。


「私からのサービスだと言っただろう? 第一、私が浩輔からお金を取る訳が無いじゃないか」


「でも……」


「いいから。それより次のお客様がお待ちだから早く場所を空けてくれないか」


 まだ何か言いたそうな浩輔だったが、茜の言う通り後ろには列が伸び始めている。


「ありがとう。じゃあ、今日は遠慮無くいただくよ」


「茜先輩、あざーす!」


 満面の笑顔で礼を言い、その場を去る奈緒の後ろ姿を見ながら茜は寂しげな笑みを浮かべて呟いた。


「『私の欲しい物』……か」


 図らずも無料で手に入れた大量のフードとドリンクを運びながら浩輔が呟いた。


「でも、本当に良いのかな?」


 アルバイトが勝手に商品を無料で提供する事など許されないだろう、きっと茜は自分のバイト代からこの大量のフードとドリンクの代金を出してくれるのだと思ったのだ。すると真白が驚愕の事実を口にした。


「実は……このプール、うちの系列の会社が経営してるんですよ」


 真白によると、茜の父がこのプールの経営会社の社長だそうだ。そう言われれば、浩輔も名前ぐらいは知っている。ホテルや遊園地、ゴルフ場に健康ランド等といったレジャー施設を運営する『稲葉グループ』と言う会社を。まさか茜がそこの社長令嬢だったとは。天は茜に二物どころか三物も……いや、五物ぐらいは与えているのだ。驚く浩輔達に真白は更に言った。


「茜ちゃん、その会社の跡取りなんですよ。それでアルバイト……って言うより現場に入って勉強してるんだと思います」


 茜はアルバイトで小金を稼ぐどころか、将来を見据えて現場に立っているのだと真白は言う。真白は茜の従姉妹だ。という事は、真白も将来『稲葉グループ』の一員となるのだろう、それで真白は茜が現場に入っているのを見て『偉いなぁ』と感心し、遊びに来た自分と比べてしまっていたのだった。


「じゃあ、稲葉さんも将来はやっぱり稲葉グループに?」


 浩輔は思わず聞いてしまった。浩輔にとっては軽い気持ちで聞いただけだったのだが、どういう訳か真白の顔が少し曇った。


「私は……」


 そう言ったきり口を噤んでしまった真白。触れてはいけない事に触れてしまったのだと謝る浩輔に返した真白の笑顔は何か寂しげな感じがした。


          *


 席に戻ると信弘が脳天気にタダ飯にありつけた事を喜んだ。


「そうか、茜ってお嬢様だったんだ。いやぁ、コイツはラッキーだったな」


 まあ、高校生としてはこれが普通の反応だろう、信弘はさっそくポテトフライに手を付け、コーラを喉に流し込んだ。


「くぅーっ、美味ぇ! 茜様々だな」


 調子の良い事を言う信弘に奈緒がサンドイッチを頬張りながら同調した。


「本当ですねー。良い先輩に恵まれて、私幸せですよー!」


 呑気な事を言って喜ぶ奈緒に郁雄が突っ込むのでは無く、冷静に聞いた。


「ところで、お前、真白ちゃんが稲葉グループの人間だって事、知ってたのか?」


「知りませんよ、そんな事。だって、真白のお父さんがどんな人かなんて私には関係無いじゃないですか。どんな家の子だろうと真白は真白なんですから」


 気持ちが良いぐらいにストレートな奈緒の言葉に真白の曇った顔が明るくなった。


「そうだね、稲葉さんは稲葉さんだもんね。ごめんね、さっきは変な事聞いちゃって」


 この機に乗じて浩輔が謝ると、真白は最高の笑顔で応えた。



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