第19話 郁雄の口から『デート』という言葉が!?

 午前中の授業が全て終わった昼休み、いつもの様に郁雄と信弘が弁当をぶら下げて浩輔のところにやって来た。


「さて、次の日曜の話なんだが」


 弁当をつつきながら信弘が真面目な顔で口を開いた。なにしろ初めてのデートなのだから失敗は許されない。昨晩必死で例の『ナンパABC~Z これで君も彼女持ち。さらば寂しい日々よ』をじっくり読み直して研究したらしく目が真っ赤だ。その頑張りを勉強に活かせば良いのに……と浩輔は思ったが、あえてそれには触れずにおいて尋ねた。


「どうしたの、あらたまって?」


 信弘と真由美がデートをする事は昨日、当事者である信弘本人の口から聞いている。なのにそれをわざわざむし返して言うからには何か言いたい事があるのだろうと言う浩輔の読みは的中した。


「俺と真由美ちゃんがデートする日ってお前等はどうするつもりなんだ?」


 信弘は浩輔達の事を心配している? これがデートに漕ぎ着けた男の余裕というやつか? なんて思った浩輔と郁雄だったが、信弘の心情はそんな上等なものでは無かった。


「いや、俺達初めてのデートだろ? せっかく二人だけでいるのに、お前等とばったり出会っちまった……なんて事は避けたいからな」


 やはり信弘は自分の事しか考えていない様だ。そして信弘は自分の練りに練ったであろうプランを語り始めた。


「やっぱり初めてのデートだろ、ここは基本通り映画というのが無難な選択だ。で、観る映画も大事だが、もっと大事なのが劇場選びなんだ……」


 あたかもデートの達人の様に語る信弘……彼女いない歴=年齢のくせに。もちろん話の中身の九十二パーセントは例の『ナンパABC(以下略)』で仕入れた知識、残りの八パーセントは信弘なりの解釈と希望的観測でしかないのは浩輔も郁雄も承知の上だ。


「わかったわかった。で、結局お前は何が言いたいんだ?」


 延々と続く信弘の話に飽きてきたのだろう、郁雄が口を挟むと信弘はようやく本音と言うか、二人に対する頼みを口に出した。


「ほら、選ぶったって、ぶっちゃけモールの上の劇場に行く事になるだろ? だからさ、その日はモールには行かないで欲しいんだ」


「なんだそーゆーことかよ。だったらごちゃごちゃ言ってないでとっとと言えってんだ」


 呆れながら言う郁雄に信弘は愛想笑いを浮かべながら頭を下げている。そんな信弘の姿を見ると浩輔も首を縦に振るより他は無かった。もっとも元よりこれといった予定は入っていなかったので問題は無いだろうとこの時は考えていたのだった。


 放課後、三人が帰ろうと歩いていると郁雄の背中を女の子が叩いた。言うまでもないだろうが奈緒だ。もちろん隣には真白と真由美の姿が見える。


「おう、奇遇だな。お前等も帰るトコか?」


 呑気に言う郁雄に奈緒が怒った様な声を上げた。


「何言ってるんですかー、可愛い後輩の女の子と一緒に遊ぶ様になってからもう一ヶ月以上経つんですよ。『一緒に帰ろう』って誘うのが健全男子ってものじゃないんですかー」


 これは願ってもない展開だ。正直なところ信弘もそうしたいのは山々だったのだが、今一歩踏み出す事が出来ずにいたのだ。これで堂々と帰りに真白達を誘う事が出来る。心の中でガッツポーズを決める信弘だった。しかし郁雄は冷静に奈緒の怒りを受け止める様に答えた。


「ああ、悪い悪い。そっか、お前等も俺達の誘いを待ってたって訳だ」


 郁雄の言葉を聞いて奈緒の顔が真っ赤になった。


「な、何言ってんですか! 私は一般的な傾向を言っただけで、別に私個人がどうこうと言うわけでは……」


 しどろもどろになりながらあたふたする奈緒に郁雄がぽそっと言った。


「そうか。じゃあ、次の日曜は誘わない方が良いな」


 その途端、奈緒の態度が一変した。


「えっ、日曜ですか? そんな事言わないで誘って下さいよーって言うか、もう誘われたと思って良いんですよね! で、ドコ行きます?」


 郁雄は適当な軽口で言ったつもりだったのだが、どうやら奈緒は本当に郁雄の誘いを待っていたらしく、いつものテンションが戻った。しかし、そんな奈緒の心をへし折る様な言葉が信弘の口から飛び出した。


「あ、悪い。次の日曜は俺、用事があるんだ」


 もちろん信弘の『用事』と言うのは真由美と映画に行く事だ。奈緒がそれを知っているかどうかは定かで無いが、少なくともいつもの様に六人で遊びに行くという選択肢は消えたわけだ。しかし奈緒はしょんぼりする事も無く、平然と答えた。


「あ、知ってますよ。信弘先輩、真由美とデートなんでしょ……って、うわっ、しまった!」


 言うだけ言ってから失言に気付き、慌てて手で口を押さえたが、一度出てしまった言葉は引っ込められない。恐る恐る真由美の顔を覗う奈緒に真由美は呆れた声で言った。


「まったく奈緒は……そうよ、私達、次の日曜日はデートなのよ、デート」


 真由美が開き直った。何のことは無い、信弘と同じ様に真由美も奈緒と真白に日曜日に二人でデートする事を話していたのだった。もっとも信弘とは違い、出先でばったり出会わない様に根回しする事は無かった様だが。


「聞きましたか、デートですって。くぅーっ、青春ですねぇ。羨ましいったらありゃしませんねー」


 茶化す様に言う奈緒。その態度は本心から来るものなのだろうか? それとも単に郁雄に突っ込んで欲しいだけなのだろうか? ふと郁雄に悪戯心が沸々と沸き出した。


「じゃあ、俺達もデートするか?」


 ストレートに言った。


「良いですねぇ。じゃあそうしましょうか……って、はいっ? デートぉ!?」


 奈緒はさらっと受け流す様に返事をしたが、すぐに事の重大さに気付き、耳まで真っ赤になってまたもやあたふたし始めた。


「で、デートですか。そりゃ、郁雄先輩が私とデートしたいって言うのであればやぶさかではありませんし、私としても望むところなのですが、いきなりの急展開に心の準備が出来てないと言いますか、その……」


 あたふたしながら要領を得ない事を延々と話す奈緒を見かねた郁雄がポツリと言った。


「そっか、じゃあ止めとくか」


「行きます!」


 間髪を入れずに答えた奈緒。これで信弘と真由美、郁雄と奈緒の初デートが成立したのだが、浩輔と真白は予想外の展開にすっかり取り残されてしまっている。


「で、お前等はどうするんだ?」


 信弘が浩輔に尋ねた。


「どうするったって……」


 ウジウジと女々しい事を言う浩輔だったが、真白も少し顔を赤らめているのに気が付いた。


 ――ボクはペットの子犬から肉食の狼になるんだ。ここはビシっと決めないと――


「じゃあ、ボク達も二人でどこか行こうか」


 思い切って浩輔が真白を誘った。『デート』と言う言葉を使わなかったと言うか、使えなかったのがいかにも浩輔らしい。真白は一瞬固まった後、小さく頷いた。こうして図らずもめでたくそれぞれデートに漕ぎ着ける事が出来た浩輔達。めでたしめでたし? いや、まだだ。とりあえずはハードルを一つクリアしただけ。本当の勝負はこれからなのだ。




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