ラウジ街.6

通りに人が集まり始め、店の掃除を始める商人達。街に色がついてくる。


ヘルマンが駆け寄って来た。涙を流していた。

「ありがとう。本当にありがとう。ジアンは見えてる」

ヘルマンは私の手を握り締める。私は正直ホッとした。治らなかった時の慰めも考えていた。


「お礼はどうすればいい?なんでもするよ」

泣きながら笑うヘルマン。


エバーが耳元で囁く。

「手下にしよう。俺とフレイが動けば魔法使いに見つかる可能性高いし、二人だけじゃ情報を集められない」


「手下になって」

私はエバーの言葉をそのまま言った。エバーが首筋を突いた。ダメだったらしい。


「なるよ」

ヘルマンはあっけなく言った。

「え?いいの?」

私は聞き返した。手下の意味が漠然としか分からなかった。

「フレイの事はもう子供として接さないよ。それに俺は上に立つの好きじゃないんだ。俺は女と話すのが好きだし得意なんだ。昼過ぎに全ての仲間と女達に紹介するよ。とにかくジアンを見て」

とヘルマンは私の手を引っ張り家へ入れる。


ジアンは起きていて、色々な物を触って眺めていた。私に気付くと急いで近寄り感謝した。


「記憶は大丈夫なの?」

ジアンは私を心配した。

「誰が治した事にするんだい?」

エバーが私に囁く。


「私が治した事は秘密にして欲しいの。誰が治した事にするの?」

私は二人に言う。二人は顔を見合わせた。

エバーがまた囁く。

「一昨日の聖職者が治した事にしたら?」


私はそのまま二人に言った。本当にいいの?と二人は言う。私は、悪い魔法使いに狙われてるから目立ちたくないの。と答えた。

本当の事だったし、我ながらいい返し方だと思った。


ジアンはまた家中の物を触り始めた。ヘルマンを触り、服を取り触り、食べ物や食器を触る。ヘルマンはジアンの、「これは?」と聞く質問に答えてく。

ジアンの行動は、記憶を失った時の私に似ていた。


私はジアンとヘルマン、二人きりの邪魔になるかと思い、用がある。と外に出た。

「昼過ぎには必ず戻って来て。仲間を紹介するから」

ヘルマンが言った。私はうなづき家から出る。


「どうした?元気ないね。どこかおかしいのか?」

エバーは言った。

「人とこんなに接したのが初めてだったので、なんか落ち着かない」

と答えた。

「一人の方が気楽でいいわ」

私は続けて言う。人とどう接すればいいか分からない。


何か頼まれたりすれば動けるけど、何もない時はどうしていいか分からなかった。


「それにも慣れとかないとね」

エバーは言った。


明日には街を出ないと討伐する場所に間に合わない。お金はほとんど無い。仕方ないから着替え用の服をたくさん買おうと思った。品物の相場もなんとなく分かってきたところだった。


食べた事のない食べ物を買い食べ歩きする。果物が一番美味しかった。料理してあるのはどれも私には味が濃すぎた。

エバーにそう言ったが、エバーは味が分からない。と返ってくる。

「エバーでも知らない事があるんだね」

と私は笑って言った。


大きな武器屋。見た事の無い武器が並んである。エバーに片っ端から武器の名前と使い方を教わる。


大トカゲの皮で作ってある長いムチ。これなら返り血を浴びなくて済むと思った。


「買えるかな?」

「買えるけどお金はなくなるね」

私はムチを置いた。


赤黒い色の鎧を見つけた。近寄り触る。滑らかで光沢があり、これなら血がついても洗い流せる。大きいのが問題だった。

「どれも男の身体に合わせて作ってあるからなぁ」

エバーが囁く。私は身体の大きさを全く考えてなかった。


諦めきれずも色々な武器や防具を見て回る。多種多様な武器は面白かった。一番気になった武器は、最初に見つけた長いムチだった。何しろ血を浴びる事が少なくて済みそうだったから。


