地獄に堕ちたリョコウバト ~リョコウバトのお嫁さん異聞録~
シャナルア
地獄巡り 愛欲の罪 1
夫婦で海外旅行する計画を立てた。
妻のリョコウバトと旦那の2人でモンゴルに行く予定だった。
本当は息子のハト丸、その妹のハト音(はとね)がいるのだが、あの子達は今、日本全国の旅に出かけているのだ。
半年は帰ってこないらしい。
子供達との一時の別れに夫婦共々思いを寄せ涙なんて流したものだ。
今はそんな気持ちはどこへやら、子育てからの開放記念に、夫婦水入らずで旅行に行くことにした。
久しぶりの飛行機、夫婦2席分、窓際にリョコウバト、そしてその隣に旦那。
今のところは何も問題なく飛行機が離陸して上空を飛んでいた。
「はあ、久しぶりの飛行機だ」
「緊張してます?」
「離陸するときの感覚はやっぱなれないね」
あははと笑う旦那さん。
「まあ、なら毎日私があなたを掴んで空まで行きますわよ」
「それで慣れるのは心臓に悪い……」
ただの日常会話。そんなただ過ぎていく時間。
崩れさる時間ってのは本当にただただ脳が認識するかしないかのほんの一瞬だと感じた。
パリンと音がした。
夫婦の目に映ったのは、真横の窓ガラスが割れる光景。
二人の意識はそこで途絶えた。
◆◆◆
「う!! ぐっ、あああああああ!」
凄まじい暴風が吹き荒れている。
目覚めた瞬間に、旦那は地面に立つことができず、吹き飛ばされ続けていた。
何も理解が追いつかない。
目まぐるしく切り替わる光景をただ脳が認識していた。
「~~~!」
誰かが来た。
旦那を受け止め、大声で語りかけるその相手はリョコウバトでした。
「あなた! 大丈夫ですか!」
正直声は吹き荒れる風のせいでほとんど聞こえなかったが、口の形と表情でなんとなく読み取った。
「なんとか、風を遮れる場所を――!」
リョコウバトと旦那は周囲をなんとか目を凝らした。
「あれは――!」
リョコウバトが見つけたのは、人でした。
洞窟の中から手を振っています。
リョコウバトは旦那を抱えて、すぐに洞窟に向かいました。
◆◆◆
「よう、いいときに来てくれた」
洞窟に入ると、30代前後に見える男がいた。
その男は足を怪我しており、地面に腰をおろしていた。
「あなたは?」
「俺は江口大輔。ただのお香作りの職人だ」
男はニヤリと笑った。
「ようこそ地獄へ」
口調は冗談めいていたが、旦那とリョコウバトが先程経験した事態を鑑みるにあながち嘘だとは思えなかった。
「……言葉通りの地獄ってことになるのかな?」
「そうだとも。ダンテの神曲ってわかるか?」
「聞いたことだけ。読んだことはないかな」
「色々省くが、地獄には地下まで9つほど階層があってだな、その中で第二圏は【愛欲の罪】、肉欲に溺れた人達が、荒れ狂う暴風に吹き流される所ってんだ」
洞窟の外に吹き荒れる風の様子。
あながち場所として間違いじゃないのかもしれないが、しかし旦那とリョコウバトは譜には落ちなかった。
「エッチは好きだが、地獄に落ちるほどのことをした覚えないんだが……」
「エッチはそこまで、大好きってほどではございませんわ」
正直、死んだことすらなにかの冗談だろうと二人は思っていた。
「ふ……のろけ話もいいが、その前にどうして俺がここに来たのかをお前たちに伝えたい」
「聞かせてください」
江口は自嘲気味に語るのだった。
◆◆◆
俺には彼女がいた。
彼女は容姿端麗であり、性格もお淑やかだった。
関係性はほぼほぼ良好だったものの、一点のみどうしても関係を続けていく上で不満があった。
――体を触ろうとすると嫌がるのである
彼女は極度の恥ずかしがり屋で、恋人であっても体を委ねようとはしない。
例えば、隣に座ると拳一個分開けて逃げる、抱きつこうとするとするりと逃げる、セックスという言葉を聞くだけで嫌がって逃げる。
そんな彼女に俺はやきもきした。
だから俺はあるものを作る決意をした。
「よし、完成した……!」
研究に研究を重ね、ようやく手にしたのだ。
――性的興奮を煽る特殊なお香を。
・・・
俺は誰もいない家に彼女を招き入れた。
そして、彼女のいる個室のなかで、気付かれないようにそのお香を炊いた。
「な……なんだか変な感じだね」
お香が効いてる。
俺は我慢できず彼女を抱きしめた。
「きゃっ! や、やめて!」
いつもはそれ以上をしたことがない。
しかし、俺はもう自分をコントロールできなかった。
「!痛って」
彼女は俺の腕に噛み付いた。
本来なら、彼女を引き剥がすべきなのだろう。
しかし、俺はそんなことはせずそのまま抱きしめた。
――その痛みが気持ちいい。
どうやらお香は、自分にも効いてるらしい。
もうやめられなかった。
次第に彼女も、快楽に抗うことができず、俺のものを受け入れてくれた。
・・・
俺も彼女も獣がなすまま、快楽のまま貪り合う。
最高の瞬間だった。
俺はお香を炊いたセックスは何度か彼女と続けたが、次第にそれだけでは満足できなくなった。
――もっともっと最高の女を、快楽を……!
一際目立つ人妻を。
高嶺の花と諦めていた令嬢を。
誰より気高く美しい高級風俗嬢を。
俺は部屋を用意してそのお香を炊くだけで、何十人もの女性を抱くことができた。
最高の日々だった。
そして、ある日の夜のことだった。
・・・
「ねえ、大介ぇ、私を抱いてぇ」
「あ?」
家に帰った俺に彼女はそういった。
今までの彼女からは考えられない、男に媚びるような甘えた声だった。
「疲れたからもう寝るわ」
俺は4Pした後だった。もう体力は残ってない。
「ねえ! 抱きしめて! キスしてよぉ……お願いだからぁ……」
「るっせえよ!! 俺は仕事で疲れたんだよ!!」
俺は彼女を強引に振り返って自室に向かおうとした。
その瞬間――
「!」
突然背中に激痛が走った。
なにかに刺されたとだけ感じた。
振り返ると彼女は泣きながら叫んでいる光景だけが見えた。
「この、裏切り者!!!」
そして、俺は死んだ。
◆◆◆
「うわぁ……」
「……」
旦那はドン引きだった。
そして、一緒に聞いていたリョコウバトは引きつった笑みを浮かべ続けていた。
話の途中から内心ブチ切れているのが見え見えである。
「そりゃあ……そんなことしてれば地獄に堕ちて当然だよな……」
「ははっ! 俺も同意見だ」
旦那の感想に、当の本人が同意した。
「そんなことをなんで私達に聞かせてたのでしょうか?」
「ああ、本題はここからだ。あれを見てくれ」
江口は洞窟の中にある岩陰を指差した。
「!!?」
「これは!!」
この状況、どうして今まで気づかなかったのか
「地獄に落ちるこんな悪党にだって見過ごせない悪がある」
岩陰いたのは、体に無数の擦過傷がある、年端も行かぬ子供達だった。
人数は7人。
誰も虚ろな様子で、泣きじゃくることもせず、不気味なほど静かだった。
「あの嵐の中にこいつらがいた。俺は出来得る限りこの洞窟に連れて来たが怪我しちまって動けない。頼む。こいつらをつれて、この地獄から逃げてほしい」
江口はリョコウバトたちに、頭を下げた。
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