悩んでると一人の男が来てヘルマンが呼んでるよ。と声をかけられた。昼には少し早かったが一緒に向かう。


大きな納屋。二階のワラ置き場にも人が居た。三十人から四十人。着飾った女達からこないだ気絶させた男達も居た。

ヘルマンが外に居る私に気付き外に出る。

「集められる仲間を全て呼んだ。フレイを紹介したい」

と言った。


紹介されるのは恥ずかしかったので、私は、悪い魔法使いにバレるから嫌だ。と答えたがエバーが囁く。

「髪の色も変わったしバレないと思うよ。情報集めに仲間は何人でも欲しい」


私は仕方なくヘルマンにうなづいた。


「紹介しよう。戦士フレイだ。見かけは幼いが転生した少女だ。昨日俺達はフレイに軽いお仕置きをしに行ったが全員返り討ちにあった。十五人も男が居たのにだ」

ヘルマンは皆を見渡す。

「俺が言いたい事が分かるか?見た目で判断するな。と言いたい」


「お前達はフレイがゴッツを倒したのを見たよな」

と女達に言った。そして二階にいる男達を見上げて、

「やられたお前らこそフレイが物凄く強いのを知ってるよな」

ヘルマンは淀みなく話し続ける。


「フレイは俺の大切な仲間になった。もちろんお前らも俺の大切な仲間だ。フレイは俺達を大切にすると約束してくれた。だから俺達もフレイを大切にするんだ。分かったな」


男達も女達も返事をする。ヘルマンはなんだかんだ信頼があるんだな。と私は思った。


「よし。フレイ、挨拶を」

と、ヘルマンは不意に私に話を振った。私は何も考えてなく、何をどう考えればいいかすら分からない。


「フレイです」

名前を名乗りペコリと頭を下げた。皆の期待に満ちた視線を浴びる。どうすれば?考える。私に出来る事を。


閃く。


私は納屋の外に放ってあった焚き木になる丸太を担ぎ中へ運び置き、近くの男の腰にある剣を借りる。


皆は黙ったまま私の動向を見守る。私は左手に握った剣を振り上げた。そして丸太に向けて剣を斜めに振り切った。重たい丸太は綺麗に斜めに分かれ片方が地面にゴロリと転がった。


皆は黙ったまま動かない。


私は失敗したと思った。挨拶だけでよかった?余計な事をした?と。

だが、皆が歓声を上げた。凄い。剣が見えなかった。と口々に言う。


ヘルマンが喋り出した。

「言葉は何の意味を成さない事を知ってフレイは実践してくれた。丸太の硬さは見て分かるよな?一太刀でこの分厚い丸太を切れるヤツがいるか?しかも片手だけでだ。こんなの誰がやれる?」


ヘルマンは私を前に押し出して言った。

「ここにいる。我らの仲間、フレイだ」

皆は興奮し拍手と歓声をあげた。私はホッとした。


男達が丸太に集まり切り口を触る。ひときわ屈強な男が丸太を持ってきて、周りの人をどかし、剣を振り上げ力入れて丸太へ振り下ろした。剣は丸太に少ししか刺さらず、それを見た女達が笑った。


ヘルマンは手を叩いて、皆の注目を集めてから言った。

「フレイは悪魔のように邪悪で残酷な魔法使いに追われてるらしい。何か噂を聞いたらすぐ教えてくれ」

皆はうなづいた。


私とヘルマンを残し男達も女達も、興奮冷めないまま仕事をしに出て行った。


ヘルマンが笑って言った。

「俺達の情報集めは凄いんだ。商人だけじゃなく貴族や騎士を客に持ってる女が多いからな」

私はよく分からないがうなづく。


「ヘルマンは口が上手いね。羨ましい」

私は言った。よくもまぁ次から次へ言葉が出るものだ。と感心した。


「それとこの甘い顔が俺の自慢だからね」

とヘルマンは片目をつぶった。私はうなづく。

「フレイには通用しないけどな」

とヘルマンは笑って言った。

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